第14話
すすきのの繁華街から数百メートル離れた二車線道路。道は暗く、他に走行する車もない。ハイビームにしたヘッドライトの先に、停車している車が一台見えるだけだった。
雨宮は接近を告げるため、パッシングを2回してからライトをローにした。バイクをドローンの反対車線側に移し、いつでも加速できる体制を作る。
ドローンが最終アプローチに入った。目標まで約400メートル。ブースターこそないが、モーターの出力を上げて加速を始める。
チャンスは一瞬しかない。佐々木はスマホを掴む。
「撃て、市川!」
停車した普通車の傍らに立つ男が、その言葉に反応する。
猟銃の発砲音。ドローンに変化はない。
しかし再装填の動作がない上下連発銃は、二の矢が早い。
ほとんど間を置かずに、狙いを修正した二発目が放たれた。
通常の鳥よりも遥かに大きい目標であるドローンに、複数の散弾が命中する。
弾頭貫通力の低さ故に、それは紙製の機体を大きく切り裂く。
ドローンは自身の速度が生み出す風圧により、急速に構造上の限界に達した。
呆気ないほど簡単に翼が折れた。
そのまま地面に激突した機体は部品とアスファルトの破片を撒き散らしながら二度、三度とバウンドし。
そして、全ての動きを止めた。
―――――
「結局アレ、大丈夫だったの?」
「なんとか手配出来たよ。自衛隊がやったことになる。済まないな。本当なら、勲章が貰えてもおかしくないのに」
「あー、いいよ、いいよ。もうあんなコワいことしたくないしね。んじゃ、井尻ちゃんが退院した辺りで、またどっかで集まろ。ヨロシクね」
ああ、と答えて佐々木は市川との通話を切った。
私物の携帯をロッカーに収め、いつもの会議室へと向かう。
扉を開けると、いつものように冷静な口調で、雨宮が資料を示してきた。
「参考資料だ。
電子パッドには、英文の資料が表示されていた。
「機体は脆いのだから、威力は最小限で十分。まったく、兵器は相性が重要だな。アメリカ軍も思いついていたそうだ。プラスチック製の散弾を使うことで周辺への被害拡大を防ぐ、市街地における近距離用対ドローン装備を検討しているらしい」
あれから三日が経っていた。全ては隠蔽されつつある。
夜間のうちに二つの死体は回収された。
発表では、破壊されたドローンに爆発物は無かったという。事件は無許可の民間ドローンによる悪質な悪戯であるとされた。警察の捜査も始まっているそうだが、おそらくは迷宮入りとなるのだろう。
オモチャに振り回されて札幌市内を駆けずり回り、市民を動揺させた自衛隊の面々はネットと国会でその無能を叩かれている。北部方面隊の一部指揮官が軽い譴責処分を受けることになりそうだった。
市川が市街地で発砲した事実は伏せられたままだ。撃墜は、自衛隊員が緊急で行った射撃によるものとされている。
そして平和条約の記念式典は、安全な室内に場所を変えて実施されることとなった。
爆発物が無かったという報告が事実であったのか、佐々木は雨宮に聞いていない。
知らないままである方が良い。そんな気がしたからだった。
これから佐々木は分厚い報告書を、しかも二種類仕上げなければならない。公表する内容について互いの齟齬が生じないよう、雨宮と調整を進めていく。
話し合いが完了したのは、午後を過ぎてからだった。
「では、私の視察はここまでだ。ご協力に感謝する。北部方面隊の訓練状況は満足すべきものだったと、そう報告しておくよ」
「光栄であります」
佐々木は起立し、直立不動の姿勢で敬礼をした。
「申し訳ありませんが、一つお伺いしてもよろしいでしょうか」
「答えられることならば」
「我々は、勝てるでしょうか」
それは佐々木の内心にずっと巣食う不安の吐露だった。
「彼等は勇敢に戦い、それをやり遂げました。我々は、この国は彼等のように戦い抜くことが出来るでしょうか。真に頼れる友好国も無い中で」
台湾海峡危機において、遂にアメリカは直接の戦闘に参加せず、その役割を日本に押し付け続けた。EU各国に至っては中国への経済制裁どころか、国連での非難決議すら棄権し、ただ人道援助の検討をしただけで終わった。
いずれ再び戦乱が始まる。その時に何が起こるのか。それはこの国の人々全てが抱く、暗い影だった。
「未来の事など、私が知ろう筈も無い」
雨宮は冷静な口調で答える。
「しかし、そうだな。彼らは勇敢だった。主義主張の違いはあるが、彼等が勇敢であったことだけは間違いない。対して我々は、最後まで戦う意思に欠けることを既に露呈してしまった。前回と同じように、諸外国が我々を支援する動きは期待できない。極めて個人的な予測を言わせて貰えれば、次は負ける」
おそらくは正しい、そして絶望的な未来。
「悲惨な予測ですね」
「言った筈だ。己が為していないことを他者に求めるべきではない。これまでこの国が行ってきたのは口先だけの連帯と幾ばくかの金銭的な支援だけだ。ならば、こちらが期待できるのもその程度。それが道理だ」
そして雨宮は、いっそ朗らかな口調で語る。
「だが考えてもみたまえ。彼等もまた、真の友好国など持ってはいなかった。それでも諦めなかったのだ」
雨宮は窓の外に視線を移した。
「現状を嘆くよりも、現実に手にあるものを活用し、よりよい未来を目指すべきだ。例えどんな手段を使ってでも。その方が、余程建設的というものだろう」
佐々木は、そこまでの達観に至れなかった。だからつい、疑問を重ねてしまった。
「世界がこの国を見捨てるのだとすれば、我々の価値は、これまでやってきたことの意味は、その程度のものだったということにならないでしょうか」
「そうだろうか?」
雨宮が首を傾げる。
「確かに我々と共に戦う国は無いかもしれん。しかしこの国が滅びたとしても、香典を片手に葬式に参列してくれる面子には不自由しないだろう。ひょっとしたら何人かは本気で悲しんで泣いてくれるかもしれん。その程度の友誼ならば、十分に期待できる」
雨宮は確信を持って語る。
「得られたものが只それだけであっても、おそらくそれは素晴らしいことだ」
「そんなもの、ですかね」
「ああ。こんな仕事をしていると思うよ。それは紛れもなく、この世界から価値を認められ、良き友人に恵まれたことの証なのだと」
会話は終わった。
雨宮は軽く頷くと、握手も、振り返ることすらもなく。
ただ真っ直ぐに、部屋を出て行った。
―――――
独り残った佐々木は、敬礼の手を下ろす。
直ぐに報告書の作成を終わらせなければならない。
それが終わったら、二日は休めるはずだ。
まずは井尻の見舞いに行こう。
そして次に、倉田の墓へ。
手ぶらのまま、花も線香も持たずに。
それが自分達には相応しい。きっと、そんな気がしていた。
Fin
破戒者たちの宴 有木 としもと @Arigirisu
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