第3話 ダイアン迷宮

 1


「撤退! 」


 騎士ジョルジの判断は迅速だった。


 王直属の第三近衛騎士団長『甲羅のジョルジ』は、平民出身であるが騎士爵を持ち、軍の序列では准将相当にあたる。


 また年齢は三十近くで、二十代前半のデニッシュ達に比べ、実戦経験も豊富でこのパーティーでは最年長だった。


「ジュエル様は、《異空間》で殿下を回収、ハンチング様は私の援護を」


「了解」


「り…了解! 」


 ハンチングは矢をつがえながら、素早くデニッシュに駆け寄る。


 一呼吸遅れて、ジュエル詠唱しながらデニッシュに上級回復薬を振りかける。


 デニッシュの傷は治っていくが意識は戻らない。


「我は練る、練る……」


 ジュエルが空間魔術異空間を発現しようと詠唱を続ける。


《異空間》の魔術は数千人に一人いるかいなかいかの適正魔術で、任意で異空間を発現することができる。その空間は大きさは、使用者の魔力に依存している。ジュエルは、十メートル四方の空間を三つ発現可能である。ジュエルが許可した対象であれば空間に入ることができる。


 気絶したデニッシュを《異空間》に入れて退却する。それが優先順位一位である。


『ウオオオオオオオオ』


 ブラックロータスが左手首から滴る血を啜りながら吠える。その狂気は気絶したデニッシュに向けられている。


「ちぃ! 行かせん! 」


 ジョルジは《回復》により十全のコンディションでブラックロータスを迎え撃つ。口腔内に一粒白金貨と同価値の『体力回復飴』を噛む。


 ジョルジが大楯を構えて前に出る。


 ガキィン


 ブラックロータスが突進するが、ジョルジの盾捌きにより衝撃をいなされる。


〖クーリッシュの盾〗

〖種類〗大盾

〖効果とストーリー〗

 巨匠クーリッシュ作による大盾。物理防御(大)、魔法防御(大)で特別な効果はない。職人による丹精込めて造られた盾。ヤシガニのはさみの構造を参考にしており、鉄鋼の薄い層とそれより軟らかいクッションのような役割を担う層を組み合わせた「柔」と「剛」の性質を持つ。技量のあるものが使用すると攻撃を受け流すことにも非常に使いやすい。使用の際に魔力を消費しない。


 ブラックロータスが脚を止めて、右腕をジョルジに向かって殴打する。


「はぁぁぁぁぁぁ! 」


 ガキィン、ガキィン、ガキィン


 ジョルジはクーリッシュの盾で受け流すが、一撃一撃が重く体力を削られる。


 体力回復飴によって少しずつ持続的に体力は回復するが、長くは持たないであろう。


 幸いなのは、ブラックロータスとて左手を斬られたために、デニッシュに与えた殴打が出来ずに右腕だけの攻撃一辺倒だということだ。


「ジョルジ団長! お下がりください」


 後方では、ジュエルが詠唱を終えて《異空間》を開き、気絶したデニッシュを入れた。ジュエルがすかさず《異空間》を閉じ、階段まで後退する。


「我は練る、練る、幾千万の星を貫く、流星よ、降り注げ、《星崩し》」


 射手であるハンチングが魔力のほとんどと引き換えに独自魔術を発現する。


「正射必中」


 ハンチングは練り上げた魔力をブラックロータスの上空目掛けて射った。



〖皆中〗

〖種類 弓 古代アーティファクト〗

〖 効果とストーリー〗

 古代の弓当ての名人が使用していた弓、一説には天界の神樹の枝を聖獣が神に供え、その枝を削り作られたといわれている。

 的まで28メートルの距離ならば〖必中〗命中補正(極大)、的まで28~60メートルの距離ならば〖正射必中〗正しい姿勢で射てば命中補正(中~大)、自身の魔力を矢として放つことができる。通常の矢を放つことも可能。


「一射目は技術で、二射目は体力で、三射目は精神力で中る。最後の矢は【ハンサム】でなければ中らない」


 ハンチングは弓(皆中)の効果も相まって《星崩し》はブラックロータスの上空より千を越える光の矢となってブラックロータスに降り注ぐ。


 ジョルジは素早く後方に下がりクーリッシュの盾を上空に向けながら《星崩し》の有効範囲外に逃げる。


 ブラックロータスは《星崩し》のそれは美しく幻想的な光景に目を奪われながらも、迫りくる脅威に耐えようと防御の構えてをとる。


 それがハンチングの狙いだった。


「貴方もなかなかハンサムですよ」


《星崩し》で魔力を使い果たし、魔力欠乏症で意識消失寸前のところで、ハンチングは矢を放った。


 放たれた矢は、上空の光の矢に意識を奪われていたブラックロータスの右目に吸い込まれるように射られた。


『グモオォォォ』


 意識の外からの攻撃にブラックロータスは混乱し、防御の姿勢が崩れる。


 千に及ぶ光の矢がブラックロータスに降り注がれた。


 ハンチングは意識を失った。


 ジョルジが片手でハンチングを抱えたまま、後ろで光の矢を浴びているブラックロータスを視認せずに、階段まで下がった。


 ジョルジとジュエルはそのまま三十九階層まで登った。



 グルドニア王国450年代


『銀狼』パーティーメンバー


 デニッシュ・グルドニア 右肩から腕にかけて骨折、脱臼により重症、痛みにより気絶


 ハンチング・ベルリン 魔力欠乏症により意識消失


 ジョルジ 軽傷


 ジュエル・ダイヤモンド 損傷なし


 ダイアン迷宮四十階層 にて撤退


 門番、漆黒魔牛『ブラックロータス』の生死不明


 銀狼パーティー一行、ダイアン迷宮攻略 失敗


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