マヤ ~episode 10~
「それではただいまより、じゃんけん大会を行います。」
男子五人の間に、緊張感が漂う。それぞれが首を回したり、軽く足踏みしたりする。
「えー、皆さん、正々堂々と戦うように。」
「「うっす!」」
「だーかーらー」
私は疲れ果てたように言う。
「じゃんけんしたって意味ないのに…。」
「勝者は、姫を無事に家まで送り届けるという、名誉ある任務を任せられます!」
「「うおー!」」
「やる気に満ち溢れてきたぜ!」
まーくんが言って、
「負けませんよ!」
凛くんも言った。
「ねえ!」
私は大声をあげる。
「誰が勝とうが、一緒には帰んないって言ってるでしょ!」
「それでは皆さん、構えて。」
私はため息をついた。誰も私の話なんかこれっぽっちも聞いてやしない。何も事情を知らない人が見たら私がとんでもないモテ女子だと勘違いしてもおかしくない状況だけど、本当は全くそんなことはなかった。ただ皆、私をだしに遊んでいるだけだ。
「「最初はグー、じゃんけんぽいっ!」」
「「くそー!」」
一人が私の足元に崩れ落ち、もう一人が近くにあった壁を悔しそうにドン、と叩いた。
「「あいこでしょ!」」
続いてもう一人が天に向かって手を伸ばし、この世の終わり、といった表情をする。残ったまーくんと凛くんが、お互いの隙を狙うように、睨み合いながらぐるぐる回った。
「「あいこでしょ!」」
「よっしゃぁ!」
「なんでだよぉー!」
まーくんが頭を抱えて座り込み、凛くんが拳を突き上げる。
「まーや先輩っ、かーえりーましょっ!」
私はもう一度、ため息をつく。なんだって今日の自主練は男子しか来なかったんだろうか。先に帰った女子メンバーを心の中で恨む。
「だから、一人で帰るって言ってるでしょ。」
「えー」
凛くんが不貞腐れた顔をする。
「せっかく僕勝ち抜いたのに。」
凛くんが上目遣いで私を見つめる。私は年下からのおねだりに弱い。迷った末、最後にもう一度ため息をついた。
「分かった。駅までね。でも皆一緒に帰りましょ。」
絶望的な表情をしていた残りの四人が、急に元気いっぱいになって飛び起きた。
「「ウェーイ!」」
「分かりましたよ。」
凛くんが仕方なさそうに言う。
「でも僕さっき手洗ったんで、駅まで僕と手を繋いで―」
「なにぃ!?それは許さん!」
まーくんが私と凛くんの間に割り込む。
「姫の神聖なる手をそなたのような下賤の手で汚してはならぬ。」
凛くんにそう言った後、くるりと私を振り返る。
「ちなみに俺もさっき手洗ったんだけど―」
「繋ぎません!」
私は一括した。一瞬、凛くんとまーくんがしゅん、となる。そして、次の瞬間には二人で手を繋ぎ、スキップをしていた。私は小さく首を横に振る。
結局一番大騒ぎしていた二人は二人で完結していたので、私は残りの三人と話しながら校門に向かった。もうどの部活も帰宅時間が過ぎているはずなのに、校門付近に人だかりができている。
「何事?」
私が言うと、隣にいたせいちゃんが
「あそこにサッカー部のやつらいるから聞いてきます。」
と、走って行った。
「なんか、外に芸能人並みの美男美女がいて、誰かのこと待ってるらしい。」
戻ってきたせいちゃんが言う。これを聞いてまーくんがきりっとした表情になった。
「これはこれは、参ったな。きっと俺のことを待っているんだな。」
そう言って髪の毛を整える。
「先輩、話ちゃんと聞いてました?」
凛くんが呆れたように言う。
「美男美女がいるっておっしゃったんですよ。」
「ああ、美女ならこのイケメンの俺様に申し分ない。」
まーくんが言うと、凛くんが首を横に振った。
「美男もいるんですよ?美男が隣にいるのに村上先輩に振り向くはずがないじゃないですか。」
「おまえっ、いっつもいっつも俺をバカにしてっ!」
「まあまあ」
私が間に入って言った。
「アクションを起こさなかったら美女がまーくんに惚れる可能性はゼロパーセントだけど、話しかければゼロではなくなるから。」
「真綾先輩、そんなこと言ってると村上先輩調子に乗りますよ。」
「聞いたか桐島!ゼロじゃなければ百と同じようなもんだ!」
私は凛くんの肩をぽんぽん、と叩いた。
「ああいうのは放っておくのが一番。」
そう言って肩をすくめた。
「それよりもう行こーよー。真っ暗になっちゃう。」
「そうだな、真っ暗だな!女の子一人にするには危なすぎるな!よっしゃ、俺が家まで送ろう!」
「あなたは美女をナンパするんでしょう!」
まーくんが瞬時に身体の向きを変え私に手を差し伸べたので、私は吠えた。
「いやまあ手始めに、隣にいる美女からナンパしていこうと思いまして。」
「すごいですね、先輩。ゴキブリ並みの精神力ですね。」
「いや、それほどでも。」
「少しも褒めてませんよ。」
照れるまーくんにテンポよく凛くんがツッコんだ。
「にしても、こんなに人多くちゃ通り抜けるのもやっとだな。」
人だかりの傍を歩くころには、五人が私を囲む位置に立っていた。なんだかんだ、優しいんだよな、と私は少し嬉しくなる。
「あれ、まーくんいいの?美女に話しかけなくて。」
私が茶化すように言うと、まーくんが肩をすくめた。
「姫を守る方が優先だからな。」
そう言って私を見て、ニヤッと笑う。
「姫、頭になんかついてますよ―」
「「真綾!」」
まーくんが私に向かって手を伸ばしたのと同時に、私を呼ぶ声が二方向から聞こえた。まーくんが手を挙げた状態のまま固まる。人混みがさっと割れて、噂の美男美女の姿が私の目に映った。
「玲奈!」
驚いたように私が言う。玲奈が嬉しそうにこちらに駆け寄る。後ろには亮くんがいて、こちらに手を挙げていた。なるほど、この二人なら美男美女と話題になっていてもおかしくはない。
「あ、謙人くん、こんにちは。」
玲奈が私に抱き着く前にお辞儀をする。
「玲奈ちゃん、こんにちは。」
私が慌てて振り返ると、謙人がこちらに向かって歩いて来ていた。私を呼ぶもう一人の声は、謙人だったのかと私は納得する。
「もう帰ったんじゃ…。」
「待ってたら、迷惑?」
謙人が聞く。私は首を横に振る。
「そんなわけないけど、負担になったら困ると思って…。」
「なるわけないよ。それと、何か髪についてる。」
私の髪に手を伸ばし、まーくんが取り損ねたものをつまみ上げる。
「葉っぱだ。」
にっこり笑って言った。まーくんの手が近づいて来たときは何ともなかったのに、謙人に感じない程度に触れられただけで真っ赤になってしまう。私は少しうつむきながら言った。
「ありがと…。」
「なぁんだ、謙人くん送ってくれるのか。」
玲奈が少しつまらなさそうに言う。
「せっかく迎えに来たのに。」
「玲奈、あんたの方が危ないんだから、気持ちは嬉しいけど来なくて平気よ。」
私は玲奈に向かって言う。自分を迎えに来たせいで変なスカウトに絡まれたら自分を許せなくなる。学校の前にこんな人だかりを作らせるくらいには美少女なんだから。
「それは平気だよ。亮もいるし。」
玲奈が肩をすくめた。
「亮くん、いつもありがとね。」
私は言って、亮くんを見上げる。少し見ない間に随分大きくなったな、と思う。昔は鼻をかんであげたり寝かしつけたりしていたのに。昔から端正な顔をした子ではあったけど。
「妹?」
まーくんの声が突然聞こえて、存在をすっかり忘れていた私は飛び上がった。
「わっ、まーくん!ごめんね、帰っていいよ!」
「まーくん?」
玲奈が興味深げにまーくんを見つめる。
「例のまーくん?」
「そう、同期のまーくん。まーくん、こちらは妹の玲奈と幼馴染の亮くん。」
それから皆の顔をぐるりと見渡して言った。
「とりあえず、ここじゃ邪魔だから駅に向かって歩こうか。」
これは明日、ちょっとした事件として噂になるな、と私は思った。
「あの!」
数歩踏み出したところで、謙人が大声をあげる。
「明日からは俺が真綾を家まで送るんで!」
なぜか主にまーくんに向かって宣言するように言った。
「うちの姉をどうぞよろしくお願いします。」
玲奈はぺこりとお辞儀をして言う。
「こちらこそ。」
と、謙人もお辞儀して言った。
次の日、謙人と私の交際は美形家族公認で、結婚まで秒読みだという噂が学校中に広まっていた。
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