第5話 両国周辺の歴史・2(イラク)
「次にイラクを見てみましょう。この地域もサイクス・ピコ協定の影響を受けて第一次大戦後にはイギリスが委任統治することになったわ。イギリスがこの地域を望むようになった理由には、石油があると言われるわね」
石油が出るところでそういう話が出てくるのは、お約束ということだな。
「ちなみにサイクス・ピコ協定を締結したときにはクルド人自治区についてはフランス領だったのだけれど、その後に、このあたりにも石油がありそうということでイギリスが何とかねじ込んで自分のものにしたという話よ」
国益の前にとことん忠実というわけか。
「そういうこと。ある意味、イスラエルやパレスチナ以上にクルド人の方がサイクス・ピコ協定とイギリスに振り回されたとも言えるし、恐らくパレスチナの数倍で利かない犠牲者を出していると思うけど、ガザやらパレスチナ問題を言う人の中で、可哀想なクルド人のことも話題にする人は誰もいないのよ」
確かに、当初の想定通りにフランス領であったなら、クルド人自治区はシリアに属していたことになる。クルド人の立場はもうちょいマシだったのだろうか。
「......あまり関係ないと思うけどね。そんな協定なんか関係なく、いつも争っている地域なのだから」
そうだな......。
「ということで、イラクの地域にはクルド人がいて、スンナ派とシーア派もいて、更に少数宗教も多数集まっていたわ。ぶっちゃけ、オスマン時代には結構ユダヤ人もいたのよ。イスラエル問題が発生したので出ていったけれど。イラクのユダヤ人にとってはイスラエル国家は迷惑な話だったでしょうね」
『信じらんなーい! 何でオスマンもイギリスもそんなにいい加減なの!?』
「今の日本の政治家にだって、栃木と群馬、島根と鳥取の位置関係も知らなさそうな人がいっぱいいるでしょ。まあまあマシな現代日本でもそうなのだから、当時のオスマンがきちんとやるはずないじゃない」
それはさすがに言い過ぎでは。
「かなり難しそうということは分かっていたから、イギリスもそれなりの人間をあてなければいけないと思ったようね。そこで選ばれたのがフサインの息子のファイサルで、彼を国王に任命したの。メッカの当主だったフサインの息子で、アラブ人の反乱を指揮していた彼なら、ある程度やってくれると思ったのでしょうね」
「いや、ちょっと待て。メッカの当主という権威を期待するにしても、イギリスは自分でフサインの顔を塗りつぶしてしまったんだよな」
それで、息子を担ぎ上げて権威に従わせようって矛盾していないか?
むしろ、「フサインには悪いことをしたから、息子にある程度は任せてやろう」くらいの理由だったんじゃないだろうか?
「そうかもしれないわね。いずれにしても、ファイサルはまあまあこなしていたし、委任統治が終わって正式に国王になることもできたわ。ただ、彼自身が悲観視していたように、ファイサルが死ぬとそれぞれのグループが対立してしまったのよ。イギリスも関与を完全に諦めたわけではないし、色々ガサガサやっているうちに第二次世界大戦後には王制が倒されてしまったわ」
「王制が倒されたのなら、イランと同じくらいの分岐点になるはずなのにな」
元々分裂していて、王制打破後もイランのように一つのまとまった国にはならなかったから、話題にもならないというわけか。
「近代から現代にかけてイラクが一番まとまっていたのはサダム・フセインの時代かもしれないというのは皮肉な話よ。そのフセイン体制が打倒されて、更にガチャガチャしているうちに最終的にそれぞれの民族に近い勢力地図になって、ある意味現代はあるべき姿に近づいているのかもしれないわね」
「その結果、イランが強くなったという点をどう評価するかだよなぁ」
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