レナ ~episode 1~
「笹島って、可愛くね?」
あいつがそう言い出したのは、今日、5月21日7時12分48秒、雨の日のことだった。話がある、というから、せっかく真綾と花蓮と一緒に登校するのを諦めて待っていてあげたのに、こんなくだらないことだったとは。
私は完全スルーを決めつけると、ワイヤレスイヤホンをリュックの中から探し当て、耳にさそうと―
「ちょっと待ったー!」
私の手からイヤホンを取り上げると、亮はわざとふてくされたような顔でのぞき込んだ。
「せっかく俺が勇気を振り絞って愛の告白をしてるっていうのに、完全無視ってひどくね?」
はあ、と私は大きなため息をつく。
「そういうことは本人に言いなさいよ、私じゃなくて。」
亮の手の中からイヤホンをひったくり返すと、一瞬ためらった後、もう一度ため息をついてイヤホンを充電器の中に戻し、リュックにしまった。
「それにね、これで何人目よ、あんたが好きになったのって。」
「さあ、どうだろ。数えてないから分からんなぁ。」
綺麗にセットされたこげ茶色の髪をさらりと流しながら、亮がどうでも良さそうに答えた。
これでちょうど、20人目よ。
私は心の中で言った。
「まあだってさ、仕方なくね?みんな可愛いやん。」
「知らないわよ。」
7時23分発の電車に乗りたい、と思った私は歩くスピードを少し速めた。
「それにね、あんたが誰を好きになろうと、私には関係のないことでしょ。」
「それはそうなんだけどさぁ、こういうのって誰かに話したいじゃん?で、真っ先に頭に浮かぶのが、親友の玲奈ってわけなんっすよ。」
「あっそ。」
もしかしたら19分発のに乗れるかもしれない、と思って、私はますますせわしく足を動かし始めた。自分の靴の裏からはねた水滴が靴下について、じわっと広がった。
「今日はやけに急ぐなぁ。余裕なんに。」
こっちは競歩の選手並みに一生懸命なのに、私のよりも大きい傘を軽々とさして、悠々と長い足でついてくる亮にむかついた。
「英語の小テストの勉強するのを忘れてたの。」
うそ。完璧主義の私が、そんなことするはずがない。
「え、なんて?よく聞こえんかったわ、横通る車がうるさくて。」
腰を少しかがめて、顔を私に近づけた。むかつく。入学当初は私のほうがずっと背が高かったのに。今だって172センチメートルだから女子の中では随分高い方なのに、いつの間にやらあっちは飄々と180センチメートルを超えてしまった。
「なんでも!」
どうせ、私の話なんてろくに聞いちゃいないんだ。他の女子が言ったことは、本当に細かいことまで覚えているくせに、どうせ、あと二週間で一緒に観に行くと約束した映画の公開日がくるという事実は、綺麗さっぱり忘れてしまっているに違いない。
むかつく、むかつく、むかつく。
自分が好きになった人の数くらい、覚えておきなさいよ。女子はみんな可愛くて、それが理由で好きになるんだったら、私のことも好きになりなさいよ。あんたは私のこと親友、としか思ってないかもしれないけど、もしかしたら相手は違うかもって、少しは考えたりしなさいよ。それと、うそ、本当は本人に好き、とか、可愛い、とか、言わなくていい。ずっと大人しく胸の内にしまっておきなさいよ。そうじゃないと女子はみんな勘違いして、あんたのこと好きになっちゃうから。
私は最後にもう一度大きなため息をつくと、速歩なんかやめて駆けだした。
私だって、脚は長い方なんだから。
「え、ちょ、待てって。」
後ろから慌てた声が聞こえて、少しだけ私の機嫌が直った。
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