第11話 後悔と怒りと悲しみと―3―

 私は目が覚めると広い空間にいた。大きさは体育館とかそのくらいだと思う。私は拘束もされておらず、自由だったが一人じゃなく。目の前に男の子が手首を後ろで縛られて、目隠しをされて横たわっていた。よく見ると体中にあざがあり、腫れている。しかし私と同じく脚は自由である。私は目隠しを外してあげて

「ねぇ、君大丈夫!? ねぇってば!」

 年齢はほぼ私と同じくらいか、少し上くらいだろう。そもそも私以外にもここに誘拐されてきている人がいたんだ……。私は男の子の方に近づいてもう一度声をかけてみる。揺さぶってみたいけど、これだけケガしてると触っちゃダメな気がして声をかけるだけになっちゃう。

「ねぇ、起きてる? というか、起きれる?」

 そう声をかけると、うぅ、という声が聞こえてきて男の子が目を開ける。いったいどんなひどいことがあったっていうの?

「君は誰?」

 かすれた声で私は尋ねられた。

「私は有馬日向。あなたの名前は?」

「俺は京都空。近畿地方の京都と大空の空って書く。珍しいでしょ」

 そんな苗字あるんだ……。て、感心してる場合じゃない。

「確かに珍しいけど、いまそういうこと言ってる場合じゃないんでしょ。ここから脱出しなきゃ!」

「なんで? 助けもどうせ来ないのに」

「私のお父さんがここにいて、場所が分かってるってことは助けを呼んでるはずだからよ」

「じゃそれまで待てばいいじゃん」

「でも――」

 私は言い返そうとして違和感を覚えた。そして考えてみると、男の子の返答には生気がない。目の前で生命活動自体はしているが、目に光も宿っていない。

「あなたは何があったの?」

「……言わない」

 警戒心を含んだ視線を向けられ、静寂が空間を支配し始める。少し時間が経った後私は言った。

「私はね。家族で旅行してたんだけど、その時に私が誘拐されちゃってさ、お父さんが助けに来てくれてるの。警察で働いてる人なんだよ。だから大丈夫」

 私は勇気づけようとして男の子に向かってそう言ったが、

「よかったなア! 助けてくれる父親がいてよぉ! 俺も家族で出かけてた途中で誘拐されたよ。でも家族全員一気に誘拐されて、俺の両親は殺されたよ! まだ生きてて助けてくれるんだろ? ……お前ひとりで希望持ってろよ」

 男の子は私に向かってそう叫ぶと、叫びながら嗚咽が漏れだすようになってきた。大粒の涙も流れている。

「なぁ、なんでだよ。なんで俺のせいでお父さんとお母さんが死ななきゃいけないんだよ! 俺が……。いや俺の能力のせいで家族全員掴まって、殺されたんだよ!ふざけるな。こんな能力なんかいらねぇよ! なぁ。なんで俺にこんな不幸が襲い掛かるんだよ。やめてくれよ……。何が助けが来るだよ。助けが来てももう俺のお父さんとお母さんは生き返らないんだよ!俺だけ助かったって意味ないよ……。生きてる価値なんか俺にはないよ…………」

 勢いにのまれ私はただ見ているだけしかできなかった。頭を地面に打ち付けながら泣き叫び、だんだんと力が抜け頭を打ち付ける勢いも弱くなり、最終的にはまた嗚咽を漏らしながら泣く状態になる。何もできない自分の無力さを恥じる。ふがいなさを感じる……。

 私は泣き叫び終わった男の子。いや、空くんって呼ぼうかな。泣き終わって抜け殻のようになってしまった空くんに近づき隣で正座をする。空くんの頭を正座した私の膝の上に移動させて、彼の髪の毛を撫で始める。

「空くん。私が許すよ」

 ごめんなさいとつぶやき続けているに向かって私はそう言った。返答は弱弱しいやめてくれよという一言のみ。

「辛いよね。私のお父さんも実は能力者でね。能力者はろくなことがないってずっとボヤいてたなぁ。でも幸せな家族を持てて、人並みの幸せが手に入ったから俺はそれを守るって言ってた」

 空くんが何かボソッとつぶやいた。

「もう一回言ってほしいんだけどお願いできる?」

「……だからなんだよって言ったんだよ」

「だから……私を守って」

「なんで? 守る義理なんかないんだけど?」

「こうやって撫でてるのおかげで少し楽になってる様に見えるけど」

「甘やかすんじゃねぇよ! 俺のことを! 何が俺を許すだ。何様だよおまえ」

「私は同じ事件に巻き込まれた被害者だよ。そして、私はあなたのそばにずっといたい。この傷はおなじことを体験した人じゃないと共有できないし、直せないと思うから。許すよ私は。あなたの罪も一緒に背負ってあげる。」

「ふざけたこと言ってんなよ。おまえが、おまえが……。俺に優しい言葉をかけないでくれよ」

「いやだ。立ち直ってもらわないと困る。だから泣いていいよ。私の膝とか胸とか必要なら貸してあげる」

「やめて……くれよ、俺は強くないんだよ」

 そう言って空くんは私の膝で涙を流し始める。表情から察するに悔しさと怒りと悲しみが混ざっているんだろうな。

「私は気にしないよ。大丈夫だよ」

 そう言って私は彼の頭をなで続ける。なぜか感覚的にこの子には愛おしさを感じていた。


 ――有馬拓光が能力の上限を解放してから7分経過――


 俺は日向という名前の少女に膝枕をされて、そのままずっとされるがままに撫でられていた。実はこれのおかげで結構落ち着いた。ありがたい。でもお父さんとお母さんが俺のせいで死んだ……。俺のこの能力が憎い。どうしようもないこの怒りは何処にぶつければいいんだ。というか守って欲しいってどういうことだ? 考えたくない。ていうか、眠くなってきた……。


 空が眠ってから少し時間が経ったあとドアがひしゃげて開けられる 。


 ふぅ。そろそろ能力解放状態にも慣れてきて思考をちゃんと出来るようになって来た。変わり果てた優菜の姿を見た時の絶望は何とも言い表せなかった。頭の中を色んな思い出が走り、呼吸が正しくできなかった。心が踏み潰されて粉々になった。だけど、俺は日向も助けなければいけないから。悲しみ、弔って服を着せたあと娘のところに急いだ。幸い能力のおかげで五感が強化されているから人探しも楽だ。そしてドアを破壊して開けた。そして──

 俺の目の前に正座をしている日向と日向に膝枕をされて頭を撫でられながら目を閉じて寝ている男の子がいた。状況が飲み込めないがいったん2人の方に近寄り

「2人とも大丈夫か?」

「お父さん! 血がすごい……。」

「大丈夫これ返り血だから。ていうかこれってどういう状況なの? 男と2人きりっていう状況は父親として見過ごせないんだけど??」

「いや……なんかあの、この子もひどいことがあったらしくてさ。それで慰めようかなって思ったらこうなっちゃって……」

 もじもじしながら恥ずかしそうにそう言った。でも撫でる手は止まってない

「そうか、お母さんの隣で死んでいたのはこの子の両親だったのか」

「あ、そういえばお母さんは?」

 俺と再開した時の希望に満ちた目を見た俺としては母親が殺されたなどとは言い難い。

「ちょっと上で待ってて貰ってるんだ」

 思わず嘘を言ってしまった。

 日向はそっか。と言って笑顔をうかべる。

「娘を悲しませないための嘘は良いですねぇ~。これが愛情ですかぁ?? 入ってくるところが見えたから泳がせてたんですけど、いやぁ。家族って素晴らしいですね。皮肉ですけど」

 私は耳を疑って声の方向を見た。点が3つ書いてある仮面の男は笑いながら自分の上着の懐を探る。そしてそこにはさらにもう一人の仮面の男がいた。

「お父さん。嘘ってどういうこと?」

「証拠はここにありますよ~」

 そう言って写真が自分の足元に投げられる。その中には変わり果てた女性の姿が写っていた。だけど、私にはわかる。この首のホクロの位置からして絶対にこの人はお母さんだ。

「え、これは……」

「本物だ」

 お父さんが答える。

「嘘……。ねぇ嘘って言ってよ! お父さん! さっき生きてるって言ったじゃん」

 私は立ち上がってお父さんの服を掴む。

 いやだ。お母さんが死んだって思いたくない。嫌だ……。涙が頬を伝う。

「痛い……」

 下から声が聞こえる。

「君が空くんか」

 そう言ってお父さんは空くんの手かせを外す。

「ねぇ、お父さん! 話を逸らさないで。お母さんは死んだの?」

「……死んでるね」

 空くんがそうやって言う。

「なんで分かるの! 写真が嘘かもしれないじゃん」

「俺の能力を使って探したんだよ」

 私は静かにそう言った空くんの目が嘘をついていないことを理解していて、何か反論をしようとしても何もできなかった。

「そろそろいいですか? 御三方」

「いいに決まってると思うよぉ~」

 仮面の男たちがそう言った。

「空くん。日向を頼んだよ。

 お父さんは私たちの前に立って、戦闘の準備をする。


 俺は日向の父親に、日向を頼むと言われた。

「日向。後ろに下がろう。俺らじゃ勝ち目もないし巻き込まれる」

 そう言って日向の手を引いて後ろに退く。

「ねぇ、空くん。お父さんは死んじゃうの? 嘘つかないで教えてよ」

 これは、嘘をついてはいけないんだろうな。なんかそんな気がする。

「君のお父さんはあと1分くらいで死ぬだろう。仮にそれ以上生きたとしても実力は仮面の男の足元にも及ばない。俺にはそうやって見える」

「じゃあさ、私たちは死ぬの? お父さんが負けるなら私たちは勝てないんでしょ」

「死なないよ。だってあいつらはもう撤退する。この建物が君のお父さんとあいつらの仲間の戦闘でひびが入りまくっててどうして建っているのかが不思議なくらいになってる」

 ここに関しては真実を混ぜて嘘を言っておこう。日向のお父さんの戦闘の後には俺がこの建物を崩壊させる。そうすれば撤退も余儀なくされるし、こいつらは身体能力が高いだけのただの人間だ。

「私、お父さんとお母さんと一緒に死ぬならもういいよ。この建物の崩壊に巻き込まれて死んだほうがマシだよ」

「俺は君のお父さんに言われたんだよ。日向を守れって、俺はその約束を守る」

「なんで? 赤の他人でしょ」

「俺は日向のおかげでまだ耐えれたから。俺のことを許してくれたから。俺は立ち直れたから。ちょっと待っててね」

 空くんがそう言った後、爆発音が部屋に響く。その方向を向くとお父さんの体の腹部に穴が開いたまま立っていた。

「何があったの……?」

「1分もなかったんだね、能力のリミットを解除した代償で体が耐え切れなくなって余った力が爆発したんだよ」

 入口には仮面の男2人はすでに居なく、代わりにすらっとした中世的な美形の男が立っていた。こいつ、さっきいた2人の内の片方か。逆三角形じゃない方だな。顔隠さない方がいいだろ絶対。

「入口に立ってるあんた。誰だ?」

「君たち2人を抹殺するために仮面のやつらから依頼されたんだよ」

 間延びした言葉が俺の鼓膜を震わせる。気持ち悪い。しゃべらないでほしい。

「ごめん。君には俺を殺せないから君が死ぬよ」

「バカなことを言うな。足手まといをかばいながらどうやって本領を発揮するんだ?」

 あぁ、こいつ俺の能力を把握してないんだ。じゃ勝てるな。

「空くん。死なないでよ」

「言ってるじゃん。この男は俺に勝てない」

 俺は後ろを向いて、笑顔でそう言う。

 能力を発動して日向と俺らの戦闘エリアの間に板状の壁を疑似的に作る。さて、これで本気でやれるな。これでもおじさんに戦闘は叩き込まれてるんだ。能力なしだとぼこぼこにされてるけど、ありだったら五分五分だったし。どうにかなる。ただ俺の集中力が持つかな。

「気に障るなぁ。ガキの癖に」

「それはこっちのセリフ。自信持ちすぎなんだよ。お前のいいところ見た目だけだろ」

 そう言って男は前傾姿勢をとってタイミングを計っている。

 俺は緩く立ち、重心を落として構える。しばしの沈黙の後、雷鳴が部屋を走る。反射で俺は目の前の空間を断絶して俺に当たらないように操作をする。するとナルシは距離を取り、俺に向かって雷を計6発連射する。なるほど、雷を生成、操作する能力か。面白い。俺に向かってきた雷は俺の能力により消滅する。

「お前の能力は空間に干渉する系統か」

「よくわかったな。テストだったら花丸つけてやるよ」

「おちょくるな」

 あ、あいつイラついた。ラッキー。戦闘に関しては能力の使いかたを大方教えてもらってて助かった。

 男は雷をまとい高速で距離を詰めて攻撃、そして雷を生成しての追撃を繰り返す。俺はそれに合わせて自分を空間内に瞬間的に転送して避けたり、高速移動を繰り返す。その間に攻撃を繰り出そうとするが、防がれてしまう。


 この空間を余すことなく使った3次元での戦闘が行われていた。

 あるときは高速移動を用いて地面で肉弾戦を繰り広げ、またあるときは空中で空は足場を作り、男は雷をまとうことで浮かび肉弾戦を行う。雷が飛来するが、それはすべて俺の前で消えて塵となる。青白い雷をまとった男からのすべての攻撃を防ぎ、そのカウンターを空間をつなげることで直接叩きこむ。すべてが致命傷となり得るレベルの威力で、1分ほどの戦闘で決着がついてしまった。その結果は空の勝利。対する男は体中が能力の過剰使用のために焼けただれ、見るも無残な姿となって横たわる。


「本当に勝っちゃった……」

 目を丸くして日向が言う。

「だから言ったじゃん、あいつには勝てるって」

 俺は歩いて近づきながらそういう。まぁ余裕ではないけどね。能力をここまで酷使するのはそもそも初めてだし、これ以上使うと俺に悪影響がでる。だからできれば使いたくない。あと高速移動と転送しすぎて平衡感覚がおかしい。これ以上やったら脳に異常でるぞ。知らんけど。

「いやぁでも歯ごたえがあったね、あいつ。速度と言い、能力を駆使した攻撃の重さはすごかっ――」

 俺ができるだけ余裕ぶるために話している途中でいきなり俺の後ろの方の天井にひびが入り崩落してくる。まずい。俺は瞬時に能力を使って地下空間の状態を把握する。

「ねぇ、空くん何が起こってるの?」

「地下空間自体が戦闘の負荷に耐えられなくて崩壊し始めたんだよ」

「うそ! じゃどうやって――」

 日向がいい終わる前に残骸が彼女の頭を打ち倒れるのが見えた。

 気絶してるだけだ。絶対に日向は守らないと……! 俺はコンクリートが日向を押しつぶさないように空間を制御するが、物理的な重さで操作が難しすぎる……。



 がれきが落ちる音とコンクリートが壊れる音、鉄の部分がこすれる音。不快な合奏が空間を満たしたあと静寂が訪れた。


 俺は先輩とともに拓光先輩の最後のGPS反応があった場所についた。

真也しんや先輩。この地盤沈下してる下が最後の反応らしいです」

「優翔。このがれき戻せるか?」

「いや、俺が能力を使うと周りにいろいろばれてマズイっす」

「ん? なんかあそこに不思議な穴がないか?」

 真也先輩が指をさしたところをよく見ると、深そうな穴が開いていた。近寄ってみると、下には1人の少女が倒れており、周りには不自然なくらい《がれきが落ちていない》》。

「先輩。この女の子はが拓光先輩の娘さんですかね?」

「おそらくそうだろう。保護して病院へ。俺はもう一人を探す」

「拓光先輩っすか?」

「いや、俺の甥っ子だ」

「え? なんで甥っ子さんがいるんですか」

「このがれきが不自然な理由は、拓光の娘さんを守るために頭上の空間を隔てたからだ」

「そんなことができるですか? 普通の能力者だったらそんなことできないはずです。それほどなら特殊能力者名簿に載っているはずですよ」

「でも優翔、お前ならわかるだろう。イレギュラーなんだから」

「まさか……」

「そういうことだ。探すのを手伝ってくれ」

 俺はりょーかいっすと言って、がれきの中に真也先輩と一緒に入っていった。

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