レナ ~episode 6~

 「「お邪魔します。」」

麗華と一樹くんが家の玄関先で言った。

「いらっしゃい。さ、上がって上がって。」

「なんであんたが言ってんのよ。」

私はぴしゃりと亮に言う。

「いらっしゃい!」

花蓮がリビングからひょっこり顔を出して言った。真綾は私の亮以外の友達にすごく会いたがっていたけど、部活があって家に残れなかった。花蓮にどんな子だったか、しっかり見ておくよう口うるさく言って、渋々部活に向かった。

「良かったらこれ、皆さんで召し上がってください。」

麗華が紙袋を差し出す。

「ありがとうございます。」

花蓮が受け取って、目を大きく見開いた。

「これ、めっちゃ高いヤツじゃん…!」

そう言って、はっと口を押える。

「ごめんなさいね、こんなことご本人の前で言うべきじゃ…。」

「如月さん、お嬢様だもんね。」

一樹くんが花蓮を守るように言った。

「そうなの?」

私と亮が振り返る。

「んー、そうかもー。」

麗華がいつも通り、ふんわりと答える。

「じゃあなんでうちの中高一貫来たの?お嬢様学校とか通えたでしょうに…。」

私が言うと、麗華が首を傾げた。

「だって、家が目の前なんだもん。」

「うちの学校の目の前にある家って―」

皆が一斉に同じ家を思い浮かべる。

「「あの豪邸!?」」

「うーん、豪邸ってほどではないかもだけど、大きい方かも。でも、おばあ様の家の方が大きいのよ。」

「え、そんなことある!?」

亮が聞くと、麗華が頷いた。

「うん。うちの会社の、おじい様が会長だから。」

「か、会長…。」

「そんな単語、聞くことなかったわ…。」

「俺とは住む世界が違うな。」

亮が肩をすくめて言った。

「住む世界が、違う…?」

麗華が私の隣で呟いた。

「それはそうと、上がって!勉強しなくちゃ。」

花蓮が言って手招きをする。そうだ、今日は期末試験に向けての勉強会をする予定だった。


 私たちが席に着くと、花蓮がお茶とお菓子を出して二階の自分の部屋に上がって行った。

「とりあえず、数学からやる?」

私が言うと、三人が頷く。

「あ、この問題教えてほしいんだけど…。」

一樹くんがこちらに身を乗り出して言った。私は立ち上がる。

「分かった。亮、私と席換わってくれる?」

私が一樹くんの隣に座る亮に言うと、亮は口を開いて何かを言いかけ、それから大人しく立ち上がった。

「ありがとう。」

そう言って私は一樹くんの隣に座る。一樹くんの教科書にあるグラフを使って説明していると、亮が挙手した。

「先生、玲奈先生!」

「なによ。」

私は教科書から顔を上げて亮を見る。

「好きな子見ながら宿題やっていいすか。」

「勝手にすれば。」

顔を戻すと、一樹くんと目が合った。何とも言えない表情をしている。私は肩をすくめてなんでもない風を装ったけど、内心は少しイライラしていた。あの笹島さんの写真でも見て問題を解くってこと?そしたら気合が入るわけ?

「で、ここがこうなるから―」

「今日のルールの中に、答え写しちゃいけないっていうのなかった?」

麗華が怪訝な顔をして言った。

「あるよ。写したって全然力はつかないもの。」

「ここに思いっきり写してる人いるけど。」

私と一樹くんが横に視線をずらすと、亮が解答を堂々と広げて覗き込んでいる。

「亮!あんた、何やってんの?」

「玲奈が良いって言ったんじゃん!好きな子見て良いって!」

亮が頬を膨らませて言った。

「好きな子ってあんた、それ解答じゃない…。」

「そ、そういうことだったの…!?」

私があきれ果てたように言うと、麗華が目を真ん丸に見開いて言った。

「兼城くんモテるのに彼女いたことないの、人間に恋出来ないからだったんだ…。」

プッー、と一樹くんが飲んでいたお茶を吹き出した。

「はぁ?なわけ―」

「ええっ、そうだったの兼城くん!」

一樹くんが楽しそうにわざと驚いた顔をして言う。

「言っちゃおー、皆に言っちゃおー。兼城亮は紙に恋する変態です、って。」

「鳴海、おまえ―」

「変態とその友達!」

亮が立ち上がりかけたので私は吠えた。

「真面目にやる気あるの?ないんなら帰って頂戴!」

二人が少ししゅんとして座り直した。私は咳ばらいをして指導を再開する。

「えーっと、どこまで話したっけ…」


 「二人の通ってた小学校ってどの辺にあるの?」

二時間ほど真面目に勉強して、おやつタイムになると一樹くんが聞いた。

「どの辺だっけ?」

亮が首を傾げる。

「確か家から見て北の方角だった気がする。」

私が言うと、亮が窓を見た。

「北か」

窓の外を指さして何かを思い出すように頭を捻った。

「朝は(太陽が)こっちだから―」

「すごい!」

私たちが振り返ると、麗華が亮を見つめて真顔で拍手をしている。

「えーと」

亮が困ったように私を見て言う。

「俺は太陽が東から昇るということもしらない阿保だと思われていて、もしかして今バカにされてるのかな?」

私がふき出すと、麗華が真顔のまま亮を見つめて言った。

「さっき俺とは住む世界が違うって言ってたけど、そういうことだったのね。」

「え…?」

亮が予想外の言葉に困惑した表情を浮かべる。

「なにを―?」

「だって私の住む世界では、朝でも夜でも北の位置は変わらないもの。」

一瞬の沈黙が訪れる。

「「え…?」」

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