第9話 ただ打ち貫くのみ
火種です。
いつもの何処からともなく流れる変身音と共に魔法少女の赤いヒラヒラドレスを装着、いよいよブータンとのリベンジマッチ。でも自分でもビックリするぐらい落ち着いていて、心の乱れも一切ありません。
手はまだ痛いですが、殴るのには支障なさそうです。
「一撃だ、一撃で貴様を屠る」
ブータンはそう言って軽々と右手に持った大斧を振り上げます。この人、実は動きが早くてスピードでもさっきは負けていたんですが、今回はどうでしょう？
「死ね‼」
振り下ろされる大斧。ですが私は迷うことなく、振り下ろされる大斧に向かって炎を纏った右手の拳を突き上げます。
”ガン‼”
思った通り魔法力を込めた右手なら大斧を弾き飛ばすことが出来ました。これにはブータンも驚いたらしく「何っ‼」と激しく驚いています。
この隙を逃がす私ではありません。すかさずブータンの懐に入って行き、お腹の鎧に拳のラッシュを仕掛けます。
“ガンガンガンガン‼……”
流石は頑丈な鎧、殴るだけで手が痛いですが、ここは我慢の時ですね。
「無駄だ‼貴様のちんけな攻撃では俺の鎧に傷を付けることすら……」
“ピシッ”
「へっ？」
自慢気に語っている途中で、いきなりヒビが入ったので目を丸くするブータン。私の拳にも力が入ります。
「もう一丁‼」
“ドガ―ン‼”
鎧の腹部を完全に破壊することに成功。砕けた破片が顔に当たって少し切れましたが、スキンケアは後ですれば大丈夫です。それより今はトドメの一撃を。
「爆炎パンチ‼」
右手に火の魔力を一点集中させ殴ることで、それを一気に放出させて敵を倒す私の必殺技の爆炎パンチ。
その必殺ブローが見事にブータンのお腹に当たりました。
“ズドン‼”
私のパンチはブータンのお腹にめり込むぐらい綺麗に入りました。
が、全く何の手応えもありません。まるでブヨブヨのクッションを殴ったみたいです。
「これは⁉」
「よくも俺の自慢の鎧を砕いてくれたな。万死に値する」
まさかの爆炎パンチがノーダメージ、ブータンは両手を組んでハンマーみたいに振り上げ、それを私の頭に振り下ろして来ました。右手がお腹の肉にめり込んで取れないので、防御も回避も間に合いません。
“ガァアアアアアアン‼”
「ぐっ‼」
モロに頭に喰らいその場にうつ伏せに倒れ伏せる私。ブータンの笑い声だけが聞こえます。
「ぶはははははは‼俺に弾性ボディは打撃系の攻撃を無効化し、魔法力も分散させることが出来るのだ‼」
どうも二階堂 明だ。
近くの倒壊していないビルから戦いを観察していたが、火種が少しばかり劣勢を強いられている。
「あ、相性が最悪じゃねぇかよ‼」
騒ぐチャガマ。長年いつも魔法少女の戦いを見て来た精霊を自負しているのだから、もう少し静かに戦いを見ることは出来ないのだろうか？
「確かにこのままでは勝つことは出来ない。あの手の敵と私達が戦った際は、一度急速冷凍させた後に、炎でそれを溶かして物質が脆くなったとこに私の拳を叩きこむことで倒したが、火種は火の魔法少女だから一人ではそれも無理だな」
「・・・お前、冷静過ぎるだろ。自分の弟子が倒されたのに」
「倒されと言っても負けたわけじゃ無い。そろそろ立つ頃合いだ」
私の言った通り、火種はフラフラと覚束ない足取りだが立ち上がった。頭を殴られたのでダメージは大きいだろうがそれでも立ち上がったのは評価に値する。
「お、おい、大丈夫かよ。あんなにフラフラで、頭から血も流してるじゃんかよ」
「大丈夫だ、二階堂流活人拳心得一つ、勝負は血が出てからだ」
「・・・お前の拳法の心得は怖いのがあるよな」
さて、火種。私を師匠と呼んだからには、その程度の敵倒してみせろ。
あの時、お前が最後の放った拳を私は避けなかったんじゃない。避けれなかったんだ。寸前の所でお腹を固めて何とか防御したが、アレをまともに喰らったらアバラの何本か折れていたところだ。あの時のパンチに少しの工夫を加えれば、そんな敵は倒せる筈だぞ。
私はまだ痛いお腹を少し擦り、一日だけ稽古を付けてやった弟子の戦いを最後まで見守ることにした。
俺の名前はブータン。腕っぷしとこのどんな攻撃でも弾き返す弾性ボディでいずれは組織の幹部にのし上がる男。
それゆえに現行の魔法少女を全員ぶっ殺し、その足掛かりにしようと思っていたのだが、ここに来てイレギュラーな事態が発生した。
俺のハンマーパンチをモロに頭に喰らって、魔法少女の一人が立ち上がったのである。フラフラで頭からは血が流れているのに、その瞳が活き活きとしているのが解せん。
「貴様どうして立ちあがれる‼」
「はぁはぁ……そりゃ、倒れているの嫌だからに決まってるでしょ？」
そう言ってニコッと笑う魔法少女に戦慄を覚える俺。初めてだ、この俺が恐怖で震えたのは。今朝はザコだったくせに、この短時間で一体何があったというのだろう？
とにかく殺さなくては、頭を潰せば流石に死ぬだろう。
「死ねぇえええええええええ‼」
俺は力いっぱい右手の拳を魔法少女の顔面目掛けて放った。
“ブンッ”
と風切り音が鳴り、コレなら魔法少女を殺せると踏んだのだが、奴の炎を帯びた左手は俺の右の拳をいとも簡単に受け止め、その手で俺の手首をガシッと掴んだ。
「掴まえた。これでアナタは逃げられない」
「何を言って・・・⁉」
魔法少女のか細い腕を振り払おうとしたんだが、俺の右手はピクリとも動かない。こんな小さな手の何処にこんな力があると言うのだ。
「師匠に放ったパンチなら……いや一工夫必要かも……なら回転を加えるのは……」
「ブツブツと何を言っている‼」
「良し‼これならいける‼」
勝手に独り言を話して、一人で納得した魔法少女は右手を構え、左手は俺の右手首を掴んだまま、先程の爆炎パンチとやらを放つ態勢になった。
「き、効かんというのに‼無駄なことはやめろ‼」
そうさっきの様な打撃系の攻撃は大小に関わらず俺には効かないのだ。そうだからドンと構えていれば良い筈なのだが、奴の目の中で殺意に満ちた炎が燃えている様に見えて、それが恐ろしく見えてしまうのである。
「いっけぇええええええええ‼爆炎パンチ・廻（かい）‼」
魔法少女の放ったパンチは炎を纏いスクリューの様に回転しており、そのまま俺の腹に捻じり込まれた。
“ギュァァアアアアアアアアン‼”
結論から言えば、捻じり込まれた拳は俺のコアに届くことは無かった。だが俺は感じている、炎の魔力は螺旋を描きながら俺のコアに今にも届こうとしているのを、これはどうすることも出来ない。死ぬ以外の道は無いだろう。
“ドガアアアアアアアアァアアアアアアアアン‼”
コアが砕けると同時に俺の腹に大きな穴がぶち空いた。俺の体は塵になりかけており、最後に選んだ言葉は怨念の籠った断末魔でも命乞いの言葉でも無かった。
「見事‼」
相手を賛辞する言葉なんて本当にらしくない言葉を吐いたものだ。
当の相手はピョンピョンと飛び跳ねながら「やった♪やった♪」と十代の少女らしく喜んでいる。
我が生涯に一片の悔いなしとはいかないが、目の前の末恐ろしいガキに倒されたことを誇りに思いながら塵となろう。
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