5
4月1日
前日、“朝1番”は閉店した。
それでも私は朝4時に起き、まだまだ薄暗い世界の中を歩いていく。
どこに行ったらいいのかも分からないけれど、歩いていく。
昨日朝人は“朝1番”に来なかったから。
昨日だけじゃない。
その前もその前もその前もその前も・・・朝人は“朝1番”に来なかった。
“行ってらっしゃい”と言ったのに。
朝人は無事に帰って来られないみたいだから。
閉店した昨日も無事に帰って来ることはなかったから。
だから今日は朝人を探しにきた。
いつもあの店で待っていることしか出来なかったけれど、今日は私から朝人を探しに行く。
いつも以上にボロボロの格好で帰ってくるかも、そう思っていたけれど帰ってくることはなかったから。
自分でもバカなことをしていると分かっているけれど、それでも今日朝人を探しに来ていた。
そしたら、その時・・・
「福富?」
と、私のことを呼ぶ声が響いた。
呆然としたまま振り返ると、そこには安部君がいた。
新聞配達途中なのか新聞を詰めた自転車に乗っている。
「お疲れ様・・・。」
「福富も・・・って、今日から店ないもんな。
こんなに朝早くからどうしたんだよ?」
「ちょっとね。」
「福富の引っ越しはいつ?」
「今日の午後。」
「そっか、結構遠いの?」
「ううん。」
短く答えてから安部君に聞いた。
「朝人、そっちのお店に来た?」
「うん、来たよ、夜遅くに。」
「最近も?」
「最近・・・?
松戸さんが北海道に引っ越す日の前日だけど。
福富のところにも松戸さん勿論来ただろ?」
そう聞かれ・・・
“朝人”ではなく“松戸さん”と、そう聞かれ・・・
「うん、来た・・・。
来てた・・・松戸さん、ずっとうちのお店に来てた・・・。」
「松戸さんは福富のことが大好きだからな!」
「うん、私の料理が大好きだったからね・・・。
思わずプロポーズしたくなるくらい、私の料理が大好きだったから。」
「松戸さん福富にプロポーズしたの?
あの人彼女いるじゃん、何で彼女と付き合ってたんだろうね。
福富のことがあんなに大好きなのに。」
「松戸さんは凄く可愛くてちゃんと大人の彼女がいたよ。
ビックリしちゃった・・・。
松戸さん、私が知ってる姿と全然違うからビックリしたよ。」
「松戸さん外面良いからね。
あの見た目で中身が俺達と同じくらいガキだから。」
「うん、だからビックリした。
あんな朝人を見てビックリした。」
「福富・・・松戸さんのこと好きだったの?」
安部君が驚いた顔で聞いてきた。
それに私は小さく笑い、口を開いた。
「好きじゃないよ・・・。
松戸さんのことは好きじゃない。」
松戸さんは気取った嫌な男だった。
私は朝人が好きだった。
朝4時に起きているはずもない朝人を探してしまうほど、こんなにも朝人のことが好きだった。
「朝人・・・いなくなっちゃった・・・。」
別れた安部君の後ろ姿を眺めながら呟いた。
安部君と話して改めて分かった。
朝人と松戸さんは同じ人だった。
あんなに別人みたいなのに、同じ人だった。
だから朝人はいなくなってしまった。
北海道に行ったからではなく、本当にいなくなってしまった。
だって私は松戸さんのことは好きではない。
私は朝人のことが好きだった。
口も悪くて見た目も悪い、悪いところしかない朝人のことが大好きだった。
朝人がいなくなってしまったと分かってから、私はこんなにも朝人のことが好きになった。
会いたくて会いたくてこんなに泣いてしまうほどに、私は朝人のことが好きになった。
松戸さんから“定食屋の娘”と彼女に紹介された私は、こんなにも朝人のことが好きになった。
“朝1番”もなくなり朝人もいなくなったこの街から、私も今日いなくなる。
どうしようもなく切ないこの気持ちだけを胸に。
end.........
【朝1番に福と富と寿を起こして】卒業式の朝、その後に Bu-cha @Bu-cha
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます