第3話 転機は強制的に

 どうやら俺には特殊能力者の素質があるらしい。これは目の前の女性に言われたことだ。名前は有馬日向と言うらしい。

「それで、私たちのところに来る?」

「んー断るわ」

 キッパリそう言った。やっぱりどこか信じられない。こういう時は自分の感覚を信じるべきな気がする。

「今のは、ぜひやらせてください! やりたいです! の流れでしょ」

 すごい不服そうなジト目で有馬に見られる。これはこれでいい。

「キモ」

 おえーって顔をされながらそう吐き捨てられた。忘れてたこいつ心読めるんだっけ。

「ちなみに俺はまだ素質って言うのが分からないんだが、具体的ににどう言うことだ?」

「そういえばその話してなかったね。素質っていうのはね、能力者の端くれってこと。だけどその中でもまだ能力を発現しただけだったり、有用な能力だけど制御できていなかったりする。そういう人の事を素質のある人って言ってる」

「なるほど、面倒くさそうなことに巻き込まれたな俺。ていうか、その心を読む能力を使う使わないっていうのは自分で制御できるのか?」

「もちろん。そうじゃないと人の考えてることがなだれ込んできちゃう」

 有馬は俺に向かって笑顔で明るくそう言ったが、雰囲気はどこか寂しそうだった。違う、そうじゃないな。なんと表現すればいいんだろう。無理に明るく振舞ってるこれが一番近いのかもしれない。ということは――

「実体験か、ごめんな」

「ううん、大丈夫。にしてもよく分かったね。これまでこういう話をする時は能力使って相手に勘づかれないようにしてたのに」

 有馬は驚いたような、感心したような顔をして俺に言う。

「だてに人の顔色を伺って19年間生きてきたわけじゃないからな」

「そっちも大変ね。ていうか話戻してもいい?」

 有馬は腕時計を見ながら俺に向かってそう言う。

「あなたは本当にここまでのことを知ってまで、うちに来ないつもり?」

 真剣な眼差しで俺を見据えて有馬は言った。

「そのつもりだ。俺は素質があったとしても、わざわざ能力者の戦いに関与したい訳でもない。それに今の生活が気に入っているんだ。あとその情報を信じきれない自分がいるからこそ否定をしてる。」

 俺はベッドの上で姿勢を正しながらそう言う 。寝てたせいで体がなまってるのか動かしにくいな。後でストレッチしよ。

「なるほど。ここまで話を聞いてくれてありがとう」

 半分諦めた風に有馬がそう言う。

「随分とあっさりだな」

 もうちょっと交渉されると思ったんだけどな。

「でもあなたに拒否権はない。あと、助けたの私だから一応貸しってことでダメかな?」

「は?」

 いきなり訳が分からない。だとしたら今までの交渉は何だったんだ。それに拒否権がないってどうしてだよ。

「なんで拒否権がないかって言うと、あなたの保護者に話を通してうちの探偵事務所に所属して貰うことの許可を得たから。それに、あなたの一人暮らししている家も解約してあるし、大学側にも話は通してあるわ。中退の」

「おいおいおい。そりゃないだろ。なんでそこまでやるんだよ。ていうか、俺の保護者って、どこから分かるんだよそんな情報」

「それは調べれば出てくるわよ。こっちはそれなりの権限を持ってるんだもん。あなたが両親が居なくなってから里親に引き取られたってことだって知ってる。あと、なんでここまでやるかっていうかっていうことに関してだけど、これはさっき言った通りだよ。あなたが狙われる可能性がこれからあるから。今回の事件であなたが能力を受動的に使っただけで、犯人のターゲットは声優だった。だけど、あなたが能力を使ったということ、そしてそれが戦闘に有用な能力である可能性は私達も、分かっているわ。もし人殺しのために利用されたくなったらこっちに来て欲しい」

「さっき戦闘に巻き込まれないための保護対象的なこと言ってたもんな」

 色々と分からない。一気に情報が入りすぎてる。まず敵は誰かってことだし、俺の意思は尊重されてない。でも冷静に考えると、今の生活から手を引かないと周りにまた被害を及ぼす可能性も否めない。それならどっちがメリットが大きいのか。又はデメリットが小さいのか……。たっぷりと時間を使って考えたいけど、そんな時間もない気がする。

「分かった。有馬のいる探偵事務所に所属しよう」

「え、ほんと? やったぁ! じゃよろしく後輩くん」

 今にも飛び跳ねそうな勢いで目をきらきらさせて喜ぶ有馬は最後にはウィンクまでしてる。可愛すぎるだろこの先輩。見た目大人しそうな感じして話すと明るくて、でも仕事には真剣に取り組むとか好感度高い人多いだろ絶対。こういうタイプ嫌いじゃないな。

「て、なんで俺は勝手に有馬のことを批評してるんだ」

 思わず自分のしていたことに少しだけ嫌気がさす。

「ん? 何かあった?」

 この先輩。心読んでない状態でよかった。そう思った矢先、有馬のスマホに着信があった。

「もしもし、百々さんどうしました。……え? この病院に敵組織のやつが潜入してる?」

 意味が分からないと言わんばかりにそういう有馬。そして、

「なんで情報が漏れたの?」

 そうこぼした。

「待って敵組織のやつって、何が目的なんだよ」

 俺は思わず質問してしまう。

「おそらく、君かな。さっき言ったでしょ。あなたの能力を狙ってるって。すぐに逃げるよ」

 そう言って、俺の手を取り俺は入院患者が着てる服のまま有馬に連れられて行く。

「逃げるってどこに逃げるんだよ」

 廊下を走りながらそう聞く。(よい子は病院の廊下は走っちゃだめだぞ。)

「この病院は地下一階があってね。そこは能力者が攻めてきたときに逃げるためのシェルターでもあるし、広いから戦う場所としてもうってつけなの」

 後ろを振り返って、階段の踊り場で俺に向かっていう。

「え、この病院ってたしか1階までしかエレベータ―なかったよな。少なくとも前来たときはそうだったぞ」

「そんな場所を堂々と見せないでしょ普通。考えたらすぐわかることだよ」

「それもそっか」

 そういって、3階から2階に降りて、1階に行く踊り場に差し掛かった時、3階のあたりのドアが開いた音がした。上を見ると、スーツの上からもわかる筋肉ムキムキのスキンヘッドなイカしたアラサーみたいなおっさんが下をのぞき込んでいた。俺も細マッチョくらいにはなりたいな。そして、降りてくる音ではなく、。ドンともバンとも言い難い衝撃の音が階段に響く。指がコンクリートにめり込んでひびが入っている。そうか、この階段ロの字になってるから真ん中から落ちれば手すりに掴まって降りる時間短縮できるのか。って、感心してる場合じゃないな。

「あいつらなんだよ。人間じゃないのかよ。学際の時の男といいさ。屈強どころの話じゃないだろ」

 俺は不平不満を漏らす。不公平だ。俺にもあんな感じの能力ほしいわ。そう思った時に有馬が一言。

「もう着くから」

 と言って、1階のドアを開けずにそっちに向かって走り出す。え、これドアにぶつかってジエンドとかないよね。思わず俺は目をつぶってしまう。そして体がスライムの中を通ったような感覚がした。

「なんだこの空間広いな」

 目を開けた先には天井には体育館にあるような照明が並んでる。1.5階建てくらいの高さがある白い壁で囲まれた広いスペースだった。某魔法使い映画で駅に入る時のあれじゃん

「気を引き締めて、来るよ」

 部屋の中央まで歩いた後、有馬は隣にいる俺にそう警告した。美少女の横顔も映えるな。こんなこと言ってたら先頭に集中できないとか怒られそうだからやめよ。どうせ聞いてないだろうけど。

「有馬。俺は何をすればいい」

 そう聞くと、戦闘態勢のまま言った。

「君は下がってて、能力を使いこなせない状態で使おうとすると暴走して周りの悪影響が出る可能性が高いから」

 俺はわかったと言って、比較的後ろの方まで下がって周りをきょろきょろとみる。

「どこから来るんだ?」

 そう俺がこぼしたとき、目の前にいた有馬が防御体制のまま左に轟音とともに吹っ飛んだ。左を見ると軽く土煙のようなものが舞っていて、ぶつかったところを中心に円状に壁にひびが入っている。よく見ると目を閉じている有馬は額から血を流して倒れている。右腕はおそらく折れているだろう。

「お前が、俺の相棒を殺したのか」

 三十路スキンヘッドが俺に問う。

「いい筋肉だな。俺も細マッチョくらいにはなりたいんだが、どういう筋トレしてるか教えてくれる? あとおすすめのプロテイン」

 俺の口からは軽口が出た。足はぶるぶると震えていて、今にも逃げ出したいが、そんなわけにもいかない。どっからこんな言葉がペラペラと出てくるんだろうね。不思議だわ。

「てめぇ、あの女の二の舞になりたいのか? 質問に答えろ」

 青筋が経っているのがよくわかる。俺スキンヘッドは嫌だなぁ。絶対に似合わない。ていうかやべぇ。戦力だと思ってたけど、やっぱり能力的には有馬は非戦闘系だろうから助けが来るまで時間稼がないといけなさそうだな。来るのかすら分からないけど。

「俺が殺したよ。肘が変な方向に曲がっててずいぶんかわいそうな死体だったよ」

 そういった直後、やめて。そんなこと言わないで! 危ないのは君だよ。言葉が俺の頭を駆け巡った。視界の端にはせき込みながら、唇の端に血の線を付け、額から血を流して見ている有馬がいる。テレパシーも使えるのか。すげぇ。

「そうか。じゃぁあの女は無関係か。ならお前。せいぜい抗ってから俺に殺されろ」

 三十路スキンヘッドは口角を上げる。そしてサングラス越しからでもわかる。目のぎらつき。これは俺ついに命日かもしれないな。ていうか殺される前提なんだ。俺はなんて不憫なんだろう。

 刹那、俺の前からみぞおちにに感じたことのない重い衝撃を感じる。背中が壁にぶつかり、血反吐を吐く。衝撃で呼吸ができない。俺はうずくまったが堪え切れず横になる。焦点が合わない。だが前を見るとゆっくりと手をぽきぽきと鳴らしながら三十路スキンヘッドが歩いてくる。

「お前大したことないな。こんな奴に俺の相棒は負けたのか。いや、何か隠してるな。なんだ、使うと代償でもあるのか?」

 胎児の様に丸まった俺は息を吐くことしかできない。頭がガンガンする。痛みが強すぎるがゆえに返答ができない。

「答えないか」

 そういうと、俺の腹部に鋭い蹴りが入る。そして瞬間移動をして、有馬のもとに行き、首をつかんで持ち上げる。さらに、着ていた薄いピンク色のカーディガンをはぎ取り、白いTシャツと、ジーンズを強引に破る。白い肌や、下着があらわになる。やめろと殺意のこもった目で有馬は抵抗をするが右腕を殴られ、痛みに耐えられず叫ぶ。

「まぁいい。そんなに大きくないが溜まってた3日分くらいは俺を満足させてくれるだろ」

 男の視線がこれから何をしようか物語っている。

 なんでだ。なんでまた俺はこうやって転がってるんだ。命の恩人の危機をただ見てるだけしかできないんだ。あの力があれば。あの力を俺が自由に使えれば。有馬日向を助けられるのに。悔しい……。自分の無力さが! !

 俺がそう思った時に感覚が変わった。いつもは何も感じないのに、なんといえばいいんだろう今は空間がに感じられる。空間の流れが感じ取れる。空間の隙間を感じ取れる。だから俺は男と日向の隙間の空気にして、男だけをこちらに吹き飛ばすイメージをした。

「な――」

 轟音とともに男が俺の右側の少し離れたところに血を吐きながら吹っ飛んできて転がる。

「よぉ、そんなに使いてぇなら使えなくなるようにてめぇの下についてるつまようじ折ってやるよ。俺からのプレゼントだ」

 ふらふらと立ち上がりってそう言った。正直自分でも何言ってるかわからない。頭に浮かんだ言葉を言ってるだけだ。やべぇ、痛みを感じないし楽しくなってきた。この男ぶっ潰してやる。怒りに満ちた目で男は俺を睨みながら同じように立ち上がり、

「また寝っ転がりたくなるくらいぼこぼこにしてやるよ。あと、やっと能力を使ったな。ここからが本番ってわけか」

 男がそう言ったあと、この部屋のが揺れてるのを感じた。その後すぐに男と女が1人ずつ入ってきた。どうやら助けが来たらしいが、先に日向を助けるらしい。正解だな。さっきまでとは違い俺は空間を見ている。だから、こいつに勝てる。そういうビジョンが見えている気がする。

 空気が揺れて、男が距離を詰めてくるのがわかる。それを半身でかわし、振りかぶる代わりにする。体全体を使った勢いと体重を乗せて、さらに空間を加速させた右こぶしをみぞおちに入れる。肋骨が折れる感触と内臓を殴っているような感触が腕に伝わる。男は後ろに数歩後ずさりして、倒れる。俺は近づいてトドメを刺そうとすると、

「もうやめろ」

 真面目な声が静寂を破る。声の方向を見ると助けるために入ってきたメガネをかけた銀髪の男がいる。隣にはベリーショートの身長の高めの女性、そしてその女性のに寄りかかりながら上着を羽織ってしっかり前を止めて立っている日向。全員がこちらを見ていた。

「もうそいつは死んでいる。心臓がつぶれているんだ」

 メガネの男はつづけた。

「ちなみに特権使って退院手続きはもうしちゃったから出ても大丈夫だよ」

 長身の女性がそういう。

 あ、荷物どうしよう。ていうか空間を見られるんだし、モノの移動とかできないかな。そう思って、病室の荷物を感知して目の前に持ってくるイメージをすると。

「あ、目の前に出てきた。便利だなこれ」

 荷物一式が俺の前に現れた。

「あんまり人の前でそれを使うな。特に一般人の前ではな。特殊能力を見られたおかげで何回か事件になっていることがある」

 メガネの男がそう俺に忠告する。

「さ、帰りましょうか。あとその死体はそのままでいいわよ。あとでこっちが調べるから」

 長身の女はそういって。出口を出現させてドアを開ける。俺はそっちへ走って。

 普通に歩いてる日向に大丈夫かと聞く。そうすると大丈夫。と答えられる。

「そういえば、日向はどうして歩けるんだ?さっきまでのダメージのせいで行動不能かと思ってたのに」

 俺がそう疑問をぶつけると、

「この女の人は板垣百々いたがきももさん。うちの探偵事務所の医療班だよ。ていうか、軽々しく名前で呼ぶのやめてくれない?私を名前で呼んでいいの社長と、百々さんと、事務の人くらいだから。下種が」

 下種?? え、俺地雷ふんじゃったんですか??

「え。あの、すいません」

 とりあえず謝っとこう。

「仲いいわね。2人とも。自己紹介はここ抜けたすぐ先の駐車場で車に乗ってからにしましょうか」

 そう板垣さんがニコニコしながら言う。

「「そんなことないです!」」

 俺と有馬は食い気味の否定の言葉が揃って気まずくなる。というか、俺がなぜかジト目で一生責められてる。不憫だ。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る