ショートショート
穂波あさ
知らない予定
昨日まで知らなった予定が入っているなんて、役所の仕事ではよくあることだ。
「なんですか、穴の調査って」
「朝一で電話があったんだよ。町道に変な穴があるって」
とにかく見てこいと言う上司に追い払われるように同僚の佐藤と現場へ行く。町道になければ無視できたのに。
穴は山に近い、細い町道の脇にあった。周囲には数少ない民家が点在している。
バレーボール大ほどの穴をのぞき込む。思ったよりも深い。見えない底の代わりに闇が潜んでいる。それ以外には何の変哲もない、と思いかけて違和感を覚える。
闇が現れる深さがひどく浅い。光が届いているだろう、側面の浅い部分から闇に覆われている。
佐藤はそれに気づいていないのか、笑いながら言う。
「石でも放り込んでみろよ。空から降ってくるかもよ」
「星新一かよ」
シャベルで土を入れたが、穴が埋まる気配はなかった。立入禁止の看板といくつか三角コーンを穴の周りに置いて帰ってきた。
次の日。町民がまた対応を求めてきた。
「なんとしろって、どうすんだよ」
小さく悪態をついて、佐藤は1メートルほどの木の棒を拾う。穴の中に腕を伸ばし、棒の先を闇に入れる。数秒してから引き抜いた。佐藤が首を傾げる。
「なんか、短くなってね?」
「気のせいだろ」
そういえば、三角コーンが1本足りないと気づく。倒れて穴に落ちたのか。備品をなくしたと上司にどう説明しようか考えつつ穴を見ていると、昨日より三角コーンと穴の間隔が狭くなっている気がした。
それは、気のせいではなかった。
闇は生き物のように穴に落ちたものを食らい、大きくなっている。
噂は広がり、町に多くの見物客が集まってきた。一目見たいだけの野次馬。視聴回数を稼ぎたいユーチューバー。昼のワイドショーを盛り上げたいテレビ局。
穴に物を入れるなといくら注意しても聞く耳を持たない。何でも穴に放る。ついには自殺希望者が身を投げるようになった。
自分たちさえよければ、それでいいのだ。
「……ま、俺も似たようなもんか」
佐藤が見物客に声を張り上げている横で、つぶやく。表面上、仕事をしているが、穴を塞ぐ方法なんか真剣に考えてなんかいない。何もしない傍観者は、野次馬とどちらがましか。
穴は広がり、闇は町道を飲み込んだ。一か月後には近くの家を。半年後には集落を。町民は半分ほどが避難してしまった。
やがて町は消えるだろう。それは、いつになるか。誰も知らない予定。
【お題:知らない予定が入ってる】
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