カレン ~episode 7~
「今から文化祭の出し物のグループごとに活動してもらいたいと思います。この間皆さんに書いてもらった希望票をもとにグループ分けをしたので、その表を確信し、ダンスの人は相澤さん、理科実験の人は松岡さん、お化け屋敷の人は小宮さん、そして劇の人は私のところにそれぞれ集まってください。」
よく通る凛とした声で菫が言った。いつも人前で堂々と発言し皆をまとめ上げる菫は私の憧れだ。
回ってきたプリントにさっと目を通す。私は希望通りの劇だ。そしてどんどん視線を下にずらしていき、ある名前が目に入って私はドキッとした。『橘颯真』。へーえ、意外。理科実験にするって言ってなかったっけ?あ、でも実験は男子に人気だから、第二希望にずらされたのかも。一人で納得していると、『碓氷英治』という名前が目に飛び込んできた。うっそ、あなたもそうなの?彼こそ理科実験だろうと思ってたのに。愛莉も一緒に劇に申し込んだから、またいつものバトルが繰り広げられることになりそうだ。
碓氷の名前を見つけた愛莉がどんな表情をするだろうかと予想しながら菫の方に向かうと、気がついたら私は橘くんの隣に突っ立っていた。なんとも言えない複雑な心境で顔を上げると、愛莉がこちらに向かってきながらニヤニヤしていた。
絶対にわざとなんかじゃないんだからないんだから。たまたまぼんやり歩いてきたら、この人の隣になっちゃっただけなの。この次もこうするってわけじゃないんだから。私は心の中で必死に愛莉に弁解した。
「やあ」
少し高いところから声が聞こえて、私は一つ深呼吸をした後、顔を上げた。そんな私の顔を覗き込んで、橘くんがにっこり笑った。
「何の劇やりたいと思ってる?」
「うーん」
私はその顔を直視出来ず、うつむいて考えるふりをしながら言った。
「特にこれと言ったのはないけど、王道な物のほうが盛り上がりそうじゃない?」
「確かに」
橘くんが賛同した。ごめんなさい、そんな真面目に捉えないで。咄嗟に思いついたことを言っただけなの。
「それでは、演目を決めたいと思います。何かやりたいものがある人はいますか?」
皆集まったのを確認したのか菫が全体に向かって聞いた。
「若草物語は?」
愛菜ちゃんが少し手を挙げて言った。
「うーん、もう少し男性キャストが出てくるものの方がいいですね。男子が女装するって言うんでしたらまた話は別ですけど。」
「サウンド・オブ・ミュージックはどうかな?」
「絶対嫌だよ。あれはほぼほぼ歌だろ。」
百乃が嬉しそうに言った瞬間、鴻崎くんがばっさり切り捨てた。
「普通に美女と野獣とかはどう?皆知ってるからやりやすいだろうし、衣装作りにも気合入りそうだし。」
「でもそれ面白く出来るかな?」
りっちゃんが言うと、沢村くんが手を挙げた。
「僕演劇部の脚本よく書くから、コメディっぽくすることできると思うよ。」
皆がそれなら、と賛同するようにざわめき立った。
「投票をとりましょうか。『美女と野獣』でいいと思う人?」
全員の手が挙がった。菫が頷く。
「それでは、『美女と野獣』に演目を決定したいと思います。沢村くん、この後少し話し合いたいんだけど、時間ある?」
「もちろん」
それ以外の二人がぞろぞろと自分の席に戻っていく中、橘くんが私に耳打ちした。
「栗原さんの言っていた通りになったね。」
私は困ったように少し笑った。と、後ろから愛莉の声が聞こえた。
「かーれーんっ!」
そのまま抱き着いて来て、上目遣いで私を見つめながら言葉を続けた。
「もちろん、主役やるんでしょ?」
「え、栗原さんって役とかやるタイプなの?」
「橘知らないの?この子ほんとは―」
「あー!」
私は慌てて愛莉の言葉を遮り、無理やり橘くんから引きはがした。
少し離れたところから橘くんに向かって手を振る。
「またねー!」
「何よう。」
愛莉が不貞腐れたように言う。
「あたしはただ、花蓮が昔どれだけプリンセスに憧れていたかを言おうとしただけなのに。」
「それが問題なんじゃない!」
私は声を押し殺しながら言った。
「この陰キャの私のイメージから考えたら、おかしいでしょ!?それに主役なんて。『美女と野獣』だったら主役は歌とかもありそうだし…。」
「もしそうだったら尚更花蓮向きじゃない。」
愛莉が目をキラキラさせて言った。
「花蓮、カラオケで絶対音外さないし、それに花蓮の歌声ってすごく透き通ってるっていうか…。プリンセスにはぴったり!」
「皆はあなたの方を美女にぴったりだと思ってると思うけど。」
「あら、あたしは嫌よ。主役なんか。」
愛莉がさも当然、といった風に言った。
「面倒くさいもの。夏休みもどうせ、全部その準備で時間取られるんでしょ。お断りよ、そんなの。」
「愛莉…。」
「とにかく、あたしは奥の手を使ってもなんでも花蓮を主役にさせるんだから。それが劇の成功には欠かせないの!」
愛莉がびしっと私を指さした。私はやれやれと首を横に振る。まあ、愛莉一人がこんなことを言っていたって、全体がその方向に流れるはずはないんだから。
「なんとでも言ってなさいよ。」
私はため息をついて言った。
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