カレン ~episode 1~

 一ノ瀬愛莉を一目見たとき、ああ、この娘は私と仲良くなるタイプじゃないな、と思った。オシャレに気を配って、自分のことを可愛いと自覚していて、TickTockとか撮りたがる類の娘。玲奈とか真綾の親友のななちゃんとかが一番嫌いなタイプの娘だ。だから正直、そんなに親しくする気はなかった。表面上の友情関係だけを築ければそれで良いと思っていた。それが仲良くなるにつれて、良い意味で裏切られたのだ。

「花蓮!」

家では絶対聞かないような甘い、女の子らしい声が聞こえて私は振り返った。

「写真撮ろ。」

「なぜ。」

私は笑いながら言った。別に今は修学旅行中でも、体育祭用のヘアアレンジをしている訳でもない。

「そりゃ、あたしのビジュが今日超絶良いからに決まってんでしょ。」

そう言うといつも通りの完璧な角度でカメラを構える。

「ほんとごめんなんだけど今日ね、顔のむくみもないからいつもの小顔に磨きがかかってアイドル並みの顔のサイズなの。ほんとごめんね。でも撮るよ。はい、チーズ。」

まったく申し訳なく思っていなさそうな調子で愛莉はまくしたてると、連写しだした。私はとりあえず、顔の横でピースサインを作ってみる。

「はい、オッケー、ありがと。」

撮った写真を確認しながら愛莉は言った。

「え、やっぱ今日のあたし超可愛い。」

「愛莉はいつも可愛いよ。」

私は愛莉のスマホを覗き込みながら言った。いつものことながら、どう違うのか分からない。

「え、そんなの当たり前じゃん。可愛くあるためにどれだけ努力してると思って。」

愛莉が腕を組んで私の方を振り返った。

「朝五時に起きてマラソンするでしょ。それからシャワー浴びてヘアセットとナチュラルメイク。一日に必ず二リットルは水を飲むし、白湯だって持ち歩いて身体が冷えないようにしてる。家の中では着圧ソックスを履いて、お風呂上りはストレッチと保湿。パックにだって美容液にだってお金をかけてるのよ。これだけしてあたしが可愛くならないはずがないじゃない。」

毎度聞くたびに感心させられる。こんなにも自分磨きに精を出せるなんて、本当にすごいと思う。愛莉の努力を知っていたら、誰だって文句は言えないはずだ。

「ほんっと、こんなに可愛いのに、どうしてあいつだけはあたしに惚れないのかしら。」

そしてこの、はっきりとした性格も私が愛莉を好きな理由の一つだ。ぶりっこする子は大抵可愛いって言われたいくせに、実際言われると「そんなことないよぉ~」と言う。私はあれが好きじゃない(私は何事も穏便に済ませたい派だから、嫌だと思いつつも言ってほしそうなときは「可愛い」って言うけど、真綾は絶対に言わない。玲奈に関しては言われたがってることにすら気が付かない)。でも愛莉はそうじゃない。愛莉自身が一番愛莉のことを可愛いって言うし、他の人が可愛かったときにはためらうことなくそれを認めて人を褒められる素直さがある。長年一緒にいるにつれ、私はそのことに気が付いたのだ。

「うーん、照れてるのかもよ?」

あの人に限ってそんなことはないだろうなぁ、と思いつつ、私は一応そう言ってみた。

「そんなわけないでしょ。慰めてくれる必要なんてないんだから、思ってもないことは言わなくていいのよ。」

そう言って愛莉はため息をついた。

「でも、告白したら案外オッケーされるかもよ?」

「はぁ??な、なんであたしがあいつに告白しなきゃなんないのよ!」

「え、だって好きなんでしょ?」

「好きなわけないじゃない!あたしのこと好きにならないなんて、それが気に食わないだけよ!」

それを聞いて私はクスクス笑った。こういう人をツンデレって言うんだろうな、と思う。

「とにかく、あたしはあいつのことなんてこれっぽっちも―」

「朝から賑やかだな。ああ、キミたちか。」

二人で声のした方を振り返ると、碓氷が黒縁の四角い眼鏡を押し上げながら言った。

「くっ、噂をすれば…。」

「キミたち、楽しいのは良いことだが、こうも廊下で騒がしくするのはいかがなものかな。」

「大してうるさくなんてしてないわよ!それにね、いっつもいっつも、その『キミたち』って一体何なのよ!?」

愛莉が頬をほんのりピンク色に染めながら碓氷を睨みつけて言った。これを毎日見せられて、好きじゃないの?ああ、私の勘違いね、なんてなれるはずがない。

「ふむ。それではキミ、名前を教えてくれるか?」

「はぁ!?このあたしの名前を知らないなんて、あんた正気!?」

「あの二人、またやってんのね。」

私が振り向くと、声の主が呆れたように二人を見ていた。真っ直ぐで艶やかな黒髪ぱっつんボブのこの少女は名を吉村菫と言い、私と愛莉の親友だ。いつでも冷静で真面目な彼女に私たちはいつも助けられている。

「そうなの。」

私は苦笑いをしながら菫に続いて自分の教室に戻った。

 碓氷英治。愛莉と碓氷が同じクラスになったのは去年のことで、愛莉が碓氷に本性を見せるようになったのは半年前のことだ。生徒会副会長でテストの学年順位はいつも一位。真面目で仕切るのが上手く、知識量も半端じゃない。成績表はいつもオール5らしい。超がつくほどの優等生で、第一ボタンは夏でもきっちりしめるようなタイプだ。だから恋愛なんて時間の無駄、と思っているのか、他の男子なら一瞬で落ちる愛莉のあざと攻撃にピクリともせず、愛莉を苛立たせているのだ。碓氷が愛莉のことをどう思っているのかは分からない。でも愛莉が碓氷のことを好きなのは一目瞭然だ。明らかに他の男子と接し方が違う。

 いいな、と思う。好きな人がいるなんて、羨ましい。真綾には中三から付き合ってる彼氏がいるし、玲奈は幼馴染の亮くんのことを小さい頃から一途に思い続けている。

 私も恋愛ができたらな、なんて、私はぼんやり考えていた。

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