第9話 後悔と怒りと悲しみと―1―

 ――7年前――

 蝉の鳴く声が鼓膜を震わせ、太陽がじりじりと照り付ける8月。俺――有馬拓光ありまたくみは車を走らせ家族で鎌倉に旅行に来ていた。俺にはそもそも両親がだれかわからないまま育ったために実際に血のつながりがあるのは妻の優菜ゆうなと娘の日向ひなたそして義両親が唯一の家族である。義両親には結婚をするといった時にはいろいろな準備を手伝ってくれたり、段取りがわからないときに相談に乗ってくれたりと本当にお世話になったし、私たちを本当の両親と思っていいんだからと言ってくれるほど温かい方だ。本当にありがたく、頭が上がらない。そんな話は誰も興味ないだろうから飛ばそうか。なんで今鎌倉に向かって車を走らせているかというとだな。7月の中旬の話に遡る――


 時間は夜の8時。ご飯を食べ終わり風呂の掃除も終わって今お湯を張っているところだ。今日は久しぶりに仕事でやることが少なく早く終わったので珍しくこの時間に家にいることができている。しかし、上司から仕事関係の内容でメールが来たため、コーヒーを片手に確認しているところだ。

「ねぇねぇ、お父さん!」

 元気な日向の声が俺を呼ぶ。俺はパソコンから目を離し愛らしい娘の方に顔を向ける。

「どうした、日向」

 そうすると日向はとてもニコニコして、何か楽しいことを隠しているかのような表情をしていた。

「そろそろ日向の小学校も夏休みになるじゃん! だからさ、どこかお出かけしたいな~って思ってたの。それでね、お母さんに聞いてみたらさ。お母さんは休みとれるけどお父さんがお仕事忙しいかもしれないから聞いてみて言ってたの」

 目をキラキラさせながら俺にそう言う娘が可愛い。我ながら親バカだとは思うが、一人娘かわいいからな。天真爛漫という言葉がぴったりの元気な小学6年生だ。

「お出かけか、いいね! どこに行きたいとかあるの? 」

 思わず俺も笑顔になってしまう。久しぶりに旅行とかもいいな。家族みんなでゆっくりと羽を伸ばすのもいいよな。

「私ね。鎌倉に行きたいの!」

「鎌倉? 修学旅行で行ったところだよな。江の島とか行きたいとかあるのか?」

 俺がそう聞くと、ううんと首を振って

「修学旅行で行ったんだけど、食べ物がおいしくて、歴史とかもすごいし、何より建物がすごい綺麗だったの!だから学校のみんなで行ったのもすごい楽しかったけど、お父さんとお母さんと行きたいなって思ったの」

 なんて親思いのいい子に育ったんだろう。お父さん感激。今ここで泣き出していいかな。目から汗が出てきたっていえば通るよね。……いやさすがに無理か。

「そうかそうか。お父さんも鎌倉は小学生の時の修学旅行以来行っていないし、いいかもな。お母さんは知ってるのか?」

「日向に言われたから知ってるよ。それにしてもお父さんは休みとれるの?」

 洗い物を終えた優菜が俺に言う。

「お母さんには日向が先に言ってあるもん。大丈夫」

「俺は有給まだ使ってないからそれを2日分くらい消化して1泊2日とかどうだ?」

「おぉ! 1泊2日!」

 やったぁと言いたげなハイテンションで、日向が喜ぶ。

「いいね、1泊2日。忙しすぎないし長すぎもしないし」

「じゃぁ、お父さんいつゆ―きゅー取れるの?」

「今から申請するんだったら、8月の中旬くらいかな。泊るところはお母さんと日向が決めていいぞ」

「じゃ今から泊まるホテルとか決めようか」

 そう優菜が日向に言うと日向はうん! と頷いて優菜に見守られながらパソコンを立ち上げて、どういうところがいいかな~。と話している。微笑ましい。仕事が仕事なだけに殺伐とした状態になることがよくある。それが故にこういった日常の風景はとても心が温まるし、落ち着く。普段は警察の中の表向きには存在しない組織。異能取締局と呼ばれるところ――通称、闇警察――に所属していて、異能による脅威を裏探偵社と合同で捜査をしたり事件の解決をしたりすることがある。


 その日の夜。

 俺は妻とベッドで二人、横になりながら話していた。

「そういえば夜ご飯食べ終わった後の時だけどさ、日向が旅行行こうよ!って言ったの珍しいな」

「日向なりに忙しい拓光くんと一緒にいたいんだと思うよ」

 優菜はそう言った後右手を伸ばして俺の頭をやさしくなでる。

「たしかに、あんまり一緒にいられないもんな。休みでもいきなり呼び出しとかも普通にあるし。無理に我慢させてたら嫌だな。あと撫でないで恥ずかしい」

 俺がそう言った後もそのまま頭をなで続ける優菜。

「なぁ、恥ずかしいからやめてくれないか……

 そういうと、ふふっと笑って恥ずかしいんだ~とニヤニヤしながら俺に向かって優菜が言う。

「付き合ってるときも、新婚の時も結構頭なでる機会多かった気がするんだけどなぁ~。そんなになれないものなの?」

「なんか、恥ずかしいというか、むずかゆい。落ち着かない。あとそれをわかってやってるよな。見て楽しんでるだろ。」

 と言うと、優菜はわざとらしくあっ、という顔をして

「ばれちゃったか~」

 と言って、今度は俺の頬を撫で始める。

 そうして夜が更けていく。


 時間を戻そうか。

「もう少しで鎌倉につくよ」

 俺は後部座席に座っている二人にそう告げる。

「最初は泊まるホテルに荷物置くんだよね」

 優菜が俺にそう聞く。俺はそうだよと答えた。

「私はやく小町通りとか行きたい!」

 その後すぐにに日向がそう言う。

「小町通り色々売ってるもんね~。お買い物楽しくなるよね」

 そう優菜が言うと日向がうん! と、とてもうれしそうに言う。

 その後俺たちはホテルにチェックインをして荷物を置いて、鎌倉のメインの通りに向かう。メインの通りの始まりと言えばここだろう。

「久しぶりに鶴岡八幡宮とか来たなぁ」

 俺は久しぶりに見た建物だし、改修工事が終わった後というのもあって思わず口にしてしまう。

「私も久しぶりに来たなぁ」

「私は6月ぶりに来たよ!」

 各々がそれぞれの反応をしていた。

 時刻はお昼時ちょっと前。

「ちょっと早いけどお昼ご飯何食べたい?」

 俺は2人にそう聞いた。

「鎌倉と言ったら海鮮とかおいしそうだよね」

「友達がしらす丼がおいしかったよって言ってた」

「じゃしらす丼食べるか」

 たべよ~!と日向がはしゃいでいる。

「そのあとお買い物ね」

 そうだね~と優菜が日向に言っている。

 そして、俺らはお昼ご飯を食べて買い物をしていた。このまま楽しく終わればよかったんだ。あいつらが娘を攫わなければ……。そうだったら――


 俺は不意に嫌な予感がした。捜査の時の勘というかなんというか。感覚的にわかるときがある。能力者が能力を近くで使った時の感覚だ。

「近くに能力者がいる……?」

 俺は小町通の人ごみの中でそうこぼした。その後すぐに息を切らしながら軽く青い顔で優菜が俺に言った。

「ねぇ、拓光くん。日向どこにいるか知ってる?」

「え、優菜と二人でいたんじゃなかったのか?」

「そのはずなんだけど、いつの間にか居なくなってて……」

「さっきの能力者の感覚は嘘じゃなかったのか」

 外気温の暑さなんか関係なくなった。俺は唇をかみ、拳を握る。

「え、どういうこと?」

「近くで能力者が能力を使った感じがしたんだが、感覚が弱すぎて気のせいかと思っていたんだ」

 俺の職業のことは俺の同僚と、優菜しか教えていない。だから理解してくれる。だけど……。

「じゃ、誘拐ってこと?」

「そうだ。前話したかもしれないが、日向は――」

 俺はそこで言葉を切る。ここまで言えば優菜もわかる。日向は能力者だ。しかも能力の詳細が相手の心を読む能力。まだ発現していないが、この機会に強制的に発現させられたりしようものなら悪用されかねない。娘を命に代えても助けなければいけない。

「いまから能力の残滓を追う。だからホテルで待ってて――」

「私も行く! あなただけ行かせられない。私だって、母親だから」

 言葉をかぶせてくる。こうなるとてこでも動かないんだよな優菜は。

「だから、拓光くんがどういっても私――」

 目の前で優菜が消えた。そして遅れて俺の近くにくる能力の残滓。

「クソが! 絶対に助けてやる!」

 そうして俺は能力を使った。使能力を。

 本来の俺の能力は能力の残滓を可視化できる能力だ。だからよく追跡に使うことが多く戦闘はそこまで参加することはない。だから俺はスマホを開き闇警察に連絡をする

「もしもし、緊急で頼む。鎌倉にい能力者がでた。俺の妻と娘が人質に取られている。至急応援を頼む」

 話によると俺のGPSを追って応援が来るまで40分ほど、それまでの間に俺は能力の残滓を追ってアジトを見つけ、二人を助ける。

「やるっきゃねぇ」

 車を使って全速力で魔力の残滓を追う。相手はおそらく、瞬間移動か高速移動系の能力者だからこの距離を一瞬で往復できたのだろう。


 そうして車を使って追い続けること7、8分ほどして車では入れない森の中に残滓が続いていた。なので降りてそのまま走り出す――。どれくらい走っただろうか、わからないが、隠し扉を見つけ入ることに成功する。

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