(2)

「はあ……」

 

 感嘆の溜息しか出てこないくらい、四海奇貨館の所蔵品はすべてが群を抜いていた。

 紀元前に造られた、神話上の怪物を図案化した複雑な文様で飾られた青銅器。

 唐代から宋代に作られた青磁や白磁といった陶磁器。

 明代の鮮やかで複雑な機織りや刺繍の技術を駆使した織物。

 清代に作られた美しい玉の工芸品に、高級木材の彫刻や植物の種を用いた果核彫刻。

 多くの高名な画家が生まれた宋代の山水画や花鳥画……。

 今まで訪れた博物館の中で、これほどの一級品が揃って展示された所はあっただろうか。しかも、文物の価値もさながら、保存状態が素晴らしく良い。まるでその時代からそのまま持ってきたかのような美しさと存在感があり、圧倒される。

 さすが四海グループ、と以前家族が抱いたような感想しか出てこなかった。

 興奮冷めやらぬまま、放心の態でロビーに戻る晩霞に、周館長は悪戯が成功した子供のような笑みを見せてくる。


「どうです、すごいでしょう」

「はい……」


 国立博物館レベルの文物が揃えられた四海奇貨館。今さらながら身の竦む心地になった。一つでも、ほんの端の欠片でも破損させてしまったらと考えるだけで恐ろしい。

 不安げに顔を青ざめさせる晩霞に、周館長はからりと笑って、貴重な収蔵品にはすべて高額の保険が掛けられていることを告げた。


「万が一、壊れたとしても大丈夫ではありますが、こんなに貴重で美しく素晴らしいもの達を壊すのはとても忍びない。気を付けて下さいね」


 冗談交じりに、しかしきっちりと釘を刺す。晩霞も気を引き締めて頷いた。


「はい。十分に気を付けます。それにしても、本当に貴重なものばかりですね」

「ええ、そうでしょう? 展示室には出していませんが、保管室もすごいですよ。どこにも公開されていない書物がたくさんあって、研究し甲斐があります。ここで初めて見ることができたものも多くて……」


 さすが博物館の館長だけあって、歴史の話となると周館長はきらきらと目を輝かせた。しばらく歓談していると、玄関の方から電子音が響く。


「ああ、来られたようです」


 周館長は急いで玄関の方へと向かって、一人の青年を出迎えた。

 上品な光沢のあるネイビーストライプのスーツに身を包んだ青年は、ずいぶんと背が高い。小さい頭にすらりと伸びた長い手足を持ち、遠目でもスタイルが良いことが分かった。

 周と話している姿に、晩霞の心臓が嫌な感じに跳ね上がる。


(似ている)


 唐突に、そう思った。


 誰に?

 決まっている。あれは……。

 いや、違う。気のせいだ。

 そんなことあるはずがない。


 記憶のはるか遠い向こうにある、悪夢の中でしか会わないはずの彼の姿がちらついて、青年の姿に重なった。

 立ち竦む晩霞の方へ、周館長と青年が歩いてくる。


「っ……」


 青年の顔を見て、今度こそ晩霞は息を呑んだ。

 象牙色の肌に濃い蜜色の瞳。緩く癖のある髪が縁取るのは、ロビーに展示された玉のように精巧に彫り込まれ、磨き上げられた美しい顔。

 切れ長の大きな目が晩霞を見て、ゆっくりと細められる。柔らかそうな赤い唇が、艶然と笑みを作る。


『――我が君』


 青年は、かつて呪妃を裏切った青年――『小華しょうか』に瓜二つだった。


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