マヤ ~episode 4~

 「おまえに聞きたいことがある。」

タッキーが眉間にしわを寄せて、私の前に立ちはだかった。

「はい、なんですか。」

私は難しい顔をしたタッキーを見上げた。クラスの子はタッキーのことを怖い、と言う。でも私はそうは思わない。同じクラスの子が見たら卒倒しちゃいそうな状況だけど、私は平気だった。実際のところ、隣に立つまーくんは大あくびをしたところだし、反対隣の凛くんはなぜかムーンウォークの練習をしながら、次は我らが顧問は何を言い出すのか、耳だけこちらに傾けていた。

「栗原、おまえ…。」

「はい。」

タッキーがひとつ大きく息を吸い、眉間のしわが一段と深まった。

「なんで女なんだ?」

「奇遇ですね。私も丁度今、そう思っていたところです。」

タッキーが大きくため息をついた。

「人数合わせに連れてきただけだからなぁ。今日は男子の練習試合だしなぁ。だから選手交代でおまえをトップチームに入れたいけどなぁ。おまえは明日の女子の練習試合にも出られるからなぁ。他の奴らにチャンスを与えた方がいいんだろうけどなぁ。おまえ出たら絶対勝てるんだよなぁ…。」

「先生。」

まーくんがぶつぶつ言うタッキーに向かって挙手した。

「俺も真綾と今日の的中数一緒なんですけど。」

「よし、栗原、おまえの的中、一立目のから順に言ってみろ。」

「えっーと確か、順番に三、三、四、三、四の合計十七中です。」

「村上、おまえは。」

「四、四、四、四、一の合計十七中です。」

「そうだ!」

タッキーがびしっとまーくんを指さした。

「その『一』のせいでおまえらのチームはうちのトップチームに負けたんだろう!」

「まあ、そうなんですけど…。」

まーくんがうなだれた。

「準決勝だ!しかも先輩に勝てるかもしれない!と思ったら緊張しちゃって…。」

「それじゃ駄目なんだよ。少しの気持ちの変化でブレるようじゃあな。緊張をどれだけ上手くコントロールできるかも、弓道の上達には必要不可欠な要素なんだよ。」

「はい…。」

タッキーがバシッとまーくんの肩を叩いた。そしてまた難しい顔で、まだムーンウォークの練習を続けている凛くんを振り返った。

「それでおまえは、何をしている。」

「えっ、あ、僕ですか?えっと、ムーンウォークです。」

凛くんは三人の顔を順々に見て、気をつけの姿勢になった。

「いやぁ、やっぱ先輩の間に挟まれて引くのっていいですね。安心感がすごいっていうか。真綾先輩絶対初矢中ててくれるし、僕が外しても村上先輩が止めてくれるし。なんかめっちゃリラックスして引けました。」

「おまえはもうちょっと緊張しろ!それじゃあ練習試合の意味がないだろう?」

「はい、すみません。」

凛くんが大人しく言って、タッキーがため息をついた後、私に向き直った。

「とりあえず今日はこのままメンバー変えずにいく。おまえは、明日もあるからな。」

「はい。」

「多分この後射込みの時間あるから、引きたいやつは片づけずに待ってろよ。それと、決勝トーナメントの見学は自由だとさ。」

「分かりました。」

「「ありがとうございます。」」

三人で口をそろえて言い礼をしたのを見て、タッキーがトップチームの先輩たちの方へ歩き去って行った。

「はやく置いてこなきゃ。」

私は弓を手に持って言った。

「決勝始まっちゃう。」

「そうだな。」

まーくんも言った。

「真綾はこの後どうする?練習すんの?」

「うん。」

「まあ、聞くまでもないことだったな。」

まーくんが笑った。

「その体力はいつも一体どこから来るのかと聞きたい。」

「好きなだけよ。」

私は言って、凛くんを振り返った。

「凛くんはどうする?」

「真綾先輩残るなら僕も残ります!」

「だろうな。」

まーくんが言った。

「よし、真綾、勝負するぞ。俺は真綾に負けた、みたいな感じになっているのが納得いかない。」

(「実際負けたんでしょ。」と凛くんが小声で言って、「うるさいぞ。」とまーくんが言った。)

「だから、一本競射で勝負だ。」

「いいよ。」

私は頷いた。練習になりそうなことはなんでもやっておいた方がいい。それになぜだか、今日は勝てそうな気がした。


 結局先輩たちが勝って(競射が何本か続いた後の結果だった)、時間が押しているということで自主練習が十五分だけ設けられた。

「これ、時間内に決着つきますかね?」

二人が三連中して、四本目を持って並ぶ後ろに引っ付いて来て凛くんが言った。

「無理そうなら、最後の一本で遠近競射だろ。」

まーくんがそう言った瞬間、進行係の先生が声を張り上げた。

「持ち矢で終了します!」

「よし、俺から引く。」

これを聞いてまーくんが意気揚々と的前に入った。

「どうぞ。」

「あ、先生。」

凛くんが近づいてきたタッキーに気が付いて言った。

「今先輩二人で遠近やってるんです。」

ご丁寧にも凛くんが説明してくれた。これでは余計プレッシャーがかかるというものだ。

「ほう。」

タッキーの瞳がキラリと光る。

「それは面白い。」

まーくんの表情が引き締まった。緊張している割には落ち着いた様子でいつも通り引き分けてきて、綺麗に離す。

『パンッ』

気持ちの良い音がした。

「一黒だな。」

「ですね。」

まーくんがあからさまにほっとしたような表情になる。かわって私は気を引き締め、射位に進んだ。先程からの謎の自信はまだ続いていて、私は自分でも驚くほど落ち着いて引き分けた。そして、離れ―

『パンッ』

「ぶはっ。」

凛くんが思わず吹き出す。

タッキーも、悠々と私を見つめていたらしいまーくんを振り返って鼻で笑った。ただそのまーくんは、口角を上げたまま引き攣っている。

「一白ですねぇ。」

凛くんがにやにやして言った。

「いや、流石っす。」

「言っただろう。少なくとも今日は、栗原の方が上だって。」

タッキーも言った。

「え…。」

放心状態だったまーくんは、私と目が合うとハッとなった。

「え、だって、え!?俺あれ絶対勝ったと思うやん!?それなのに…、えっ!?」

私は淡々と武道の心を忘れず対戦者に敬意を表し、綺麗にお辞儀した。

「ありがとうございました。」

「は!?何その余裕な感じ!?めっちゃムカつくんですけど!?」

私もついにぷっと吹き出した。

「いやー、私もまさか一白に中るとは思わなかった。やっぱり日頃の努力のお陰ね。」

「俺だって努力してるんですけど!?」

「村上くん、その程度じゃあ、足りないってことだよ。」

タッキーがまーくんの肩をぽんぽんと叩き、反対側の肩を凛くんがしみじみとした表情で頷きながら同じように叩いた。

「くっそぉー!」

まーくんの叫び声が、夕焼け色の道場に静かにこだました。

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