カレン ~episode 2~

 私は可愛くない。このことには結構幼いころから気が付いていた。そう思った一番古い記憶は私が五歳の頃で、何故か保育園のスロープに取り付けられていた鏡を通り過ぎる度、『私がこんなに不細工なはずがない。ほんとはどこかの国のお姫様で、だけど命を狙われているから、こんな顔にされているんだ』と思っていた。結局私の顔は今も変わらず可愛くないし、自分が純日本人であることも完全に自覚している。今更どこやらの国から使者が現れて、『姫様、国にお戻りください』って言われたって困ってしまうし。

 私は小さい頃から本を読むのが好きだった。だからこそ、あんな意味の分からない想像をしていたんだと思うけど。物語の主人公は皆素敵な恋をする。そういうのに憧れていた。でもこんな平凡な私のことを誰が選ぶ?そう思った私は『良い人』になる努力を始めた。困っている人がいたら手を貸そう。ミヒャエル・エンデのモモみたいに聞き上手な人になろう。優等生になろう。いつでも相手の気持ちを考えて行動しよう―。そして分かったのが、こんなことしたって気づく男の子なんかいないってことだ。モテるのは可愛い女の子とか、甘え上手な子ばかり。ちなみに真綾も玲奈も美形だと思うけど、あの二人には愛嬌ってもんがないし、玲奈は綺麗すぎて近寄りがたい、真綾は何なら男子よりもイケメンだ。だから残念ながら、三姉妹全員モテないというわけ。

 確かにモテることには失敗したけど、良いこともあった。皆の信頼を得られるようになったのだ。悩み事とか相談したいこととかがあったら皆私のところに来てくれる。あまり話したことがないような子もそういうときだけ来てくれたりするから、ちょっと誇らしい気分になったりする。人助けしたときに褒められたり感謝されたりすると私も幸せになれる。だから本来の目的は達成できないことが分かった今でも『良い人』は続けている。小さい頃からやっていたから、もうそれが当たり前になっちゃったみたいなところもあるけど。

 あの日もそうだった。視聴覚室の扉は押さえてないと閉まっちゃうから、私は四時間目が終わると咄嗟に走って行った。皆扉を押さえる私の方は見向きもせずに目の前を通り過ぎて行く。同じくそんな私に気づかず廊下に出た愛莉と菫が私を待っているのが見えた。どんどん人は流れていく。これは結構時間がかかりそうだなと思った私は、二人に『先に行ってて』と言おうと口を開いた。と、そのとき、後ろから声が聞こえた。

「代わりますよ。」

振り返るとスポーツ少年、といった感じの男の子がこちらを見ていた。

「え?」

「扉、押さえるの。」

話しかけられたことに驚いて一瞬何を言われているのか分からなかった。

「あ、ああ、これですね。でも大丈夫ですよ。私案外力あるので。」

「じゃあ僕は非力に見える?」

全くそんなことはなかった。肩幅も結構しっかりしているし、肌は健康的に日焼けしていてそんじゃそこらの男の子の倍ぐらい力がありそうに見えた。

「そんなことないですけど...。」

「それなら代わります。自慢じゃないけど栗原さんより力持ちな自身はありますよ。」

私は迷った。こういう場合はどうするのが正解?こんなのは初めてだった。と、そのとき、愛莉の言葉を思い出した。男子は女子に頼られた方が嬉しいのよ―

「お願いしても、いいですか...?」

私がおずおずと顔を上げると、スポーツ少年がぱあっと笑った。お花が咲いたみたいな笑顔。80年代に流行ったジョン・ヒューズ監督の映画、『プリティ・イン・ピンク』に出てくるブレーンみたいな。

「任せてください!」

胸を張る彼を見て私は少し笑った。扉を押さえない私が隣にいても邪魔なだけなので退散することにした。ぺこりとお辞儀をすると、ブレーンくんは手を振った。

「ごめんね、全然気づかなくって。花蓮はいつもああいうの気づいて率先してやって偉いよね。」

二人に追いつくと菫が申し訳なさそうに言った。

「ありがとう。」

「ねえねえ、それより花蓮って橘といつ仲良くなったの?」

そんなことはどうでも良い、といった感じで愛莉が興味深々な表情で言った。

「橘?」

私はきょとん、とした。

「ほら、今花蓮が話してた人。」

愛莉が扉の方を顎でしゃくった。

「え、あの人もしかして同級生!?」

私はびっくり仰天した。すごく落ち着いた感じの人だったからてっきり上級生かと思っていた。

「そうだよ!野球部エースの橘颯真!まさか花蓮、今まで知らなかったの...?」

「全然知らなかった...。私が扉押さえてたらね、代わりますよって言ってくれたの。良い人ね。」

「それを言うなら元々押さえてあげてた花蓮の方が良い人だと思うけどね。」

菫が肩をすくめた。

「お似合いじゃない。」

愛莉がにやにやを隠せない様子で言った。

「性格最強爽やかカップル!」

「あんたはすぐそういうのにしたがるんだから。」

やれやれといった感じで菫が言う。

「でも確かに、橘ならうちの花蓮のお相手として文句はない。」

「ちょっと、ブレ...―、橘くんに失礼でしょ。」

「「ブレ?」」

「何でもない...。」

うっかりブレーンくんと呼んでしまいそうだった。へぇ、同級生なんだ、へぇ...。まあでも今後関わることはないだろう。私は地味でなんの特徴もない女の子。片や彼は部のエースで誰もが認める好青年。クラスも違うから何の接点もない。

 だから、お似合いと言われて少しドキッとしてしまったことは、自分の胸の中だけに秘めておくことにした。

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