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「体調悪い?大丈夫か?」
フランス料理のお店に入る直前、この男の人がコソッと私に聞いてきた。
「大丈夫です。」
短く答え、私は男の人を見ることなくお母さんが座るテーブルへと歩いた。
「ちょっとちょっと!あの人誰なの!?
知り合い!?」
テーブルに戻るとお母さんがハイテンションでお父さんと私に聞いてくる。
「“朝の人”!松戸さんだよ!!
ビックリした~!!
ちゃんとしたらあそこまで格好良くなる人だったんだね!!
彼女も凄い可愛いし!!
若い頃の和泉かおりに似てる!!」
「和泉かおりには私の方が似てたでしょ!!」
お母さんはそんな突っ込みをしてからそそくさと席を立ち、あの男の人のテーブルへと歩いていき料理が運ばれてくるまで全然戻ってこなかった。
「朝人さんがあんなに格好良いって分かってたらお母さんが毎日朝ご飯作りたかったくらいよ!!」
戻ってきたお母さんがハイテンションのままフランス料理を食べていて、私の方をチラッと見てきた。
「女子高生には27歳はオジサンに見えるのね~。
あんなに格好良い人を目の前にそんな冷めた目になれるなんて!」
「全然格好良くないでしょ。
気取ってて嫌な男じゃん。」
やっと口から言葉が出てきた。
味のないフランス料理を口に入れたら、その代わりにやっと声が出せるようになった。
「いつもの変な格好の方がまだマシ。」
「“ちゃんとした格好で来てくれれば良かったのに~”って言ったら、“朝が苦手で”って言ってたわよ?
朝人さんって毎朝5時に来てたのよね?」
「マジで意味不明。」
意味不明だった。
本当に本当に意味不明だった。
私にはあんなに文句を言いまくっていたのに。
私の前ではあんなに口が悪いオジサンだったのに。
なのに、少し離れたテーブルに座る男の人は“普通”だった。
めちゃくちゃ完璧な見た目でめちゃくちゃ“普通”だった。
めちゃくちゃ“普通”にフランス料理を食べていた。
このフランス料理は味がしないからかもしれない。
きっとそうなのだと思う。
だって味が全然しない。
私には味が全然ないように感じる。
“美味しい美味しい”と言いながら食べ進めるお父さんとお母さんの声を聞きながら、私はあの男の人から目が離せないでいた。
可愛い女の人に爽やかな笑顔を向け続け、ずっと見ている私の方を1度も振り向きもしないあの男の人から。
あんなに私が作った朝ご飯を食べてくれていたのに。
この3年間、日曜日の定休日以外は毎日私が作った朝ご飯を食べて、頷いてくれていたのに。
“千寿子があと10年早く生まれてたら、プロポーズをして北海道まで連れていくところだった!!”
数時間前は私にそんな言葉まで言っていたのに。
朝人はどこに行っちゃったんだろう・・・。
朝1番に毎朝来て、朝1番に帰ってくると言っていた朝人はどこに行っちゃったんだろう・・・。
私のご飯を食べに帰ってくると言っていたのに・・・。
可愛い女の人と楽しそうに笑いながらフランス料理を普通に食べ進める男の人を見て分かった。
朝人はいなくなってしまったらしい。
朝人は北海道へは行かない。
だってあの男の人が北海道に行くから。
だから朝人はいなくなってしまった。
朝人は安全に出掛けることが出来なかったらしい。
だから朝人は無事に帰って来られない。
“行ってらっしゃい”と言ったのに・・・。
朝人は帰ってこない・・・。
朝1番にもう朝人は帰ってこない・・・。
この目に焼き付けた今朝の朝人の姿を思い出そうとする。
でも何も思い出せなかった。
輝いていたはずの朝人の顔を、向こうにいる男の人の顔に上書きされてしまい何も思い出せなかった。
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