第6話 その拳に殺意を乗せて 後編
何時間、私は目の前のこの人に拳や蹴りを打ち込んだのだろう?
私が攻撃している筈なのに、傷ついて行くのは私だけ。
拳が痛くて足も上がらなくなって来た。
この人は本当にとんでもない、化け物と呼んでも失礼にならないレベル。
だって、なりふり構わず私が急所を狙いに行くと、それを少しずらして鋼の様な筋肉で私の攻撃を防いでいる。
鋼の様ななんて言い方をしたけど、彼女の筋肉は本当に硬い。どうやって鍛えたらこうなるんだろう?きっと人生の大半を鍛錬につぎ込んで来たんだろう。私にはそんなことは出来ない。友達と遊びたいし、勉強もしないといけないから。
そう、私はただの平凡な中学生なのだ。
魔法少女になった時は、不謹慎だけど少しばかり胸がときめいて、変身すると特別な何かに成れた気がしていた。けど、いざピンチになったら、どうしようも出来なくて、逃げ帰ることしか出来なかった。何が特別だ、結局お前はただの中学生だ。何も特別じゃないと思い知らされた。
「手も足も止まっているぞ。時間が惜しい、早く拳を握れ」
…鬼だ。この人は鬼だ。私の拳から血が噴き出しても眉毛一つ動かない。何も動じない。きっと心が無い鬼なんだ。魔物なんかよりも質が悪い。この人に比べたら朝戦ったブタの魔物も可愛く見える。きっと、この人の頭の上から角が生えてきても私は驚きはしないだろう。
「うっぷ・・・おぇ」
込み上げてくる吐き気、けどもう吐くものはないので嗚咽だけだ。辺り一面私のゲロまみれ、何が魔法少女だ。お前の魔法はゲロなのか?
「ふぅ、情けない。今回の魔法少女は弱い。あの程度の敵に手こずるようでは、今回の敵をどうにかしても、どの道やられてしまうかもしれないな」
…悔しいけどその通りなのかもしれない。現に今、私の心は完全に折れかけている。皆を助けたい気持ちは勿論あるのだけど、今はこの苦行から逃げ出したい気持ちの方が強いかもしれない。スポコン漫画なんて見たこと無いけど、特訓といえば毎回こんな感じなのかな?
だとしたら辛過ぎる。もうギブアップしちゃおうかな?
「言っておくが、タイムリミットを過ぎても稽古は終わらない。ギブアップという概念もない。アナタがモノになるまでこの稽古は続く。他の四人が死んだらアナタ一人でこの世界を守らないといけないのだから当然だけどね」
はっ?この人は何を言っているんだろう?終わらないって何?家にも帰れないってこと?そんなバカなことがあってたまるか、どういう結果になるにしろ皆を助けに行かないといけない。皆を見殺しにしてまでこの人との稽古を続けるわけにはいかない。そんなことしたら罪悪感で私は発狂してしまう。舌を噛んで死んだ方がマシである。
「おっ、おい、二階堂。それはやり過ぎだろ。いや、今でも俺がドン引くぐらいやり過ぎではあるのだけど」
「豆ダヌキは黙ってろ」
「あっ、はい、すいません」
チャガマさんは彼女に少し睨まれたぐらいで、すぐに何を言わなくなった。本当に使えないボケダヌキだ。皆が死んだらお前のせいだぞ。
っと、自分のせいなのに責任転嫁している自分が何とも情けない。良い子ぶっていた自分のメッキがガラガラと崩れていっている。いつも周りを気にして気を使って良い子を演じていた私。だが本当はどうだ?結局自分が一番大事な、自分ファーストの 女に過ぎない。本当は皆を助けたいんじゃない、皆を助けられなかった自分が罪悪感で圧し潰されるから助けたいだけなんだ。
自分の汚い所が見えてきて。何もかも嫌になる。
…私がどうしてこんな気持ちにならないといけないんだ。目の前の女のせいだ。あいつが居るから私がこんな気持ちになる。あいつさえ居なくなれば良いんだ。
「……ね」
「ん?今何か言ったか?」
聞こえなかったなら、もう一回言ってやる。
「し、死ね」
そう言った後、私は右手の拳をこれ以上無いってぐらい握りしめた。手のひらに爪が突き刺さるぐらいの異常な力で。何処にこんな力が残っていたのか分からないけど、今は目の前の鬼畜を殺したい。その一心しかない。
死ね死ね死ね死ね死ね死ね……。
怨嗟の言葉が次々に頭に浮かんで来る。もう自分で自分をコントロールできない。
「うわああああああああああああああああああ‼」
私は力いっぱい走った。この右の拳を憎い相手の腹に捻じり込む為に。
硬かろうが知ったことでは無い、たとえこの右手が砕けて使い物にならなくなったとしても叩き込むんだ。全身全霊の殺意を持って。
「死ねぇえええええええええええええええええええええええええ‼」
“ドォン!!”
私の右手が奴の腹に当たった時、大砲みたいな音がした。初めて手応えがあった。自分にこんなパンチが打てるなんて思いもしなかった。
でも打った瞬間、私は全ての力を使い果たしたのか、糸の切れた人形の様にその場に倒れ伏せた。
奴がどうなったのかは知らない。また涼し気に立っている気もするが、もうどうすることも出来ない。
私は瞼をそっと閉じた。
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