第2話 剣王デニッシュ・グルドニア

 1


『ウオオオオオオオオ』


 ブラックロータスが狂喜に満ちた雄叫びをあげる。それは、剣士達にとっては威圧であったが、ブラックロータスは純粋に喜びを表現したのだ。


 ああ、やっと戦えると


 今までの相手は、ブラックロータスにかすり傷一つつけることが出来なかった。ただの害虫駆除のようなものだった。


 ブラックロータスは先の光の矢と、剣士の剣で神話の時代より初めの痛みを知った。それは不快な刺激であったが、即座にブラックロータスは思考した。


 これが痛みなるものなのかと


 滴り落ちる血の色は薄闇に紛れて分からなかった。斬られた左角、脇腹に光の矢が刺さった左大腿部に両腕の傷口からの熱さがブラックロータスの中にある野生を目覚めさせる。


 ブラックロータスは軟らかくなった岩場から脚を引き出した。いつの間にか刺さった光の矢は消えている。おそらく、射手による魔力で作られたものか、迷宮品による装備の効果であろう。


 光の矢が消えたことによる。動作時の痛みは軽減したが、血は余計に滴る。


 ピタ、ピタ、ピタ


 滴の音が心地よい。


 いつもは相手を迎え撃つブラックロータスは、本能の赴くままに銀髪の剣士に向かって駆け出した。


 その眼はまるで愛しき者に恋い焦がれるような甘美なる熱さを宿していた。




 2


 グルドニア王国第二王子であるデニッシュ・グルドニアは驚いた。


 今の自分に斬れないものがあっただと。


 グルドニア王国でも剣帝キーリライトニング・オリアと双璧をなす剣王デニッシュ・グルドニアの剣士としての腕は間違いなく超一流である。


 その証拠に、デニッシュのパーティー『銀狼』はこのダイアン迷宮よりも、深い層があるいくつかの大迷宮踏破パーティーである。


 未踏破とはいえ、たかだか四十階層の門番に後れをとるような二流ではない。


 しかし、先手をとった割には仕留めきれなかった。確かに奇襲でブラックロータスに手傷は負わせたが、こちらも前衛が既に戦闘不能一歩手前である。


 大楯の騎士である第三騎士団長ジョルジの盾はブラックロータスの攻撃に耐えきれずに変形し、ジョルジも前腕を骨折した。


 今は、神殿直属の神官であるジュエルが《回復》を発現してジョルジを癒している。



 射手のハンチングは弓に矢をつがえたままに、ブラックロータスから視線を外さない。先の攻撃で魔力による矢を連発したために、今は通常の矢を構えた。


 ハンチングが矢をつがえたながら、弓の握りを確かめるようにして心を落ち着かせている。


 今までハンチングの魔力で発現した光の矢を避けることができる魔獣などいなかった。更には、光の矢が命中すればどんな相手であれ致命傷は間違いなかったはずだが、ブラックロータスにはまだまだ余裕があるように見える。


 このデニッシュをリーダーとしたパーティー『銀狼』は、近距離アタッカーの剣士デニッシュ、前衛のタンクに騎士ジョルジ、遠距離アタッカー射手ハンチング、後衛支援に神官兼魔術師のジュエルと非常にバランスのいいパーティーであった。


「ジョルジは一旦下がれ、ジュエル《回復》後の戦線復帰は可能か」


「あと二十秒ほど」


「よし、私とハンチングで時を稼ぐ。ハンチング、この牛はやるぞ。七十層の階層主クラスを殺るつもりじゃなきゃ足元をすくわれる」


「了解致しました。確かに特殊個体のようですね」


『ウオオオオオオオオ』


 ブラックロータスが狂喜を唄いながら突進する。標的はデニッシュだ。


「正射必中・乱れ」


 ハンチングが魔力で作った光の矢を同時に十矢放つ。


 矢を分散させたため矢の威力は弱いが、突進するブラックロータスの上体に光の矢が迫る。


 ブラックロータスは先ほどと同じように両腕で頭部を守りながら突進の速度は落とさずに加速する。光の矢は全矢命中したが、痛みを受け入れたブラックロータスを止めることは叶わない。


「うるさい」


 デニッシュが脚を止めて構える。後方には《回復》を受けているジョルジにジュエルがいる。避けるという選択肢はない。


「正射必中」


 ブラックロータスの左足部の甲に、実体のある矢が刺さる。


「グウオオウ」


 上体に意識が向いてたブラックロータスが左足の痛みを認識し、若干突進速度が落ちる。魔力で作った光の矢に紛れて、通常の矢を放つハンチングの技量の高さが伺える。


 その隙をデニッシュが逃すはずがない。


 デニッシュが高速の一閃を振る。


 ブラックロータスの首を狙ったがブラックロータスは左腕を犠牲にして防御する。


 ブラックロータスの左手首が宙に舞う。


 デニッシュが返しの二閃を振る瞬間に。


 ニヤリ


 ブラックロータスが斬られた左手首の付け根で鮮血を撒き散らしながらデニッシュに振り下ろされた。


 デニッシュは回避不可能と瞬時に判断して、右肩をひねり皮鎧の固い部分でブラックロータスの打撃を受け止めた。



 バキバキ



「ぐぁぁぁぁぁぁぁぁ」


 しかし、手首の付け根とはいえブラックロータスの膂力は凄まじく、デニッシュは壁際まで吹き飛ばされた。


 更には、今の一撃で右肩の脱臼に加え上腕骨と鎖骨、肩甲骨まで骨折した。


「殿下ぁぁぁ」


 神官のジュエルが叫んだ。



 デニッシュは意識を失った。



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