マヤ ~episode 1~

「イルカを感じる―」

「ふぐは頭からだよ!」

「ケチャップを逆さにすると…」

「静かに!真綾ちゃん引いてるんだから。」

「大丈夫っすよ。あいつ、全く聞こえてないんで。」

「真綾先輩と言えば、この間女神が―」

「だ、か、ら、クジラはダメなの!」

 私は射形の確認のために撮影した動画を確認しながら眉をひそめた。

 私の所属する弓道部はいわゆる『不思議ちゃん』が多い。これは常日頃感じていたことだったが、この動画を観て確信した。我が校の弓道部は、変人のたまり場だ。まあ、これほど意味不明な会話が交わされていることに全く気が付かず、淡々と弓を引き続けていた私も、例外ではない。しかし、何よりも私が不思議に思うことは、皆私のことを好いているらしい、ということだった。

 私には一つ心に決めたことがあって、それは『自分がされたくないことは人には絶対にしない』ということだ。例えば、私はお世辞を言われるのが好きじゃない。昔から人の気持ちを察することが得意な分、その人が本心から私を褒めているのか、その場の雰囲気からなのかはすぐに分かってしまう。ヘアアレンジをするのだってやってみたいという創作意欲からしてみるのであって、別に自分に似合うと思っているわけではない。絵を描くのだって暇だからやるだけだし、人とは違った服装を好むのだって、ただの自己満足だ。褒めてほしいわけじゃない。それなのに皆無理してほめるから、私はいつも申し訳ない気持ちでいっぱいになる。

 お願いだから私を見ないで。またやってるなって、放っておいてくれればいいの。

 だから私は、その子に似合ってるなって思ったときにしか「可愛いね」とは言わない。上手だな、と心から思ったとき以外は「すごいね」とは言わない。でも女の子は褒められるのが好きな生き物だから、空気を読んで褒めないと反感を買うことがよくある。それに私は、好きでもない人といるくらいだったら一人を好む性格だから、わざわざ仲良くなれるようご機嫌をとるなんてことはしない。花蓮はそういうのが私よりずっと得意だから、こういうところは玲奈に似ていると思う。顔が怖いのは三人に共通していることだけど、私ほどぎょろぎょろした目を持っている子はいない。そんなこんなで万人受けするタイプではないのだが、何故か弓道部員は皆私を好いているらしいのだ。

 道場の掃除をしているとき、ふと視線を感じることがある。そういうとき、振り返ると大抵先輩がこちらを見つめていて、目が合うと必ず「真綾ちゃん、ほんっといいこだねぇ」と言うのだ。同学年が誰もいないような練習の組み方がされているときは必ず先輩が話しかけに来てくれるし、この間、私のいないところで名前が挙がっていると思ったら、良く分からない口論が繰り広げられていた。

「こないだ友達と歩いてるときに真綾ちゃんがお辞儀してくれて、そしたら友達が『あの子可愛いね』っていうから、うちの後輩だって自慢したの。」

「あたしだってこないだ委員会で後輩の話になったとき、真綾ちゃんっていうすごく可愛くていい子がいるのって皆に言ったんだから―」

 同輩の女子は私のことを『イケメン』だと思っているらしく、たまに「髪をかき上げろ」やら「そのポーズのまま動かないで」と言われて写真を撮られることはあるけど、嫌われていないことだけは分かる。

 まーくんと男子の後輩には完全になめられているけど、そのおふざけの内容が私の絶対君主制だから、大抵指示にはきちんと従ってくれる。

 後輩女子も私を慕ってくれているのだと、この間判明した。

「あ、真綾さん。」

廊下を歩いていると、二年生の先生に呼び止められた。

「この前ね、うちのクラスの子達と部活の話をしてたの。弓道部の子達、『先輩が優しくてかっこよくてすごく楽しい』っていうものだから、憧れの先輩とかいるの?って聞いたら、皆口をそろえて『真綾先輩!』って言うのよ。」

 顧問の先生も例外ではない。高校一年生のとき、私の二週間の短期留学を一年間の長期留学だと誤って伝えられていた滝沢先生ことタッキーは、間違いに気が付いた途端、私のところにすっ飛んできた。

「栗原!」

タッキーの勢いの良さに私の近くにいた友達三人は30cmほど飛び上がった。

「おまえ、留学が二週間というのは本当かっ!」

「あ、はい、そうです。本当は一年の方に申し込みたかったん―」

「そうかそうか、二週間か!よし、二週間だな!そうかそうか!」

そう言うと私の話を最後まで聞かずに、はっはっはっ、と笑いながら歩き去って行った。本当は長期が良かったと嘆く生徒の前であの態度は教師としてどうかとは思ったが、私が残ることを喜んでくれる人がいると思うと嬉しかったのも事実だ(ちなみによっぽど不安だったのかこの確認作業は毎日、約一か月続き、私の友人は寿命を一年ほどすり減らした)。

 どうして皆がそれほどまでにありのままの自分を受け入れてくれるのかは分からない。多分皆、変人だからだ。でもそのおかげで私は伸び伸び練習することができ、試合でもそこそこの成績を残せている。タッキーを含め、私以上に弓道が上手な先輩方に恩返ししたいとも思うし、先輩がしてくれたように後輩の手本となりたいと思う気持ちも、私の頑張る原動力となっている。


「私って周りの人に恵まれてるの。」

私は動画から顔を上げて、隣で本を読んでいる花蓮に向かって言った。すると、花蓮は涼しい顔で言った。

「類は友を呼ぶ。周りの人が良い人なのは、真綾が良い人だからだよ。」

これを聞いて、私は胸がいっぱいになった。

「私、人に恵まれすぎてるかもしれない。」

そう言って私は、花蓮をぎゅっと抱きしめた。

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