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会長とそんなやり取りをした数分後。

1時間も経っていない、あれは本当に数分前の出来事だった。




高校から数駅先にある高級ホテル。

そこにお父さんとお母さんが卒業祝いにと数ヶ月前から予約をしてくれていたことを、卒業式に向かう前に教えてくれた。




普段はこんな贅沢をしたことがないし、私は凄く楽しみにしていた。

制服のブレザー、その胸の所についた卒業生の証であるお花を、トイレの全身鏡の前で小さく笑いながら眺めていた。




それからトイレを出てお父さんとお母さんが待つフランス料理のお店に入ろうと、綺麗な絨毯の上をローファーで歩いていた。




そしたら、その時・・・




「千寿子!!」




と、低い男の人の声が私の名前を呼んだ。

高校の人達はみんな私のことを“副ちゃん”と呼ぶ。

お父さんとお母さん以外で私のことを千寿子と呼ぶのは、朝1番の常連さん達しかいなかった。




だからすぐに分かった。

この声は朝人なのだとすぐに分かった。




まだ北海道には行っていなかったのだと思いながら、あの変な見た目でこの高級ホテルにいるのかとバカにした気持ちで、私は振り向いた。




朝人に振り向いた。




そしたら、いた。




嬉しそうな顔で私のことを真っ直ぐと見た、芸能人かと思うくらいビッッックリするほど格好良い男の人がいた。




その男の人がゆっくりと歩いてきて、私の目の前に立った。




そして爽やかに笑って・・・




「卒業おめでとう。

まさかそれを言えるとは思わなかったよ。

ここでお父さんとお母さんとお祝いかな?」




“誰?”と言いたかったけど言葉にはならなかった。

凄く凄くビックリしたし、それに・・・




それに、いたから。




この男の人の隣には可愛い女の人、でもちゃんと大人の女の人に見える人がいたから。




その女の人が可愛く笑いながら上目遣いで朝人の顔を覗き込んだ。




「“先生”、この可愛い女子高生はどなたですか?」




「近所の定食屋のお嬢さんなんだよね。」




「定食屋・・・?

先生、定食屋さんでお食事もされるんですか?」




「それくらいするよ。」




「定食屋さんでお食事するなら私がご飯作ったのに~。」




「俺彼女には料理はさせない主義なんだよね。

仕事もしてて大変だろうし。」




男の人が爽やかに笑いながら女の人を見下ろし、それから私のことをパッと見てきた。




「俺の彼女。

同じ職場で働いてるんだよね。」




「今日までの彼女ですけどね・・・。

北海道に一緒に行くことも待ってることもさせてくれない酷い彼氏でしたよ。」




「ごめんね、向こうに行ったら忙しすぎて今以上に構ってあげられないだろうし、いつ戻ってこられるかも分からないからさ。」




「朝も一緒に迎えたこともないし、よく考えたら本当に酷い彼氏でした~。

今日はここでのお食事の他に何かプレゼントも買ってくださいね~?」




「分かったよ、何欲しいの?」




「婚約指輪!」




「今のは結構面白かったけどそれ以外で。」




「やっぱり酷~い!」




一体何を見せられているのか・・・。




私は一体何を見せられているのか・・・。




何も言えず、何も動けず、誰かも分からないようなこの男の人と初対面の女の人のやり取りを見せられていた。




なかなか戻ってこない私を心配したお父さんが迎えに来てくれるまで、見せられていた。

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