2.村長

 一人の高校生が、スマホを抱えたスーツの人間と話している。


担任「このクラスの成績をなんとかするには、学級委員長の君だけが頼りだ」

村長「で、でも……」

担任「君以外の連中は、まったく学生の本分をわかっちゃいない。

   成績優秀な君になら……」


 そこに王様が入ってくる。


王様「やあ村長」

村長「あ、王様」


 そのとき、担任は王様に驚く。


担任「私はこれで……」


 そしてそそくさと立ち去っていく。スマホをみながら。


王様「なんか嫌われることしたかな?僕」

村長「忘れっぽいんだね?」


 村長と呼ばれた彼女は、教卓に腰がけた王様の元へ向かう。そして言った。


村長「でも今朝の約束は忘れてないよね?」

王様「え、なんだっけ」

村長「あの演説、どうやってつくったか聞かせてくれる約束でしょ?」


 王様は笑いながら首を振る。


王様「ああ、いまはやめとこう、勇者さんはおかんむりだったし」


 王様が振り返ると、教室に入るのを戸惑って遠くからみつめている勇者がいる。


村長「(首を傾げ、)勇者さんって……

   (驚きながら)まさか、副会長を推薦するの?」

王様「(腕を組んで) 最高の推薦だろ?」

村長「で、でも横領事件は……」

王様「大人たちが言ってたろ。彼女は関係なかったって。

   剣道部を引き連れて横領を吐かせた伝説は、君も聞いてるはずだ」


 村長が腕を組み、考えあぐねるようにうつむいていると、王様は言った。


王様「それで、困りごとがあるらしいね?」


 村長は頷く。すると王様は副会長へ声をかける。


王様「勇者さん、目安箱に入ってた手紙を」


 勇者はおそるおそる教室の中にはいってきながら言った。


勇者「わざわざこうするために手紙を持たせるなんて……」


 王様は副会長から手紙を受け取り、中身を改める。


王様「おつかいは勇者の第一歩でしょ……

   で、村長の課題は、僕たちのクラス全体の成績か」

村長「ええ、さっきも担任の先生がずーっと言ってて……

   でも、みんなやる気もないし……」


 王様が胸を張る。


王様「やる気のなさ?担任に負けないが?」


 村長は当時を思い出して楽しげに笑う。


村長「それで担任の先生の説教、やめさせてくれたもんね」

勇者「(ためいきをつき、)あんたはやればできる人でしょ」


 王様は副会長をすかさず指差す。


王様「そこなんだよ勇者さん。

   実は、やる気の問題なんかじゃない」


 王様は村長に向いて、


王様「でも、何か気になることがあるみたいだね?」


 村長は少したじろぎながら答える。


村長「まあ、居眠りしてたら内申点は下がるじゃない?」


 王様は天を見上げながら頷く。


王様「それは確かに。先生たちも無視されたらつらいか。

   居眠りがヤバいのは……

   生徒会の横領を見過ごした顧問の授業だけだけど」

村長「ま、まあそうだけど……

   結局うちのクラスは進学を諦めてる人が多い。

   だから、他のクラスほどピリピリしてないって」

王様「横領事件を輩出したのは特進コースだったぜ?」

村長「でも、担任の先生は……」


 王様はため息をつく。


王様「村長。手っ取り早いのはあきらめさせることだ」

村長「えっ、どういうこと」

王様「このクラスは……いいや、この学校は、過酷な受験競争に疲れてる。

   塾だの、予備校だの、模擬試験だの。

   うだつの上がらん大人たちの犠牲者さ」


 私は言った。

村長「うだつの上がらない大人って……先生も?」

王様「(うなずいて、)本気なら、図書館に行く。

   怒ったり……あげく、悩んだりする暇はない」

村長「(うつむく)悩んだり、する暇も……」

勇者「そこまでにしときなよ王様」


 勇者が王様と村長の間に割って入る。なかば庇うように。


勇者「目安箱に手紙まで出してくれたのに、その言い草はひどすぎる」


 王様は笑う。


王様「勇者のお出ましだね」

勇者「ふざけないで!」

王様「だがなぜ居眠りがいけない?」

勇者「居眠りすれば内申点が下がる。

   進路の選択肢を減らしかねない」

王様「この学校で、選択肢がなんの意味を持ってる?」

勇者「(すこし沈黙し、)それは、いい大学とか、いい企業とか……」

王様「それは椅子の奪い合いだ。なんの価値もない」

勇者「価値がないってあんた!」


王様「それなりの大学にはいって。

   それなりの企業に入って。

   それなりの人と結婚して。

   それでいいと、目安箱に手紙がいくつも入ってたんだよ?」


 勇者と村長がうつむく。


王様「それなりこそが、この村の価値だ。

   どうする?

   《実は、それなりこそが椅子の奪い合いだ》

   そうおどしにいく?」


 かばっていた勇者は言葉を失ってふらふらしはじめる。一方のかばわれていた村長が答える。


村長「それは担任の先生がいつも言ってた。

   たぶん、うまくいかないと思う

   ほかの方法を考えなきゃ……」


 王様は頷く。村長が考え込んだあと、答える。


村長「ねえ、ここは村なんだよね」

勇者「それは、こいつがただ適当言ってるだけだけど……」

王様「村だよ。それで?」

村長「村なら、成績っていう統率以外にも、特産品やサービスがある」

勇者「いや、これといって特には……」

王様「部活だ。剣道部とか」

村長「そう、部活。普通コースだから、うちは入部率も高い」

勇者「まあ、運動部から文化部まで全部活いるかも……」

村長「みんなが参加してる部活をひとつでも盛り上げることができたら……きっと変わる」

勇者「そうか、剣道だって……」


 村長は腕を組む。


村長「でも、前まで生徒会は特進コースの人ばっかりだった」

王様「ヤツら、部活の人たちの予算を横領してたからね。

   おまけにいまの担任は、もう生徒会顧問じゃない」

村長「だから王様、一緒に部活の人たちのところにいかない?」


 王様はうなずく。


王様「それならいいよ。勉強会とか言い出したら真っ先に逃げるとこだった」


 村長は笑う。


村長「じゃあ早速行きましょう。

   まずは剣道部から。みんな王様を待ってる」

王様「将軍のところか。

   おっと、勇者さんをわすれちゃだめだぞ」

村長「もちろん、元将軍……元部長さんなんだし」


 王様はうなずいたあと、先に教室から出て行く。勇者はたちすくんでる。


村長「いこ、勇者さん」

勇者「わたしは、勇者なんかじゃ……」

村長「さっきかばってくれたでしょ?」


 勇者は顔をあげる。村長は勇者の背に周り、両肩に手を置いた。


村長「さ、はやくはやく」


 勇者はわずかに戸惑いながら、村長に押されながらも歩き始めた。

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