遺言書

小狸

短編

 小説を、書くことができなくなった。


 いや、それにはやや語弊がある。


 書くこと自体はできるのだ。


 ただ、それが物語にならない。


 駄文をつらつらとつづって、20,000字にまで到達したところで、ようやく私は、それが物語として成立しないことに気付いた。


 


 それは私にとって、死活問題であった。


 別段、私は、専業小説家をしている訳でもない。なんならデビューもしていない。


 それでも、私にとって小説を書くということは、ほとんど全てみたいなものであった。


 中学から不登校になった。


 原因は、いじめを受けたからだった。


 中学は、他の小学校が統合されてきてクラス数が増え、私は仲の良かった友達とは違うクラスになってしまった。


 女子のグループに上手く馴染めなくて、気が付いたらクラス全員に無視されていた。


 過呼吸を起こして、その日から、学校に行けなくなった。


 両親は私を、腫れ物として扱うようになった。


 皆は普通に高校に進学した。


 私は、卒業式すら、行くことができなかった。


 高校もどこにも、入学することができていない。


 そのまま1年が過ぎた。


 今や1日も、カーテンを開ける日はない。


 外出することもほとんどなくなった。


 母は、私の部屋の前に食事を置くだけになった。


 いつからだろう、家族そろって食事をしなくなったのは。


 妹は、今年中学受験である。


 私は極力音を立てないように、静かに生きている。


 私にとって、今できることというのは、小説を書くことくらいなのである。


 ネットで小説を投稿しては、人から「いいね」をもらい、承認欲求を満たしていた。


 「いいね」をもらえるのは、嬉しいと思えた。誰かが自分の書いた文章を読み、何かを思ってくれる。それは、私がかつて落伍した学校生活、社会活動に通ずるところがあったからだろう。


 そんな中。


 私は、小説を書くことができなくなった。


 アイディアが湧かないとか、そういう次元ではない。


 もう文章が文字の羅列にしか見えず、どんな物語を出力しようとしても、それが蛆虫うじむしのようにパソコンの画面から這い出てきて、頭を搔き乱すのである。何を言っているのか分からないと思うが、実際に私にはそうにしか見えない。


 生きている価値を、失ったと思った。


 死のう。


 そう心を決めるまで、時間は掛からなかった。


 それから、死ぬ準備をした。


 とは言っても、ただパソコンの周辺機器からケーブルを引っこ抜き、天井に括りつけただけだけれど。


 部屋は広くはないが、高さはあるのである。


 引っ張って強度を確かめた。


 うん、これなら、死ねる。


 生きる理由も、元からなかったようなものだ。


 これから先、生きていても、どうせ人生の落伍者だ。


 だったら、今、死んだ方が幸せだろう。


 そう思って、私は。


 支えの椅子から、足を離した。


 さようなら。


 最後まで、駄目でごめんなさい。


 生まれてきて、すいませんでした。




(終)

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