カレン ~episode 9~

 「で、やらないの?」

玲奈が私の顔を覗き込んで聞いた。私はうーん、という声を漏らす。

「愛莉ちゃんの言う通り、やるべきだよ、主役。」

「私もそう思う。」

数学のテキストから顔を上げて真綾も言った。

「花蓮歌上手いし、それに演技するの好きじゃなかった?」

「うん、好き…。」

そう言ってから二人を交互に睨みつける。

「で?愛莉にべらべら喋ったのはどっち?」

玲奈が潔白を証明するように両手を挙げた。私はゆっくりと真綾の方に身体の向きを変える。

「だって…。」

少し申し訳なさそうに、少し不貞腐れたように真綾が言う。

「本気で感動したんだもん。愛莉ちゃん、すごくその話聞きたそうだったし…。」

「まあ、いいけど。」

私はため息をつく。まあ、そんな気はしていた。愛莉が妙に真綾のこと気に入ってたし。

「告げ口はともかく、好きならやりなよ、主役。夢が叶うじゃん。」

「でも私ってそういうキャラじゃないんだもん…。」

私は髪の毛をいじりながら床を見つめて言った。

「キャラとかそういうのは関係ないじゃない。」

真綾が言うと、玲奈が大きく頷いた。

「私はどっちかって言うと主役とかやりたがる『キャラ』に見えるかもしれないけど、真綾はお姉ちゃんサイドでしょ。それでもこの人、自分のやりたいことは人目を気にせず立候補して、好きなことやりつくしてるよ。」

それは事実だ。真綾は大人しそうに見えて昔から意外とアクティブで、気がついたら色んな事に応募している。水族館に行っても、動物園に行っても、気がついたら皆の前で様々なことに挑戦しているし、小学生の頃から一人で知らない人とのキャンプに行ったり、ろくに英語も話せないのに留学したりしていた。ちなみに、親がやってみたらと言っても、これっぽっちも興味がないときは梃子でも動かない。

「でも真綾も玲奈も見栄えいいじゃない。」

私は口を尖らせる。真綾はこれを聞いてため息をついた。

「玲奈はともかく、私は美人なんかじゃないでしょ。」

「確かに一般受けはしないかもだけど、派手な顔してるじゃん。目も私よりずっと大きいし…。それに二人ともスタイルいいでしょ。身長が高いから、舞台映えすると思うの。」

「顔なんかどうせメイクするからどうにでもなるし、プリンセス役なら王子と身長差あった方がいいよ。それにね、花蓮、あんた自分で言ってるほどブスじゃないよ。」

玲奈がプリプリして言った。

「その通り。私の可愛い妹のこと、悪く言わないで。」

真綾も大真面目な顔で言った。

「大丈夫、花蓮なら絶対成功させられるよ。小学生のとき、先生も親も号泣させてたじゃない。」

「それはそうだけど…。」

「そ、れ、に」

玲奈がニヤッとして言った。

「橘くん、王子役のオーディション受けるんでしょ?急接近するチャンスじゃん!」

「『演技でもいいから、君の恋人になりたいんだ…。』」

真綾が玲奈の前に跪き、宝塚の男役のような声と仕草で言った。様になってしまうのが、困ったところだ。

「これは確実に両想い!」

「そんなこと言ってないよ!」

私の声を無視して、玲奈が耳打ちするように真綾に言う。

「キスシーンとかあったりして。」

真綾がキャー!と言って玲奈に抱き着いた。

「やめてよ。」

私は少し顔を火照らせながら言う。

「見たい!うちの可愛い花蓮が爽やかイケメンとイチャイチャしているとこ、見たい!」

「きょうななカップルでも見てれば!?」

「えー、だってあそこ、可愛くなーい…。」

『なんですって?』とキレるななちゃんが目に浮かぶようだ。

「たとえ私がやる!って決めたって、皆が選んでくれるか分かんないし…。」

「でも挑戦してみる価値はある。そうでしょ?」

真綾と玲奈がキラキラした顔でこちらを見つめる。私は、はあ、と息を吐いた。

「まあ、ね。」

「じゃあ決まり!」

玲奈が拳を天井に突き上げて言った。

「うちの花蓮ちゃんが選ばれないわけないもんねー。」

真綾も満面の笑みで言う。

「オーディションのための練習、付き合ってよね。」

「「もっちろん!」」

二人が声を揃える。どっちに頼んでも完璧な王子を演じてくれそうだ。

「ありがと。」

私は弱々しく微笑んで言った。

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