第10話 後悔と怒りと悲しみと―2―

 俺はできる限り最速で地下まで続く階段を下りて、広い通路に出る。まっすぐと左右の三方向に道があり、すべて通路の先は暗くなっていてどこに進むのが正解なのかは全く分からない。だがそれは俺が能力者じゃなかったらの話だ。わずかに残っている優菜を攫ったやつの残滓が残っている左側へスピードを落とさず走り続ける。


 そうしてどんどん残滓が濃くなっていくと肌をひっぱたくような音と男の声が聞こえてくる。

「……ふざけんな!」

 正しい部屋のドアを蹴り飛ばし中に入ると本能が屈めと俺に警告した。警告通り屈むとナイフを真横に振っている、黒い仮面に白い絵の具で雑に顔を書いたようなお面を被っている男がいた。俺は男の懐に入り込み最速でみぞおちに拳を入れる――つもりだったが、いつの間にか距離を取られていた。

「退け。邪魔だ」

 はらわたが煮えくり返り、いつもは出ないような低い声が出る。だが不思議と目の前の邪魔なものを排除することに関してはとても冷静だった。

「君の奥さんはもう駄目だよ。あの男は死体が大好きだから」

 俺は感情の命令のままに殺そうと重心を前に移動させたが、男の言葉を聞いて止まった。理解ができない。何を言っているんだ。

「ふざけるな! 噓を言うんじゃない!」

「じゃぁなんで女の人の声が聞こえないの?」

 感情がこもってない目と声で俺をあおってくる。

「ぅうるさい!」

 嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ嘘だ――――パチッ。そんな音がした気がした。

 そしてその瞬間俺の中に思考というものは存在しなくなった。


 ――リミットブレイク――


 拓光の能力は能力を使った残滓を見ることができるという。これは精神操作と時間操作のそれぞれ一部が合体した能力である。だがこれは体が勝手にリミッターをかけて能力を使用できる状態の話をしている。

 能力の限界を超えたこの瞬間。拓光の全身に紫色の文様が浮かび、制限時間付きではありながら能力のポテンシャルを解放した状態となる。制限時間は10分。能力を使わない場合に相手から出ている少ない残滓すらも正確に見ることができる拓光は実質相手の次の行動が読めるのと同義である。

「あ~。楽しめるようにしてくれたんだね。ありが――」

 と黒い仮面の男が言う。

 拓光は地面を蹴り飛ばし、自分が出せる最高速で距離を詰め、拳を入れる。

 仮面の男は腕で攻撃を防ぐ。この攻防だけで衝撃波が走り、周りのコンクリートの壁にひびを作る。仮面の男――仮面の表情が起こっているようだからアンガーとでも呼ぼうか。アンガーは拳を防いだ後、距離を取り体を回転させ右足を横っ腹に入れる。拓光はそれを前に詰めることで回避し、胸ぐらをつかみ頭突きを食らわせる。アンガーの視界に火花が散るがそれをものともせず右ひざを折り膝蹴りを腹部にクリーンヒットさせる。しかしこの状態の拓光は痛みを能力を完全に開放している効果で痛みという感覚がないため、顔色一つ変えず戦闘に戻る。

 拓光が――頬を殴る。ハイキック。膝が交差する。血反吐を吐く。避ける。左手で首を掴む。左の手の甲の骨にひびが入る。投げる。受け流す。前蹴り。――

 アンガーが――防ぐ。ハイキック。膝が交差する。顎を殴る。2打目の拳をお見舞いする。首が絞められる。高速で手の甲を叩く。受け身をとる。距離を詰め回し蹴りを入れる。みぞおちには入り真後ろに吹っ飛ぶ。

 わずか数十秒ほどの戦闘だったが、それぞれの動きが超高速で行われているため、ダメージの蓄積し始めている。

 拓光は丸くひびが入った壁のところまで距離を詰め、右腕で殴る動作をする。弾かれるがそれを見越して体を回転させ、左肘をアンガーのこめかみに入れる。頭蓋骨が粉砕する音が腕に伝わる。そして勝者は拓光となった。

「こいつ、空間操作系か。多分衝撃を吸収するとかそういう感じなんだろうな」

 俺は目の前の骸を前にそう思い、妻の方へ体を向けようとした。

「僕のおもちゃで遊んでる時間を邪魔するな!!!」

 瞬時に右へ避ける。すると今までいたところには横に大きい黒い仮面をかぶった絶望した顔が書いてある男が粉塵とともに床に穴を開けていた。おそらく跳躍をしたのち全体重を固く握り合わせた両手の即席ハンマーに込めたのだろう。

 この男。ディスペアと呼ぼう。

「邪魔は許さない! 君のお嫁さんは僕の玩具オモチャなんだから勝手なことは許さないよ!!」

 ディスペアは地団太を踏んでぷんすかと擬音が聞こえてきそうな起こり方をしている。それを見た拓光は

「大人しくこの世から消えろ」

 と一言だけ告げて距離を縮めて左足を軸に右足でディスペアの腹部に蹴りを入れる。しかし内臓に当たっている感覚はせず、ゴムを蹴っているような感覚だった。その後弾き飛ばされ自分の蹴りに入れた勢いがすべて反動として帰って吹き飛ばされる。そして地面にたたきつけられ、そのまま転がった。拓光は体に走った衝撃に思わずせき込み立ち上がる。せめてもの救いはこの状態の拓光は痛覚というものがないことだった。何故なら全身の打撲、左手の甲を骨折、その他腹部への衝撃から炎症を起こしているのと、全身の切り傷など。痛覚があったとしたら意識を保つことすら出来ない程の傷が拓光にはあるからだ。

「僕の固さを操作する能力にはどんな攻撃も通らないよ~」

 仮面の下でがディスペアがニヤッと笑う。

「じゃぁ、通るまで叩くだけだ」

 目に光が宿っていない拓光は無表情のまま同じく距離を詰める。そして、けがをしている左手も使った両方の拳でディスペアの全身に向けて連打をする。だが、ダメージが通ることはなく、時間が過ぎていく。そしてディスペアが拓光の鼻づらに向けて一発をお見舞いする。拓光は避けようとしたが、速さに勝てず右目にまともに食らってしまい。視界に火花が散り、うつ伏せに倒れる。現在3分経過。

「さっき僕にいなくなれとか言ってたのにこのザマなの?」

 ディスペアはつま先で仰向けになった拓光の体をちょんちょんと蹴りながら仮面の下でニヤニヤして言う。

「絶望する顔が見たいよ。君のお嫁さんは、とてもいい顔してたよ!」

 そう言いながらしゃがんで拓光に顔を近づける。

「ねぇ、早く起き――」

 刹那、首の骨が折れる音とドサッっという音が反響した。

「お前が油断してるときに一点集中で力を加えれば勝てるだろ。何が攻撃が通らないだ」

 拓光はそう吐き捨ててベッドの方に急ぐ、思考を放棄しても使命は刻まれている。そして見た光景は……目を閉じた状態で顔や体が腫れていて、唇や太ももあたりから血が流れ出ている状態の変わり果てた優菜の姿だった。その隣にはもう1人の年齢が近いであろう同じような状態の女性と暴行を加えられて壁にもたれかかりうつむいたまま絶命している男がいた。


 静かになったその部屋と隠れ家に1人の男の号哭ごうこくが響く――。


 私――有馬日向は1人心細さと戦っていた。今日は家族で鎌倉に旅行に来ていて、小町通りを散策していたらいつの間にかここに縛りつけられていた。もっと具体的にいうと目隠しをされ、猿轡さるぐつわをかまされた上で手首を後ろで拘束されていた。音だけは聞こえるのだろうが、生憎あいにくと何も聞こえない。どこにいるの私は。訳が分からない。助けてほしい。お父さんどこにいるの?

 どれくらい時間が経ったかわからないが不意にドアがギィと音を立てて開いた。やっぱり私はどこかの部屋に監禁されているらしい。足音が近づいてきて、目隠しと猿轡さるぐつわが外される。目の前がまぶしいので目を細める。

「あなたは有馬日向で間違いないですか?」

 抑揚のない声がかけられる。そして目が明るさに慣れてきて、目の前に黒い仮面に白い点が逆三角形の頂点の様に並んでいる仮面をつけている男がいるのが分かった。

「もう一度聞きます。あなたは有馬日向で間違いないですか?」

 同じく抑揚のない声で話しかけられる。答えたくないから無言を決め込む。

「何も話さないならあなたは用が無いので死んでもらいます」

仮面の男はそう言って首筋にナイフを突きつける。

「それで実際どうなんですか? あなたは本物ですか? それとも違う人ですか?」

「私は有馬日向。本人よ」

 そういうと仮面の男はなるほど、よかった!という風にうれしそうにしている。

「何が目的なの?」

 私は思わず気になったことを尋ねる。強気にふるまってないと私の心がおかしくなりそう。

「あなたを能力者集団エヴォルヴの一員にしたいのです」

「え……? 能力者って都市伝説でよく言われているやつですか?」

「たしかに、巷ではそんな風なことを言われていますが、私たちは実際に存在しますし、あなたも能力者の素質がある人ですよ。しかもとても強い能力」

「いや、ちょっと理解しきれていなくて、保留にしてもいいですかね?」

「いやいや、そんなこと言わずに、」

 仮面の男がそう言った時、男の叫び声が聞こえた気がした。


「え、お父さん……?」

 なぜかはわからない。でもそう思った。核心があった。そして私の目から涙があふれ始める。

「なるほど。2人がやられましたか」

 顎のあたりに手を当てて、そう呟く仮面の男。

「え、どういうことですか?」

 訳が分からない。でもこいつは私を誘拐した張本人だ。早く警察の助けが来てほしい。お父さんでもいい。早く助けに来てよ。お願い。

「あなたを助けに来たんですよ。お父さんがね。はぁ、邪魔だなぁ」

 けだるげに話しているが、最後の邪魔だなぁがだけ語気が違った。私の本能が言ってる。この人とまともに話しちゃだめだ。生きたいなら合わせなきゃいけない。

「安心してください。あんたの父親はここには来れない。私の部下の手練れが30人ほど相手をしてあげますからね」

 そうして男は私の口にハンカチを当てた。思わず両手で抵抗を試みるがその後すぐに眠気が襲ってきて、私の意識が落ちる。何が起きて……。


 目覚めたら俺――京都空はどこにいるのか分からなかった。なぜなら視覚は目隠しで潰され、猿轡さるぐつわをかまされ腕は背中で拘束されている。そして聴覚と嗅覚は何か原因不明のもので使えなくなっている。触覚だけはある。冷たく硬い床の上だ。コンクリートかなにかだろう。

 今日は夏休みだし家族で横浜の中華街に行くなど観光をしようかという話になっていた、この場所に来る前の記憶は中華街を歩いていたところだ。記憶が飛んでる。何がその間にあったんだ? しょうがない。両親から口酸っぱく使うなと言われていたが能力を使って状況を把握するしかないか。意識を集中させ、感覚が拡張されて、空間の中に俺が一人横に転がっているほかに、天井に蛍光灯が並んでいる。大きさは小さ目の体育館くらいで、ドアが1つある。

 そういえばお父さんとお母さんが俺に能力を緊急事態以外に使うなと言っていたのはなぜだろう。というか、この網目みたいに見えるのは弄ることができるんだろうか。試してみよう。そう思ってドアの近くにある感覚的に見えている網目を引っ張って離すと、輪ゴムのように元に戻る。そして空気が振動してドア大きな金属音とともにへこんだ。あー。これ使い方間違ったらダメな奴だ。そう思っていると1人の男が陽気な声で話しながら入ってきた。

「ノンノンノン、空くん。めっ!ですよぉ~ドアを壊しちゃ。脱走するつもりだったんですかぁ?」

 真っ黒な仮面をかぶった男が俺に話しかける。ていうかこの能力便利だな。掴まってるし一部の感覚が使えない状況になってるけど、周りの状況把握ができる。質問をしたいが猿轡をされているための呻き声のようなものにしかならない。

「何か話したいことがあるんですか~。しょうがないですね」

 と言った後俺は自由に話せるようになる。

「なんで俺を誘拐した?」

「誘拐したって分かるんだ。頭いいね君。あと君だけでなく君の両親も誘拐したよ~。本当は君だけ誘拐出来れば良かったんだけど、家族旅行中だったからね。今能力を使ってるようだし探してみれば?」

「なんで俺が能力を使ってるってわかる?」

「さっきドアを破壊しようとしたでしょ。能力で。私は能力を使ったあと、特有の匂いを嗅ぐことができるんだよ。これは私の能力じゃなくてついでに使える能力だけどね。」

「お父さんとお母さんはどこにいる?」

「だから能力使えば探せるだろうよ。そう言ってるじゃん」

 俺はイラついたように言葉を吐かれて、早く探すようにせかされてる気がした。

 は? 俺その使いかた知らないんだけど、これ人探しもできるの? まぁとにかく。感覚をこの部屋だけでなく、周りまで拡張する。そうすると部屋のどこに人がいるのか分かった。ん? 一人だけなんか別の部屋に閉じ込められてないか? まぁいいか。そして集中すると誰かわかるようになった。そうして両親を探すのが先だ――。ついに発見した。だが俺の感覚には生きていないように思えた。訳が分からない。もう一度集中して両親について調べてみるが、やはり息はない。心の底から疑問とも怒りとも表現できない感情が湧き出してくる。

「おい! お父さんとお母さんになにをした!」

「何って、邪魔だったから命を頂いただけだよ」

「てめぇ!」

 普通は悲しむんだろう。だけど俺は怒り狂っていた。

「なんで……、なんで!」

 涙が頬を伝う。声が出なくなってきた。

「私たちの目当ては君の能力です。でも、あの男女2人は相当邪魔してくれてね。イラついたからちょっと頑張って処刑したよ。名誉だよね、だって僕に殺されるんだよ?」

 仮面の男は坦々とそう言う。

「うぁ……。ぅぁあ……」

 それを聞いた瞬間俺は発狂した。喉がつぶれた。途中から声が出なくなって金切り声を発するだけになってしまった。

「嘘だ! 嘘だァ! そんなの嘘に決まって……る」

 俺の声が尻すぼみに声が小さくなる。

「本当ですよ。何か問題でも? あと君の能力的に生きてるかどうかもわかるんでしょ。だったら見たのが真実だよ。早く受け入れろガキ」

 さも当たり前かのように首をかしげて俺にそういう仮面の男。もう何も考えたくない。なぁ、俺のせいで死んだっていうのかよ。俺が生きてるからかよ! 涙が止まらない。体がかゆい。というか、このどうしようもない感情をどうにかしたい。どこかに吐き出したい。俺は襟をつかまれて仮面の男に持ち上げられる。

「うなだれていないでもっと反応してくださいよ」

 そう言って俺は放り投げられた後、タイミングよく俺の顔面が勢いよく蹴り飛ばされる。吹っ飛んで転がってまださらに殴られる。蹴れられる。そしてついに俺は気を失った。

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