マヤ ~episode 11~
「それでは、これから練習試合を行います。今から一時間後の十一時から試合を開始致しますので、それまでは各自、射込みを行ってください。」
私の所属している部活である弓道部の顧問、タッキーこと滝沢先生が、印刷された紙をおもいっきりガン見して言った。普段の先生の適当さ加減を知っている私達からしたら、先生が『ですます調』で進行係を全うしているのを見ているだけでも、吹き出しちゃいそうになるくらい面白い。そんな先生だから、今日は真面目に頑張っているほうだ。
「それでは、解散。」
「「失礼します!」」
私の学校と練習試合の相手校の生徒が、礼をしながら声をあわせて言った。タッキー曰く、『下手っぴな学校の奴らと練習試合したところで、なんの意味もねぇ。ってかむしろ、時間の無駄か?ガハハ!』ということなので、今回の相手校は、いつもうちと東京都、一位二位を争っている、優秀な学校だ。まあ確かに強い学校とのほうが張り合いも出るし、本当の試合のような緊張感を味わえる。というか、もう十分すぎるほど心臓がバクバク鳴っている。
「絶対優勝しろよ。」
声のした方を振り返ると、まーくんが自分の弓を持って仁王立ちをしていた。
「都総体前最後の練習試合だからな。」
まーくんだとは分かっていても、袴を着ているだけで少しかっこよく見えてしまうんだから、困ったものだ。
「そういうまーくんも頑張ってよ?」
「え、そんなの当たり前じゃん。男子も女子も団体優勝を勝ち取って、うちで表彰台独占するんだよ。分かったか?」
「はいはい、了解しました。」
まーくんはいつでもポジティブだ。そのおかげで、元気をもらえることはよくある。
「そういえばさ」
まーくんが言った。
「あっちの学校の奴ら、めっちゃ真綾のこと見てんぞ。」
「え?あ、あー、うん。」
確かに視線を感じた私だけど、割といつものことなので、別段驚きもしなかった。
「私の顔、なんかめずらしいらしくってさ、表彰のときに写真撮ってくださる方いるじゃん?その方にも、『あ、栗原さんだよね。よく顔見かけるから、覚えちゃった。』って言われたし。」
「それは単に、真綾がいっつも表彰されてるからじゃないのか…?喧嘩売ってんだろ。」
「え、違う、違う。本当にすぐ覚えられちゃうんだって。あ、この間もね、二日連続でスタバに勉強しに行ったんだけど、店員さんに、『最近よく来てくださって、ありがとうございます。』って言われたの。たったの二日だよ?しかも毎日大勢の接客してるはずなのに。そのとき悟ったんだ。あー、私って、よっぽど変な顔なんだろうなって。」
「どうしてそうなる。」
まーくんが大きな溜息をついた。
「どうして真綾は昔からそうなの。もっと自分に自信持てよ。真綾は可愛いから目立つし、見られてるに決まってんだろ。」
「うーん、ありがとまーくん。」
こういうところなんだろうな、と私は思った。まーくんが意外とモテる理由って。でも私は騙されない。なぜって―
「真綾先輩!」
私の愛すべき後輩、凜くんが走ってきて、私とまーくんの間にスライディングした。
「はい、真綾先輩です。ご用件はなんでしょう。」
ご用件は、聞かなくても分かるけど。
「真綾先輩!」
凜くんがもう一度言った。
「ん?」
「今日もお美しいですね!」
はい、私の予想は大的中。ご用件は、『かまってください』でした。
「うーん、ありがと凜くん。」
「桐島、おまえなぁ!」
まーくんが、おもいっきり自分に背を向けている凜くんに向かって怒鳴った。
「おまえみたいな奴がいるから、真綾が人間不信に陥るんだろう?」
「なにをおっしゃるんですか先輩!」
凜くんがまーくんに向き直った。
「可愛い人に可愛いと言って、なにが悪いんですか!」
「いや、別に悪くはないんだけど、そんなにしょっちゅう言ってたら、真綾が本気にしなくなるだろ!」
自分のことは棚に上げて、と私は思った。凜くんもそう思ったらしい。
「先輩だって毎日言ってるじゃないですか!僕なんて、先輩と違って付き合おうって言ったことがないだけ、随分偉いと思います!」
「それは…、まあ、なんていうか…。あ、でも桐島、好きな子いるんだろ!?いっつも紬ちゃんがどーのこーのって言ってんじゃん!そこは結構大きな違いだ!」
話が逸れている、と私は思った。まあでもかまいやしない。毎日繰り返している会話なんだから。
「別に好きじゃないんですよ。あ、そういえば真綾先輩、聞いてくださいよ。紬ちゃんに今度ご飯行こうって言ったらいいよって言ってもらえたんっすよ!なんで、好感度アップの為にお金貯めて、おごってあげるつもりなんっす!」
「ええ、本当に!?良かったじゃ―…」
「やっぱり紬ちゃんなんじゃん!」
私の声をかき消して、まーくんが吠えた。
「先輩、そんなに怒鳴ってると、実はイケメンじゃないってばれちゃいますよ?」
「俺は怒鳴っていようが何をしていようが、常にイケメンなんだ。」
「うわ、でました、先輩の自意識過剰。」
「なに!?おまえ、先輩に向かって―」
「えへん、えへん」
ここで私がわざとらしく大きな咳ばらいをして、二人の会話に割って入った。
「とりあえず、凜くんおめでとう。アドバイスしてほしいことがあったら、いつでも聞いてね。それじゃ、お先。」
二人の会話を右から左へといい感じに聞き流しながら、テキパキと準備をしていた私は、弓と矢を持って立ち上がった。
「は?準備速すぎだろ!?」
「さすが真綾先輩!女神ですね!」
「おまえ、俺の話聞いてた?」
「村上先輩の話なんて、いつだってほとんど聞いてませんよ…」
阿呆な二人をおいて、私は颯爽と歩いて行った。行動が速い?当たり前じゃん。人より努力しないと、上手くなれないに決まっている。私にはまーくんみたいな鋭い離れを出す才能もないし、凜くんみたいに弓手で的に押し込める才能もない。だから、努力して、努力して、積み重ねていくしかないのだ。私は昔から、なにをするにも不器用なんだから。
道場へは、勿論、一番乗りだった。
○○×○○○
○は的中したということ。×が外したということ。
まあまあかな。私が六本引き終えた頃には、もうほとんどの人が道場に入ってきていた。
「いいんじゃねえの。」
七本目の矢を持つ前に、手元で離れの練習をしていると、後ろから声が聞こえた。
「あ、先生。」
「ん」
タッキーはよく、『ん』と言う。
「なんかちゃんと、真ん中から均等に伸びあって離せてんじゃん。これは、優勝いただいちゃう感じじゃね?」
「練習と本番じゃ違うんですよ。」
私は苦い顔で言った。
「緊張するな!って思っても、全然無理で。」
「そりゃあ誰だって緊張するだろ。でもな、射は一緒にすんだよ。おまえならできんだろ。」
タッキーが謎のドヤ顔で親指を立てた。
「はい」
私は言った。
「ん」
タッキーが言った。
そうは言いつつも、私はそこまでは緊張していないつもりだった。普通に、本番でもなかなかの結果を残せるんじゃないかと、過信していた。タッキーの言う通り、射をコントロール出来るだけの緊張度合いだと思っていた。
このときの私はまだ、知らなかったのだ。まさか私がこの後の立ちで最悪の結果を叩きだして、女子は団体二位になってしまうなんて。そしてそれは、まだまだ悪夢の始まりにすぎないんだってことを。
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