第66話 無い袖は振れない
俺の名は蚊をモチーフにした魔物。その名もモスキートン。
俺の使命は体を小さくして、家々に忍び込んで人々から魔力を吸い上げ、デストロ様に献上することにある。
人間一人一人の魔力なんて大したこと無いが、塵も積もれば山となる。俺の地道な活動により、我が魔物軍団が働きやすくなるなら、これも本望だ。
今宵は一軒のボロアパートに目を付けた。セキュリティも軽そうだし、ここなら思う存分血を吸えそうである。鍵穴を通る程に小さくなりアパートの一室に侵入。
夜中ということもあり真っ暗であるが俺は夜目が利くのである。プーンとは音を立てながら、寝ているターゲットに近寄る。
「スース―」
寝息は可愛らしいが、筋骨隆々の薄着の女が布団の上に横たわっている。仕上がった体を見るにプロレスラーか何かだろうか?俺は自身の魔眼でこの女がどの程度の魔力を持っているのか調べてみると、常人の4分の1しか無いことが分かった。
仕事を初めて早々に外れを引くなんて運が無いが、こういう仕事である。地道にコツコツとやっていくしかない。
俺は寝ている女の腹に近づき、口についた針で女の腹筋を一刺ししようとした。
”カーン”
俺は茫然とした。
なんと腹筋に阻まれて針が刺さらないのである。こんなことは一度も無かった。一体どれだけこの女は鍛えているのだろう?そう考え始めた時、恐ろしいことが起こった。女の右手の平が俺の頭上に現れ、そのまま俺を叩こうとしたのである。
逃げろや逃げろ。俺は必死に全力で平手から逃げた。
“バチーン‼”
……危ない。間一髪のところであった。あと数ミリずれていれば直撃を喰らうところだった。女の右手が退くと腹筋に手の平の赤い跡がくっきりと残っている。魔力が無いにしろ、あれだけの衝撃を受けたら大ダメージは必至である。
「スース―、ムニャムニャ」
当の本人は平気らしく、幸せそうな寝顔を見ると肩の力が抜けそうになる。
取れ高も少ないしリスクを負ってまで魔力を吸う必要無い。言っておくが、ただの人間にビビったわけじゃないぞ、ここは戦略的撤退だ。いずれこの女の魔力も吸ってやるとも。
さて、筋肉ムキムキのマッチョ女の部屋を後にした俺は、今度は隣の部屋に忍び込んだ。辺り一面に酒の缶や瓶が乱雑に置かれた汚い部屋であるが、寝ている女はスラッとした柔らかそうな女である。コイツなら針を突き刺すことも容易だろう。
えぇっと、まずは魔力を測ってと……ご、53億だと⁉
我らが幹部の二倍ほどの数値に冷や汗が止まらない俺。魔眼の故障だろうか?いやしかし、最新型の魔眼だぞ?そう簡単に壊れる物だろうか?
頭の中にグルグルと思考を巡らせる俺。この細身の女にこれ程膨大な魔力があることがおかしいのだが、考えている内に一つの可能性に行き着いた。
「プーン、プーンうるさいわね」
ムクリと上体を起こす女。頭が痛いのか左手で頭を抑えている。そうして不機嫌そうな目で俺を睨め付けるわけだ。
「アンタ魔物?夜分遅くに何やって来てんのよ。ぶっ殺すわよ」
おのれ人間め、舐めるのも大概にしろ。頭に来た俺は元の大きさに戻って女を殺すことにした。しかし、元の姿に戻ることは叶わなかった。
「てか殺すわ」
パチンと女が右手を鳴らすと俺の周囲に風が巻き起こり、その風が俺をズタズタに引き裂いた。体が細切れになりながら、俺は自分の予想が当たっていたことに気が付いた。この女、元魔法少女である。しかも相当な手練れだ。
今更気付いたところで全て遅かったが、自分の疑問が晴れたので少しばかりスッキリした気持ちで死ねそうである。
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