マヤ ~episode 2~
「絶対ショートの方がいい。」
私の短くした髪型を見るなり七瀬は言った。
「予想してた何百倍も似合ってるもの。」
「切るのは勇気が必要だったけど、今は勇気を出せてよかったと思ってる。」
私は笑いながら答えた。片桐七瀬は小学生の頃からの親友で、家がご近所だ。すっきりとした顔立ちの彼女は玲奈とまた種類の違う美人で、私が物心ついた時からずっと綺麗だ。
「あともう一つ、自信をもって言えることがある。」
「なに?」
完璧な形をした眉をしかめながら言う七瀬に私は聞いた。
「あいつ、絶対叫ぶよ。」
「あー…。」
私は隣で苦笑した。
「かもね…。」
「かも、じゃない、絶対発狂するに決まって―」
「えー!?」
後ろから大きな声が聞こえて、七瀬が「ほーらね」と言った。
「髪切ったの!?」
「声でかすぎんだよ。」
振り返ると、大きな目を輝かせている青年と、その隣で呆れ顔をしている青年が立っていた。
「え、どうして?なんでこんなに突然!?」
興味津々な顔で聞いてくる。だから私はわざと悲しそうな表情を作った。
「聞かないで…。」
言いながら、目を伏せる。
「女子が突然バッサリ髪を切ると言ったら、あれしかないでしょう…?」
「えっ、あ、まじ…?」
大きな目の青年の勢いが消えて、失敗した、という表情に変わった。
「もしかして、失恋…?」
「…うん。」
「そっか…。ごめん、変なこと聞いちゃって―って、」
青年が私の頭を軽くチョップした。
「勝手に失恋すんなし!」
「ひどい!自分で私のことふっておいて!」
「え!?ま、まさか、俺って二重人格!?記憶に、ない…。」
「もう、知らない!中条君のことなんて…。」
「待って、真綾、話し合おう…!」
「いつまでその茶番続けるつもり?」
ついに七瀬が言った。
「お前ら二人ともバカだろ。」
「「君にだけは言われたくない。」」
見事にはもった。
「今まで反発しあってた奴らが声を揃えて言うな。」
もう一人の青年が私達二人を睨みつけて言った。明るい茶色の髪をセンターパートで固めている、チャラそうな容姿の青年は名を梅澤恭平といい、七瀬の彼氏だ。私は恭ちゃんと呼んでいる。スタイルがめちゃくちゃいい二人が歩いていると、芸能人カップルかと疑ってしまうほどだ。
「で、ほんとはなんで髪切ったの?」
無邪気な顔で聞くもう一人の青年は名を中条謙人といい、恭ちゃんの親友だ。私と謙人が仲良くなったのは中学三年生の頃のこと。七瀬と付き合い始めた恭ちゃんと仲良くするうちに謙人とも仲良くなり、自分が初恋をしていることに気づいて…といった感じ。そう、だからつまり、こんな私にも付き合って一年以上経ってる彼氏がいて、それがこの屈託のない笑顔で笑う青年なのだ。
「んー、だって邪魔だったんだもの。短いとね、すぐ乾くし、頭軽いし、本当に楽!」
「おー、そんなロマンの欠片もない理由だったのか。」
「ええ、ええ、悪うござんしたね、こんな夢がなく可愛げのない、ボーイッシュな女の子で。」
「あーあ、真綾ちゃん、拗ねちゃった。そんなことしてるから、子どもっぽいって言われるんだよ。」
「誰よ!こんな意地悪な男に『王子』なんてあだ名付けたの!?」
「えーっと、確かD組の―」
「そこ真面目に答えるとこじゃない。」
首をひねって考え込み始めた七瀬に向かって恭ちゃんが言った。
「ちょおっと待ったー!」
謙人が慌てた様子で割り込んできた。
「なに。」
「なんで、なんで真綾が俺のあだ名のこと知ってんだよ!?」
「え、だって」
七瀬と恭ちゃんが顔を見合わせた。
「「教えたから。」」
「おい!」
謙人が頬を薄いピンク色に染めて二人を睨みつけた。
「恥ずかしいから真綾だけには言うなとあれほど言ったのに…!」
「あれ、そうだったっけ?」
「こんな面白い事教えてやらないなんて、栗原が可哀そうだろ。」
「俺は可哀そうじゃないのかよ!?」
「全然。」
「だって悪口じゃないし。むしろ誉め言葉だし?」
二人がもう一度顔を見合わせて、ねえ?という風に肩をすくめた。
「あのなあ…」
言いかけた謙人を遮って七瀬が口を開いた。
「まあでも、毎日可愛い可愛い言われてる真綾には、王子って呼ばれるくらいの男子じゃないと釣り合わないでしょ。」
七瀬が面白そうに言った。
「全くもってそんなことないんですけど…?」
私は驚いて言った。
「え、だってこないだだって真綾が歩いて来るのが見えたとたん『あ、女神来た!』って男子が叫んでたじゃない。」
「あ、えっと、それはですね…。」
「いいねえ、王子と女神か。禁断の恋って感じだな。」
恭ちゃんもにやにやして言った。
「でも、そういう七瀬だって小学生のとき、『天使』って言われてたじゃん!」
私も負けじと言う。
「それは今関係ないでしょ。」
「え、まじ?」
恭ちゃんが言った。
「この人、どっちかっていうと小悪魔だろ。」
「失礼ね、世俗の人間は黙ってなさい!」
「それで結構。モデルかと思った、って言われるほうが俺にとっては誉め言葉だからな。」
「ちょおっと待ったー!」
またもや謙人が割り込んできた。
「なに。」
「それ、ほんと…?」
「あんたも失礼ね。私だって黙ってれば、見た目は悪くないの。」
「いや、君はどうでもよくてですね」
謙人が言った。
「なんですって。」
七瀬が鋭い視線を旺志に投げかけた。
「やっぱり小悪魔の小の字、いらないかもな。」
恭ちゃんが言った。
「あの、真綾が可愛いって言われてるって話。」
「ちょっと、それが彼氏が彼女を前にして言う言葉?世界中の人が君を不細工だと言おうとも、僕にとって君は美しいよ、くらいでいてくれなくちゃ!」
「え、なにそれおもろ。」
恭ちゃんが妙にツボってしまって、爆笑し始めた。
「そんな熱い男おるん?」
「女子はやっぱりねえ?好きな人にくらい、可愛いって言われたいものよね?」
七瀬が私サイドに立って言った。
「ってか逆にさ、彼女のこと可愛いと思わないんだったら、わざわざその子と付き合う理由ってなに。」
「え、それは…見てて面白いから。」
「あきないよなー、こいつら。次何しでかすかと思ったら。」
「「ちょっと!」」
「いつもそういう風に私のこと見てたわけ!?」
「怒んなって。七瀬ちゃん、お顔が怖いですよー。」
恭ちゃんが七瀬の頭を撫でて、彼女の艶やかなストレートヘアがぐしゃぐしゃになった。
「もう、しらない!」
七瀬が恭ちゃんの腕を払いのけると、私の腕をしっかりと掴んだ。
「今日はデートにしましょ。」
「そうね、それが良いようだわ。」
私もつん、と顔を背けて言った。
「どうする、恭平。お嬢の機嫌を直すためにはちと時間がかかりそうだぞ。」
「困ったな。今日はもう映画の予約取ってあるっていうのに。」
「お嬢、許してくださいよ―って、そういうことじゃなくて!」
謙人がふき出した後、慌てて真顔に戻って言った。
「そんな風に、なんていうか…真綾に直接言ってる人がいるの?可愛いって?」
「うん。少なくとも私は一人言ってるの見た。」
「あー、それは凛くんだと思う。」
私が苦笑いで答えた。
「それはってことは他にもいるんだ?」
恭ちゃんが鋭く突っ込んだ。
「あ、うん、まあ…。そういう調子いい奴は、他にも何人か…。」
「へーえ。」
「弓道部には真綾の崇拝者が大量発生してるから。」
「まあでも仕方ないよな。」
恭ちゃんが肩をすくめて言った。
「栗原、弓道上手いし、かっこいいし、優しいし。後輩はそりゃ憧れるだろ。」
「髪切ってイケメン度合いに拍車がかかったしね。」
隣で七瀬も頷きながら言った。
「あなたたち二人に言われても説得力ないんだけど…。」
私は困ってはにかみながら言った。確かに今の私は弓道が上手い。大会では必ず賞を取って帰ってくるし、射形も綺麗だと評判だ。でも私があれだけよいしょされているのは、ただ憧れられているからではない。彼らはただ面白がっているのだ。
「それ言ってるのって、後輩だけ、なんだよね?」
謙人がなんでもなさそうに聞いた。
「えーと」
私は少し顔をしかめながら言った。
「まーくんを除けば、主に言ってるのは全員後輩だね。」
「あいつは昔から真綾至上主義だった。」
七瀬が呆れたように言った。
「俺前から気になってるんだけどさ」
恭ちゃんが面白そうな顔で言った。
「村上が栗原のこと好きって可能性はないん?」
「それ、ずっと私も言ってるのよ。」
七瀬が目を輝かせて恭ちゃんを振り返った。
「やっぱりそう思うわよね?だってあの人、いっつも真綾の後追いかけまわして―」
「ちがーう!」
私はまーくんの名誉のために叫んだ。色んな人がそういうけど、私とまーくんは本当に仲が良いだけだ。
「それは絶対にないの!あのね、弓道部の皆が私のこと褒めまくるのは、ただ私の反応見て面白がってるだけなの!もうなんていうか、定番コントみたいな!?」
「なんとでも言ってなさいよ。」
七瀬がにやにやしながら言った。
「中条のときもそうだったけど、真綾は鈍感だから。」
これを聞いて私は頬を赤らめた。付き合ってからもう一年たつけど、私はまだ彼氏彼女という距離感に慣れない。手を繋いだだけでも赤くなってしまうのだ。
「もうこの話やめよ!ほら、はやく映画館行かなきゃポップコーン買う時間なくなっちゃう。」
私は無理やり話題を変えようと、七瀬の袖を引っ張った。
「確かにそうね。Mサイズを二つ買って、二人で分けるので良い?」
七瀬はあっさりと引き下がった。
「したら俺と七瀬で一つ、謙人と栗原で一つだな。お前らキャラメルだろ?」
「うん。それで良いよね、謙人?」
私が顔を覗き込むと、謙人は少しはっとして、それから頷いた。
「具合悪いの…?」
「え?いや、ちょっとぼーっとしてただけ。」
私が聞くと、謙人がいつもの笑顔で答えた。
「いやー、にしても『スター・ウォーズ』の最新作か。楽しみすぎる!しかも俺、今回の監督めっちゃ好きなんだよね。」
いきいきとした表情で語る謙人を見て、私はほっとした。謙人のテンションが低かったように思ったのは、気のせいだということにしておいた。
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