マヤ ~episode 7~
「つまりだな」
タッキーが教室をぐるりと見渡して言った。
「交感神経は骨髄の胸、腰の部分から出ている末梢神経系で、各器官や組織へと興奮が伝えられるんだ。ところでおまえら、『吊り橋効果』って知ってるか?」
「あ!」
七瀬がビシッと手を挙げる。
「異性とジェットコースターに乗ったりお化け屋敷に入ったりしてドキドキすると、それは隣にいる異性に対するドキドキなんじゃないかと錯覚して、好きになっちゃうやつですよね?」
「えっ!」
眠そうにコクコクしていたまーくんの顔がパッと輝き、猛烈な勢いで教科書をめくりだした。
「そんな効果あんのか!すっげえ!今度俺も―」
「まあ、その効果のことをあんたの『好きな人』が知ってたら騙せないけど。」
「あ、そっか…。」
七瀬の鋭い指摘にまーくんがしょんぼりと肩を落とした。
「片桐の言うとおりだ。」
そんなまーくんに気がついているんだかいないんだか、タッキーは大きく頷いた。
「と、いうことはだな、とにかく交感神経を活発化させりゃあいいんだ。逆に考えれば、交感神経が働いているときに起こる作用が起きるようにすればいいんだ。だからおまえら、告白するときは暗い店を選べ。なぜだか分かるか?」
「暗いと瞳孔が拡大されるからです。」
今度こそ七瀬に負けまいとうずうずしていた恭ちゃんが、空中に穴を空けそうな勢いで挙手した。
「その通りだ、梅澤。」
片方の眉をキッと上げて、これ以上ないほどのどや顔で七瀬の顔をのぞく。
「いちいちむかつく人ね。」
七瀬が言った。
「いや、それほどでも。」
恭ちゃんが照れたように手を横に振る。
「褒めてないわよ。」
「そして」
タッキーが続けた。
「酒を注文しろ。なんでだ?」
「アルコールは心臓の拍動を促進させるからです。」
「またもや正解だ、梅澤。」
「もういいわよその顔。」
恭ちゃんが満面のどや顔で振り返るよりも速く、七瀬がピシャリと言い放った。
「と、いうことでだ。おまえら、気になる奴が出来たら夕方にお洒落なパブに連れて行け。そこで酒を頼み、相手にも飲ませろ。あ、ろうそくなんかがともっている店ならもっといいかもな。なんでか分かるか?」
「炎は―」
「火は人を緊張させるから!火が危険だと理解しているため、油断できないから!」
恭ちゃんを遮って七瀬が早口言葉のようにまくし立てた。恭ちゃんが歯ぎしりして髪をかきあげ、七瀬が先程の恭ちゃんそっくりな表情で恭ちゃんの顔をのぞき込んだ。
「でも先生」
私は必死で笑いをこらえながら、疑問点を述べた。
「よくろうそくの火を見て心をリラックスさせる、みたいなこと聞く気がするんですけど。そしたら副交感神経が働いてしまわないんですか?」
「まあ、その通りだな。」
タッキーが小さく何度も頷きながら私をチョークで指さした。
「炎自体は人に緊張感を与えるが、ろうそくの炎が揺れるときのあの『ゆらぎ』は人をリラックスさせることが出来てしまう。あ!そんじゃあ分かった!」
タッキーが最高のイタズラを思いついたときの子供のような表情で口を開いた。
「ろうそくではなくたき火にしろ!それならゆらぎも何もあったもんじゃないだろ。ああ、俺は、天才なのかもしれない…。」
天に向かって舞台上の役者さながらに手を伸ばすタッキーに向かって、七瀬は眉をしかめた。
「あー、先生、つまりパブでたき火をしろと…?」
「そりゃあパートナーの交感神経も活発化するだろうよ。いつ自分も『放火の共犯なのでは』と疑いをかけられるか、心配してないといけなくなるからな。」
謙人がタッキーを見上げて眉をしかめた。
「あ、そっか…。」
「それに先生、私達まだ未成年です。お酒飲めません。」
「あ、忘れてた。じゃあとりあえず、四年後まで取っとけ!」
ガハハ、とタッキーが笑った。
「ちなみに先生はその方法で成功したことあるんですか?」
私が控えめに尋ねると、聞いてやんなよ、と言う表情で恭ちゃんが私を振り返った。
「ん、俺はだな、異性が俺と二人で飲みに行ってくれたことがないから、分からん!」
「そこ、ドやるとこじゃないでしょ。」
七瀬がタッキーの表情を見て言った。
「まあきっとあれだな。」
七瀬の声が聞こえていなかったタッキーはドヤ顔のまま続けた。
「俺みたいなイケメンの隣で酒を飲むとか、気が引けてしまうんだろ。ドキドキしすぎて、心臓がもたないだろうからな!」
そしてまたもや盛大に、ガハハ、と笑う。
「人生楽しいだろうな、タッキーみたいな性格だと。」
しみじみと私は言った。
「まあ、だろうな。だがタッキーになりたい、とは決して思わない。」
謙人が興味深そうな目で、満足そうに笑っているタッキーを観察しながら私に同感した。
「ねえねえところでさ、結局好きな人おとす方法あるの?ないの?」
そわそわしながら聞くまーくんに向かって、七瀬が呆れ顔で答えた。
「結局はね、その人自身に魅力があるかどうかが問題なのよ。」
「えー」
「あのー」
今まで黙ってノートを取っていた紗月が、困惑した表情で後ろを振り返りながら言った。
「誰かこれ、なんの授業なのか分かったら教えてくれる?」
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