第8話 発動条件と日常

「はぁ、疲れた。ていうか明日の午後から塾に復帰じゃん。この調子でだいじょうぶかなぁ」

 俺は諸々の仕事と能力を意識的に使えるようにするための訓練をした後で帰路についている。

 仕事というのは、資料整理をしたり電話対応したり、他には依頼をしに来た人の話を聞いて内容をまとめていた。それで訓練の内容だけど、訓練というには程遠い内容で──。


「じゃ能力を意識的に使えるようにしたいんだけど。どういう時に意識的に発動したか聞いてみようかな」

 腕を組み仁王立ちをして俺の真正面に立つ優斗さんが言う。

「えーと、意識的に発動したのは多分病院の時ですね。なんか感覚が拡張された感覚でした」

「その通り! 能力を使うってことは感覚を拡張するということそのものなんだよ!」

 人差し指をビシッと俺に向けて言う。

「それでどんな状況だった?」

 えーっと、と言って俺はあの時の状況を思い出す──フラッシュバックしたのは鼻につく血の匂い、そして張り詰めた空気と動きたくないと思えるほどの全身の痛み。首を絞められていて必死に引きはがそうとしてしている有馬。そして頭に前にコンクリートで囲まれたところに居たことがよぎって──

「俺に力があれば助けられたのに……。」

 いつの間にか俺は涙を流しながらそうこぼしていた。

「どういうことだい? 結果的には助けられただろ」

「無意識に口に出てたっぽいっすね。なんか、今回の事件の前にも能力を発動した時があったような気がしたんですけど。気のせいですかね」

 うまく説明できないしこれは隠しておいても良いだろう。 

 優斗さんは少し首を傾げながら目を細め、そっか。と言った。

「能力を使うためのトリガーっていうのは、おそらく空間を意識することみたいな感じだと思います。でもこれって相当疲れますよね」

「意識的使うっていうのは慣れるまでは確かに疲れる。今まで使おうと思って使わなかった感覚を無理やり覚醒させることだからね。人によっては自分が何もないかのように空気の一部になるっていう人いるし」

 でもやって欲しいな。と苦笑い気味に俺に言う。

「意識的に使うことに慣れたら依頼を始めようか。」

 そういえば疑問なんだけど、3日で15件の依頼を終わらせるっていうのは無理がすぎるだろう。調査の内容的にも時間をかけて証拠とかをしっかり集めないとだし。俺の能力を使うことに頼り切ってたらおそらく期日に間に合わないのは優斗さんならわかってる気がする。

「あの、俺が能力を使わなくても優斗さんならもう依頼を解決してるんじゃないですか?」

「なんでそう思うんだい?」

「だって、この探偵社の中で1番頭の回転が速いのはあなたで、もう既に必要な資料や証拠写真などは手に入れてる。そうじゃないとそんな余裕はできない。普通だったら3日で15件もの依頼を一気にこなせるはずがない。それをこなすために俺の能力を頼るという事務所の信用に関わることをあなたがするはずがない」

 優斗さんはふっと不敵な笑みを浮かべて、

「勘のいいガキは嫌いだよ。いい推理だ、ワトソン君。ただ1つだけ俺から質問がある。なぜ俺が事務所に対して不利益を及ぼすようなことはしないと断言できた?」

「それは俺の感覚です。俺と同じ臭いがした。効率厨で、切り捨てる判断も簡単にする人。そんな気がしたんです。こういう時の勘は働く方なので」

 俺がそう言うと優斗さんがあはははと笑い始め、

「あー最高だ。良い後輩ができた。うちにピッタリだ。」

 とにこやかに言った。

「それで、君に能力を使えるように指導した理由はひとつだ。さっき五大能力者が揃ったら悲惨なことになることが多いと言ったね。だからそれを防ぐため、または被害を抑えるために尽力してもらうためだ。納得出来た?」

 そうか。深く触れていなかったけど五大能力者が集結したら戦争になるとか言ってたな。不運にも俺は主力になるのか。これが裏の世界見てみない? の結果か。やるっきゃないんだなこれ。

「納得出来ました。そうする他ないと思いました」

「まぁ必ず悲惨な結果になるわけじゃないからあんまり心配しなくても大丈夫だよ。


 思い出してみると分かる。俺ただ説得されてるだけじゃね? そんなことを考えているといつの間にか家の前に着いていた。俺は家の前で立ち止まって空気に溶け込むような感覚になって能力を引き出してみる。


 何も無い空間が網目のように感じられる。そして建物の構造が感じられる。骨組みや各部屋の家具の配置まで、どこの部屋に人がいるのかいないのか。そして俺の部屋に集中すると有馬らしき人がキッチンにいる。

「え、料理作ってくれてるのかな」

 即座に能力のスイッチを切って、エレベーターに乗る。ドアの前を通るとクリームシチューの匂いがする。

 ただいま~と言って俺はドアを開けると、水道の水が流れる音が止まりお帰りと言う声がキッチンの方から聞こえてきた。

「最近寒くなってきたからクリームシチューを作ってみたんだけど、どう?」

 エプロンを着ている有馬が俺に聞く。

「いいじゃん! 俺シチューは大好物だよ」

 時刻はとっくに7時を回っていて、しかも俺は帰り道で夕食を作っている匂いを感じながら帰ってきたのでおなかもペコペコだった。

「え、ほんと! 君の口に合うといいけどなぁ」

 えへへ、とニコニコしながら俺を見ている。帰ってきたら美少女が家でご飯を作っているとかどこのラノベのシチュエーションだよ。最高じゃん。

「んじゃ、手洗ってくるわ」

 そう言って俺は荷物を自分の部屋においてから洗面所に行く。その途中でご飯とシチューよそっとくね~と声が聞こえる。俺はありがと~と返事をする。


 そうして2人とも向かい合って食卓について、

「誰かが家にいるっていいね。ただいま~って言って誰も反応してくれないのとお帰りって言ってくれるのって違うんだなって思ったわ」

「ほんとそれ。しかもこうやってご飯作ってくれるとありがたいよね。自分で作らなくて済むし

「確かにそうだわ。今日はありがとね」

「ううん。昨日鍋作ってくれたじゃん」

「冷めちゃ嫌だしそろそろ頂きますか」

「「いただきます」」

 と言ってシチューを食べようとすると――

「え、なんで俺のこと見てるの? 食べないの?」

「い……いや、まず感想聞きたいなぁって」

 有馬は少し頬を赤らめて目をそらし気味にしてそう言った。

 あ、そう。と言って少し食べずらさを感じながらシチューを口に運ぶと、

「すごいおいしい!」

 自分が作るクリームシチューより味に深みがある。

「え、ほんと?よかった~」

「よく考えたら自分が作った料理を他人に食べてもらうって緊張するよな」

「うん。やっぱりちょっと味の感覚が違うなぁとかだったら申し訳ないじゃん」

「ていうか何か隠し味でも入れてる?なんか俺が市販のシチューの素使って作るときより味に深みがある気がする」

 そういうと、おぉーという顔をして実はね、少しだけお味噌入れてるんだよねと隠し味を教えてくれる。

「え、みそ入れるとこんな味になるんだ」

「たくさん入れちゃダメなの、小さじ2くらいかな。お母さんが教えてくれたんだ」

「そうなんだ。お母さんは今どこにいるの?」

「この世にはいないよ。私が小学校6年生の時に事件に巻き込まれてね、死んじゃったんだ。そのあと引き取ってくれたのが百々さんでね。それからは探偵社でお世話になってるの」

 ちょっと無理した笑顔をして俺の質問に答えてくれる。ていうか、小6の時に両親なくしてるのは俺と一緒なんだ。

「そっか。ごめんね」

 地雷ふんじゃったなと思いながらシチューを口に運ぶ。味が薄くなった気がする。

 有馬は大丈夫だよと言ってそのまま何か言いたげな表情をしているが何も言わないでスプーンを皿から口に持っていく。

「そういえば板垣さんってそんなに歳離れてない気がするんだけど、有馬が小6の時って引き取ることできたんだ」

 少し不思議だ。確かに大人の女性の雰囲気は漂わせているが、三十路には見えないし、仕草や反応も若々しい。

「ちなみに言っておくと百々さんって今年で28だからね」

「え、そうなの!? ぜんぜん見えないわ……」

「でしょ! 秘訣を聞いたら努力怠ってないから保てるんだよ~って言ってたんだけどすごいなぁって思ったよね。私と9歳差には見えないよ」

 ん、ちょっと待って9歳差?

「え、有馬ってもしかして俺と同い年?」

 俺がそう聞くと少し目を丸くして、何を当たり前のことを言ってるの? という風にうん。知らなかったの? と言う。

「いや、普通に21くらいに思ってたわ」

「私のこと美少女とか思ってたくせに」

「でも、雰囲気的に年齢はそれくらいなのかなって。童顔ぽいし、若めに見えるかわいい系なのかなぁって」

 ふ、ふーんそっか。と口元が緩んでいるような緩んでいないような何とも表現しにくい表情になっている。ちなみに顔も赤くなっている。

「大丈夫? エアコンの温度下げようか?」

「ううん。大丈夫。全然熱くないから」

 いや、お姉さん顔赤いっすよ。絶対大丈夫じゃないやつっすよ。

 しばらくお互い沈黙したままご飯を食べていたが、不思議と居心地の悪さは全くなかった。

「にしても気づかないんだ」

 ぽろっと有馬の口からそう言葉が漏れる。

「え、何に?」

「私たち前に会ってるんだよ」

「え、いつ?」

「それはご飯食べ終えてから話そっか。冷めちゃうもん」



 その後俺たちは雑談をしながらご飯を食べ終え

 て食器も洗い終わり2人でソファに座ってテレビを見ていた。有馬は二人の間にあった微妙なすき間を詰めて俺に密着し、どこか遠くを見るような、寂しそうな目をして俺の右腕を抱き枕かのようにぎゅっと抱きつく。

 俺は思わずえ、? と俺は声を出してしまう。

「君がお母さんとお父さんのこと思い出させたから少しだけこうさせて」

 そう言って俺に体重をかけて、すり寄ってくる。これは……、まずいです。理性が崩壊しそう。でも持ちこたえられそう。長男じゃなかったら我慢できなかったわ。


 どれくらい時間が経っただろうか。しばらくこうしてた気がする。そうしたら有馬が俺の耳元でさっきの話の続きして良い? と聞いてくる。

 大丈夫だよ。とできるだけ優しく聞こえるように声色に気を付けて答えると、ありがと。とにこっとする。だめだ。白旗上げて撤退したい。でも話を聞いてあげたい。

 そして話始める、俺と有馬の出会いを。いや、俺がを――

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