鍵をかけた先で
窓はなく、蛍光灯の人工的な光に満ちた部屋にドアが一つ。床の上には、おぞましいほどに顔を歪めた男の遺体が一つ。ドアは内側から鍵がかけられ、密室状態であった。
探偵がいれば、不謹慎を感じらながらも喜ばしい状況だろう。お得意の推理力をここぞとばかりに発揮できるのだから。
しかしながら、それほど魅力的な殺人現場ではなかった。中に毒蛇がいたからだ。
私は、男の首筋に残る蛇の噛み跡を見つめる。
彼は小説仲間であった。彼の耳から外れたヘッドホンから軽快なロック音楽が漏れ聞こえてくる。おそらくお気に入りの曲をがんがんにかけながら書斎机に向かっていたのだろう。開かれたパソコンを覗けば、ミステリ小説の殺人場面を書いている途中だった。なんとも皮肉な。
音楽と執筆に集中していて、蛇がドアの隙間から侵入してきたのに気づかなかったのだろう。そして、体をよじ登ってきた蛇に首を噛まれて、毒が全身に回り、のたうち回って生き絶えたのだろう。
「マムシですな」
白髪混じりの刑事が捕獲された蛇を見て、抑揚もなく言う。
「見ただけでわかるんですか」
「まあ、田舎なんでねえ」
感嘆を込めて言ったつもりだったが、刑事はにこりともしなかった。
この部屋は近代的な造りだが、ドアを隔てた先には昭和終わりの趣きを残した木造住宅になっている。
都会の喧騒を嫌い、男は山奥の中古宅を購入してリフォームを施した。一番長く過ごす書斎部屋は集中できるように、とくに力を入れたと言っていた。都会のマンションを思い起こせるデザインになったのは、男があまりに都会暮らしに慣れすぎていたからかもしれない。
「きっとマムシが部屋に入り込んだんでしょうな、不幸にも」
刑事が気怠そうに推察する。大事にはしたくないという雰囲気が口先に漂う。
「まあ、事故ですよ。事故」
「事故……ですか」
私の言葉に不服さを感じ取ったのか、刑事は探るような目つきで凝視してくる。
「何か気になることでも?」
「いえ……」
私はとっさに首を横に振った。刑事はしばし私を見ていたが、興味を失ったのか、遺体へと視線を移す。
「まあ……何か気づいたら連絡ください。あなたは第一発見者ですからねえ」
じゃあもう帰っていいですよ、と刑事は言いながら別の若い刑事の元へ行ってしまった。
私は軽微な失望を抱えながら小説仲間を見下ろし、部屋を後にした。階段を降り、玄関へ向かう。
何も疑問に思わないのだろうか。一人暮らしでありながら、なぜ部屋に鍵をかけていたのかだとか。誰かがマムシを放ったのではないか、とか。
しかし、事件慣れしていない田舎ならば、こんな程度なのかもしれない。
やはりリアルと小説の中のリアリティは違う。こんなリアルを新作に放り込んでも興醒めなだけだろう。トリックもいまいちだ。あの名作には到底及ばない。
私は自分の車に乗り込み、鍵をかけてエンジンを回す。ぼそり、と溢した不満は、エンジンの騒音に掻き消されていった。
「また、ネタを練り直さないとな」
【お題:ヘビ、殺人現場、喜】
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