第8話  燃える火種

日ノ本 火種です。

私はこれまで人に合わせる様に生きてきました。

我儘を言わずに、人が言って欲しい言葉や、やって欲しいことを手探りで探しながら誰にも嫌われない様に元気に立ち振る舞う。それが私という存在の生存戦略だったのです。

というのも小学校に上がる前にお父さんとお母さんが離婚しまして、お母さんは私に別れの挨拶も言わずに家を出て行きました。

離婚の原因は仕事ばかりの父に嫌気が差したのと、子供が嫌いだったからでしょう。


「ふぅ、自分で産んだら好きになるかと思ったけど、やっぱり苦手だわ。」


三歳の私にそんなことを言うのですから、筋金入りの子供嫌い。私が泣くと容赦なく母は怒鳴り声を上げて私のことを引っ叩きました。あれは痛かったなぁ。

父は母と別れた後、仕事から帰るとお酒を飲むようになりました。幸いなことにお酒を飲んでも暴れたり泣いたりすることはありませんでしたが、ただ黙々とお酒を飲むのです、私と会話もせず。時折、父は私が居ることを分かって居るのかな?と考える事もありますが、朝になると朝食と夕飯のお金がテーブルに置かれているので、私が居ることが分かっていてくれてホッとしています。

そんなこんなで家庭内で色々ありまして、私は人の顔色を窺う子供になりました。そして周りの輪を乱さずに、いつも笑顔で元気良く、そんな人間を演じているのです。

たまに疲れて溜息の出る時もありますが、こうするとみんな笑顔で接してくれるので、きっとこれが最善なのだと自分に言い聞かせていました。


そんな折、チャガマさんから魔法少女にスカウトされ、断り切れずにそのまま魔法少女として戦う羽目になりました。割と生きているだけで精一杯だったんですけどね。

魔法少女として魔物達と戦うのは辛いですが、正直、魔物を殴る時はスカッとしてストレス解消になりました。建前では皆の平和を守る為なんて綺麗ごとを言っていますが、実はそんな気はサラサラ無かったのです。ただ逆らえない流れに身を任せて、私は何となく戦っていたに過ぎません。

そんな中途半端な気持ちだったからでしょうか?いざ強敵が出てきたらあっさり敗走、仲間のみんなを置いて私一人だけ逃げ帰ってしまいました。

人間はこういう時に本性が出るんですよね。私は自分が一番可愛い、いざとなれば自己犠牲なんて投げ捨て、自己防衛に走る、あぁ、なんて自己中心的な醜くて嫌な奴なんだろう。反吐が出ます。

二階堂さんから稽古を付けてもらいましたが、結局のところ彼女は私の渾身の一撃を避けることは無く、お腹で受け止めてしまい、平然と立っていました。やはり私の様な浅ましい人間の拳なんかで何も成すことは出来ないということなのでしょう。

でも悔しいなぁ。


「うぅん。」


私が目を開けるとそこには青い空が広がっており、何でこんな所で仰向けで寝てるんだろう?と状況把握に戸惑いました。


「ようやく起きましたか。もう少しで叩き起こすところだったよ。」


女の人の声がしたので上体を起こすと、そこには鬼・・・もとい二階堂さんが地面に正座しており、キリっとした目で私のことを見つめています。

そんな彼女を見たら条件反射的に嗚咽がしました。


「おぇ。」


「全く人の顔を見るなりえずくとは、一日限りとはいえ失礼な弟子だな。」


「す、すいません、つい。」


まぁ、嗚咽がしても、もう吐きだすモノがありません。よって醜態を晒すこともありません。

あれ?何か忘れている様な。


「あっ、今何時ですか?」


「もうすぐ16時30分になるところだぜ。って10倍ミラーの中だから、まだ時間にタップリ余裕があるし、出る時も現場の近くに出してやるよ。」


「あっ、チャガマさん。」


今、チャガマさんが二階堂さんの隣に立っていることに気が付きました。チャガマさんのキャラは印象が薄いわけでは無いのですが、今は二階堂さんが恐ろし過ぎて他は見えなくなりがちです。


「よく二階堂の後輩いび・・・いや稽古に耐えたな。これでみんなを助けに行けるぞ。」


「えっ、でも、私のパンチを二階堂さんは避けなかったじゃないですか。」


そうです。二階堂さんは私の渾身パンチを避けなかった。ゆえに私の稽古は失敗の筈では?

しかし、二階堂さんはこう語ります。


「別に誰も避けなかったら不合格なんて言った覚えはない。アナタの最後に放ったパンチ。あれは殺意が籠っていて良い拳だった。あの感覚を忘れない様にしなさい。あれが打てれば大抵の魔物なら倒せるよ。」


まさかの太鼓判。嬉しくて涙が出そうです。


「ほら泣くな。お前の涙でこの星を救えるのか?それに今泣いたら脱水症状でそれこそ死ぬぞ。」


「は、はい、ずびばぜん。」


涙と一緒に込み上げてきた鼻水のせいで鼻声になる私。汚くてすいません。


「どらチェックしてやろう。顔をコッチに向けなさい。」


「へっ?」


私の顔を両手でガシッと掴んで、近距離から私の目を覗き込む二階堂さん。ま、前にも言ったけど近過ぎませんかね?


「うん、良い目になった。アナタの目の中に炎が燃えている。心身ともに戦士になったな。」


「あ、ありがとうございます。」


目の中の炎はよく分かりませんが、とにかく認められたようで重ね重ね嬉しいです。


「さて、二階堂流活人拳心得一つ、腹が減っては戦が出来ぬ。スーパーでオニギリとササミチーズ揚げ、あとザバスのミルクプロテインを買ってきたから食べなさい。運動後のゴールデンタイムは過ぎたが、タンパク質は摂取しないとね。」


「は、はい‼師匠‼」


「師匠?・・・まぁ、今日だけはその呼び方でも良いか。とにかく食え。」


こうして私は戦前の身支度を整えて、皆の磔にされている場所に向かいました。

誰に言われたからでもない無い、誰に合わせたからでもない、自分が自分である為に。




17時前に約束の場所に戻って来た私は、皆と再会した後、憎き敵と再び対峙します。


「貴様、よくもノコノコ出てきたな。どうやら、またやられたいらしいな。」


ブタの魔物のブータンは現れた私を見るなり、その巨体を揺らしながらドシンドシンと近づいて来ました。今朝見た時は恐ろしかった姿も、今はもう怖くも何ともありません。よってこう言い返してやります。


「もう私は今朝の弱かった日ノ本 火種ではありません。」


「ほう、なら一体何だというのだ?」


「私はアナタを倒す者です‼」


そうして私は右手を空に掲げて、大声でこう叫びました。


「変・身‼」











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