カレン ~episode 4~

 「碓氷、なんか問題出して。」

愛莉が碓氷に向かって言う。碓氷がこれを聞いて眼鏡を押し上げた。

 私たちは今、学校の自習スペースに来ている。中間テストまであと二週間ということで、私、愛莉、碓氷、菫、それからなぜか、橘くんを含めたこの謎の五人で勉強会を行っているのだ。橘くんのことは決して私が誘ったんじゃない。菫と自習室に向かってみるとそこに橘くんが少し居心地悪そうに座っていたのだ。変に気を利かせた愛莉が図書館で勉強している橘くんを、大人数で勉強した方が分からないことも教えあえる、ということで連れて来たらしい。碓氷がいればどんな問題だって教えてくれそうだけど、と正直私は思う。

「分かった。」

碓氷が頷いてもったいぶった調子で言った。

「まず、現代文からいく。第一問。芥川龍之介らが代表である文芸思潮とは?」

「新現実主義。」

菫がすぐさま答える。

「早すぎよ!これくらいだったらあたしだって分かったのに。」

愛莉が不貞腐れたように言った。

「では、第二問。白樺派の主な同人を三人あげよ。」

「志賀直哉。」

「武者小路実篤!」

「有島武郎?」

橘くん、愛莉、そして私が順々に答える。菫と碓氷が正解、という風に頷いた。

「第三問。夏目漱石宅で若手文学者が集まり様々な議論を行った会合のことをなんと呼ぶか。」

「えっ…」

「そんなの…」

「やったっけ…?」

先程と同じ三人が恐る恐る顔を見合わせて言った。大丈夫、橘くんも分かんないなら、授業ではやってないはず―

「木曜会でしょ?でも授業ではやってないから安心して。出ないわよ。」

菫が肩をすくめて言った。碓氷が頷く。愛莉が眉間にしわを寄せて碓氷と菫を交互に見た。

「なんで当然のように知ってんのよ…?」

「んー、だって」

二人が顔を見合わせる。

「「常識だから?」」

「ムカつく人達ね…。」

愛莉が言う。私は少しハラハラした。碓氷や私たちはともかく、橘くんがいるってことを愛莉は忘れてるんじゃないだろうか。素が出かかっている気がする。

「碓氷と吉村、同じクラスだよね?B組平均点上がりそう…。」

肝心の橘くんは愛莉の異変に気が付いていないらしく、苦笑いしながら言った。意外と鈍感なのかな、と私は胸をなでおろす。

「いえ、それほどでも。」

キラーン、という効果音が聞こえそうな感じで、碓氷がまたもや眼鏡を押し上げる。

「あっ、そういえば、斎藤茂吉って何派だっけ?アララギ?明星?」

愛莉がノートをめくりながら尋ねる。

「そういう問題が出たら、全部アララギって書いておけば、どれかは当たるさ。」

碓氷がドヤ顔で言った。

「えっ、碓氷、それこそちゃんと教えてあげるべきよ。絶対テストに出るから。」

菫が慌てたように言う。

「ああ、真面目に答えるべきだったのか?僕はてっきり面白い返事をすべきなのかと。」

「そんなわけないでしょ!?それに第一面白くもないわよ!」

愛莉がキレた。

「いや、だって誰もここまで初歩的な問題を聞かれるとは思わないじゃないか。」

「あ?」

「愛莉!ほら、次は世界史にしない?私良い問題思いついたの。」

私は慌てて愛莉をなだめる。橘くんをちらっと見たけど、面白そうに笑っていた。どういうことなんだろう、と私は少し疑問に思った。碓氷はあまりにも愛莉のあざとテクが効かないから愛莉がアホらしくなって猫かぶるのをやめちゃったのは理解できるんだけど、橘くんはぶりっ子を冷ややかな目で見るタイプではなさそうだ。愛莉は気になっている男子じゃなくても愛嬌を振りまくのを忘れないのに、なんだって橘くんの前ではこんなに素を出してるんだろう。

 まあ、面白いからいっか。私は考えるのをやめた。二人は相変わらずな調子で言い合いを続ける。

「こっちはこっちで勉強しましょ。」

菫が呆れたように言った。勉強に戻る前に橘くんをちらっと見ると、たまたま目があった。橘くんが私に微笑みかける。私はドキッとするのを感じた。顔が赤らむのがバレないように、私は慌てて教科書に覆いかぶさった。

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