マヤ ~episode 12~
「真綾、この間の練習試合、どうしたの。」
「あ、それ、俺も聞きたーい。」
まーくんの問いに、タッキーも振り返った。私は弓袋を片付ける手を休めて、んー、と言った。
「まあ色々射に問題はあったんですけど、一言で言うと―」
私は目線だけ伏せて、首を傾げた。
「緊張しました。」
「「だろうな。」」
二人が盛大にハモった。
「おいおまえ、真似してんじゃねえぞ。」
「してないですよ!こんなほぼ同時に言うこと真似できるわけないじゃない―」
「まあでも仕方がねえな、俺がかっこよすぎるから、憧れて真似してしまうのも。」
タッキーが、まーくんの弁解にかぶせるように言った。
「あの、先生、今の俺の話、聞いてました…?」
頭を抱えて照れるタッキーの横で、まーくんが突っ込む。
「俺の話ってさ、最近誰も聞いてないわけ?」
返事をしないタッキーのことは諦めて、まーくんが私に話を振った。
「私、今さっき返事したでしょうよ。」
また話がずれていきているという事実について、突っ込むのはやめにしておいた。
「まあ、無視されるキャラっていうのも、いいんじゃないの。」
「真綾は返事しているといっても、思いついたこと適当に言ってるだけだろう…?」
まーくんが言って、
「あ、ばれた?」
私が答えた。
「当たり前じゃん!ばれるわ!」
「あ、そーれ!当たり前田のクラッカー!」
どこからともなく、ヘンテコな踊り付きで凜くんが現れた。
「おまえはいっつも、登場の仕方が意味わかんないんだよ!」
まーくんがちゃんと突っ込んであげた。
「いやまあなんていうか?みんなにはやっぱり笑いが必要なんじゃないかと?思いまして?あ、先輩、お礼はいいですよ。照れちゃうんで。テレテレ。」
「もう照れてるじゃんか!」
頭をかく凜くんに向かって、まーくんが吠えた。
「なんなの?うるさいわね。静かにして頂戴。」
女子更衣室から眉間にシワを寄せた真央が現れて、まーくんと凛くんを睨みつけた。
「ほら、うるさいぞ。次期部長が怒ってるぞ。」
タッキーが私達を順々に指して言った。
「先生、次期部長、僕です。」
まーくんがおずおずと手を挙げる。
「ええ!?うっそーん。やだなあ、村上君ったら。冗談もほどほどにしなさいよ。」
タッキーがプップクプーと吹き出して言った。
「だって村上くん、あなた全然部長らしい威厳ないじゃないの。」
「ありますよ!まあでも真央に比べたら、分かんないけど…。」
ちょっとまーくん、そこは言い切りなさいよ。私は思った。
「よし、それじゃあ、政権交代だ。次期弓道部は任せたぞ、向井!」
「いいえ、遠慮させて頂きます。」
タッキーの誘いを真央がきっぱりと断った。
「なぜ。」
「面倒ごとは御免です。人の世話など、したくもない。結構です。」
「だってよ~。良かったな、村上!危・機・一・髪!」
「まず、今更そんなこと出来るんですか。もう生徒会の方に書類提出したって聞いたんですけど。」
もはやどうでもいい、という境地に達したらしいまーくんは、純粋な疑問で聞いた。
「ん。あ、出来んじゃね?知らんけど。とりあえずおまえが部活辞めたら、部長変更せざるを得ないだろ。」
「え、僕部活辞めるんすか。」
「ええ、辞めないの、村上くん!」
「もう結構です、そのパターンのボケとツッコミ。飽きました。会話のバリエーションを増やしてください。」
真央が言って、
「激しく同意。」
私も言った。
「なにはともあれ、現部長は俺だ。」
男子更衣室の中から、近藤先輩が出てきて言った。
「意味の分からないことを言ってないで、挨拶するぞ。」
「はい、すいません。」
まーくんが大人しく言った。タッキーが怒られたまーくんを見てにやりと笑う。
「挨拶します。並んでください。」
「「はい。」」
みんなが応えて、部長の近藤先輩、副部長の美鈴先輩、そして顧問のタッキーと向かい合わせに正座した。
「姿勢を正して。的正面向いて。」
みんなが背筋を伸ばし、体の向きを的のある方に向ける。
「黙想。」
前回の練習試合のようにあがってしまわないようにするためにも、呼吸は大切だ。吸って―吐いて―を繰り返す。私はしっかりと気持ちを切り替えた。もう、前と同じような失敗は許されない。
「ちゃんと都総体でも的中だせるかなぁ。」
部活からの帰り道、真央が不安そうに言った。
「私もこないだの練習試合散々だったし、試合ってなると気持ちのコントロール難しいよね…。」
私も相槌を打った。
「先輩と同じ立でしかも期待されてると辛いですよね。」
楓が言うのを聞いて真央が頷く。
「試合がないのは練習のモチベーションがなくなるから嫌だけど、試合に出るのはいや。だからといってメンバーから外されるのはもっといやだ。どうしたらいい?」
その訳の分からない気持ちは私もよく理解できる。だけど、どうしたらいいのかは分からない。
「とにかく頑張るしかないよ。ハグリッドの言葉を借りて言うと、 « What would come, would come...and we would have to meet it when it did. » 『来るもんは来る。きたときにうけてたちゃあいいんだ』。インターハイ進出もかかってくるし。ね?」
私は言った。ハグリッド、とは、私の好きな本、『ハリー・ポッター』の登場人物だ。
「うん、そうだよね。」
「三人でプレッシャーに打ち勝てるよう、頑張ろう!そして、優勝しよう!」
真央と楓も言った。それから少し沈黙が続いた後、二人が同時に私を振り返って聞く。
「「ところで、ハグリッドって誰?」」
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