0.王様

 夜の学校。

 カーテンで締め切られた体育館の舞台の上。

 そこには演説台だけが置かれていて、強烈なスポットライトに照らされている。


 そこに一人の高校生が三枚の書類を片手に向かう。そして、演説台に立ち、書類を置く。彼はテレビ放送用の巨大なカメラと、スーツを着た大人たちを壇上からみつめる。そして、壇上の高校生と同じ制服を着たわずかな生徒たち。

 だれもがひそひそと話していたり、あくびしていて、スマートフォンをみている。

 彼は手渡されていた、書類のひとつをみつめる。

 そして彼は遠くにいる、勇者を見出す。彼女は真剣に、壇上に立つ彼をみていた。

 彼はわずかに俯き、決心するかのように書類を掲げ、こう言いはじめた。


王様「今日は、生徒たちの王となった私の、就任演説です。

   私は、ひとりの勇者に仕えるためにここに立ちました。

   ですから、大人から渡されていた原稿は……」

   ロールプレイングゲームに差し替えましょう」

 王様は手にしていた紙を放り投げる。

 会場がどよめくなか、大人達と勇者があわてるのをみながら、彼はもうひとつの原稿を出す。そして、ここにいる全員が沈黙するまでゆっくりと視線を向けていく。ひそひそと話し始める大人達も、学校のみんなも、誰もが彼に釘付けになっていく。


 彼はここにいる、そしてカメラの向こうで彼をみつめるすべての人に話しかける。


王様「私は、生徒たちの王です。

   死にかけのこの学校だけじゃありません。

   いまや、この国の、生徒達の王なのです。

   けれど本当はここに立っていてほしい人が、みなさんの心のなかにいます。

   同年代の俳優、アーティスト、そしてアイドル。

   この時代の、勇者たちです」


 沈黙が満ちるなか、王様はため息をつく。


王様「気を落とさないでください。

   私はこの国の中高生のみなさんに、素敵なお知らせをしに来ただけなのです」


 高校生達が、顔を上げる。


王様「私はさきほど、大統領に呼ばれました。

   今日から君が、すべての学校の生徒会長だ、とのことです。

   役職名は、連邦生徒会長です。

   ただし、一年間だけ。お金もなし。

   私はつまり、無力な王、というわけです。

   おまけに私の学校は、横領をしたかつての生徒会のせいで、補導対象です。

   横領した金で、スマホゲームに課金をしていたのんです。

   ですがこんな首輪付きの僕らにも、価値があるそうです。

   現にいまも、この体育館はドッグコンテスト会場のようです。

   今日の就任演説は、行儀のよい私を披露するはずでした」


 大人達と勇者が焦る顔をしているのを彼はみて、笑いながら言った。


王様「では、何をすれば?

   無力な私に、大統領はこの書類をくれました」


 王様はもうひとつの書類をゆっくり掲げる。


王様「これが、みなさんに伝えたいお知らせなのです」


 王様は書類を両手で抱え、続けた。


王様「なんと、減りゆくこの国の生徒達のため、

   大統領が決断してくださいました。

   勇者には、究極の力を、剣を与えられることになりました。

   国が予算を無制限で出してくれることになったのです。

   その予算の決定権は、未来の連邦生徒会長に託されます。

   これが、日本を変えることのできる剣の力。

   すなわち権力です。

   ただし、一年後です。

   一年後、本選挙があります。

   連邦生徒会長を、本当の王を、勇者たちのなかから決めるのです。

   《日本が大統領制になってから長い。次は君たちだ》

   そう大統領もおっしゃってました」


 高校生達が、顔を見合わせていた。言っていることの意味がわからないかのように。


王様「もっとわかりやすく言いましょう。

   この剣を勇者が手にすれば。

   いくらでも先生のクビを切れます。

   ブラック校則どころか、法律すら切れます。

   学校を城につくりかえることすらできるでしょう」


 大人達が慌て出し、カメラを止めようとするが、それをまた別の大人達が止めている。そのなかに、大統領の姿すらある。


 呆然とする学校のみんなに、王様は言った。


王様「自分が勇者だと自負する人、ぜひ立ち上がってください。

   立候補になります。

   ですがこちらは、みなさん興味がないでしょう。

   自分を勇者だとのたまうのは、まともじゃありません。

   ですが本来ここに立っていてほしい人が、みなさんの心のなかにいます。

   同年代の俳優、アーティスト、そしてアイドル。

   この時代の勇者たちです。

   ぜひ推してください。推薦となります」


 王様は息をゆっくり吐く。


王様「生徒の勇者を探し、勝利させよ。役立たずの王からは以上です」


 そして王様は、沈黙が満ちる舞台から降りていく。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る