第13話

 佐々木は雨宮の下に駆け戻った。

「今一歩、及ばなかったな。方面隊に依頼を出した。札幌駅を中心に警戒線を敷く」

 雨宮はやはり優秀な公務員だった。どんな最悪の事態が生じても、少しでも被害を抑えるために足掻き続けている。

「追いましょう」

「ドローンをか? どうやって」

「見たところ、あれはそれほど速くない。最高速なら、こっちが上です」

 置かれたバイクを指さす。

「運転できますよね。オレの指示で走ってもらえますか」


 ―――――


 札幌方向に南下する道を、猛スピードでバイクが駆ける。

 遠くからパトカーのサイレンが聞こえていた。見つかって停められたらそれで終わりだ。走り続けるしかない。

 動きやすくするためボディアーマーを脱いだ佐々木は、スリングで89式を背に回した格好で後席に居た。

「読みの根拠は?」

 漫然と走っても、飛び去ったドローンを見つけることなど出来ない。信号無視の上、時速80キロ前後で音も無く走る逃走車を追うようなものなのだ。

「戦訓レポートを見ました。あれは車両用のナビを使う関係上、道路の上を飛ぼうとします。ですが、日本の道路には電線が多い。光学センサーでも、レーダーでも捕捉が困難な障害物です」

 アメリカの実例においても、街路樹の枝に衝突することを警戒していたとの記録がある。

「だから出来るだけそれを避けるコースを設定している可能性が高い。推測ですが」

「この状況ではそれに頼るしかないな」

「地元ですからね。ここらの道には慣れています」

 通常の電線と高さの異なる、高圧電線が道路を横切らないこと。あるいは可能な限り電線の地下埋設化が進んでいる道であること。佐々木はそれが飛行経路の条件だと考えた。勿論、素直に高度を上げてしまえばそんな問題は解決される。しかし前回の襲撃で、ドローンはその飛行高度の低さを武器としていた。

 軍隊は、成功した戦訓に拘る癖がある。


 ―――――


 やがてバイクの先に、飛行するドローンの姿が見えた。

「君が正解だったようだな」

「結構な反動が来ます。音も凄い。撃つ前にタイミングを言いますので、運転をミスらないで下さい」

 発砲音は、素人には信じられない程に大きい。雨宮はフルフェイスヘルメットを被っているので若干マシであろうが、それでも耳元近くでいきなり銃を撃たれたら、驚いて転倒してもおかしくはなかった。


 雨宮がドローンと速度を合わせた。

 相手は爆発物を搭載している。誘爆の可能性を考えると、一定の距離を保つ必要があった。佐々木は太股だけで姿勢を安定させて銃を構える。

 弾倉に残った5.56mm弾は11発。さすがに予備弾倉までは渡されていない。

 佐々木は周辺に車両がないことを確認した。射撃が外れた場合の、弾丸の落下点についても考慮しつつ、タイミングを計る。

 普段、運転している時ならば気にも留めないような細かな地面の凹凸が銃口を跳ね上げ、照準を狂わせた。フルオートなど論外だ。

「撃ちます」

 試射の積りで単射した。外れる。


「本当に凄い音だな。耳というより、腹に来る」

「でしょうね」

 佐々木はドローンを見上げた。

「出来れば、あいつを向かって右に見える位置にして下さい。排莢があなたに当たる可能性がある」

 雨宮が意図を正しく理解したかは不明だったが、注文通り、バイクを左に寄せてくれた。

 佐々木は再び銃を構える。

「撃ちます」

 一発、二発。三発目は確かに命中した。しかし、ドローンは何事もなかったかのように飛行を続けている。

 機体が段ボール製であるため、角度が良すぎて貫通してしまったようだ。モーターやバッテリーなどの部品に命中させるか、連続した着弾で飛行に耐えられなくなるまで強度を下げなければ、撃墜出来ない。

「済まん、赤信号だ」

 佐々木は急いで銃を背後に戻し、タンデムグリップを掴んだ。

 当然のように停車などしない。軽く減速、そして再加速。雨宮は見事なテクニックで通り過ぎる車を交わして交差点を突っ切った。クラクションの音が背後から聞こえてくる。


「これじゃ駄目ですね。自分でなんとかしようとするより、ドローンの現在地を味方に伝える方がまだマシです」

 バイクの後席から飛行物体を撃つなどというのは曲芸に属する。弾が当たるよりも先に、大事故を起こす可能性が高い。

「そうだな。頼む」

 佐々木はスマホを取り出し、中隊長を呼び出した。直ぐに応答があった。状況を端的に告げ、位置と進行方向、スピードを報告した。最後に人員の配備状況を確認。中隊長は、報告内容を基に防衛ラインを敷き直すと告げた。通話を切らぬまま、佐々木はスマホをポケットに戻す。


「雨宮さん、アレの目標はなんだと思います」

「当初は記念式典会場だったろう。しかし今夜、誰も居ない会場を攻撃しても意味は無い。おそらくあの時、彼等はプログラムの修正をしてからドローンを飛ばした」

「ですがイチから設定し直すまでの時間はなかったでしょう。軍事的に考えれば、あらかじめ状況に応じた複数の目標が想定してあって、そのひとつに切り替えたのだと思います」

「あり得るな。だがどちらにしても、札幌駅周辺であることは間違いないだろう」


 中隊長もそう考えているようだ。だが札幌周辺と一口に言っても、あまりにも広い。

 あのドローンは、通り一つを隔てただけで迎撃不能になる。駒数の足りない自衛隊にとって、対処しずらいことこの上ない。緊急配備された部隊は駅を中心に防備を固めようしているが、交通規制すらままならず、身動きが取れない状況にある。

 もしそれが、最初から相手の狙いだったとしたら。


「常識的に考えれば駅周辺が目標だと考えます。ですが、あのドローンの威力は限定的です。例え高性能爆薬を積んでいたとしても、家を一軒吹き飛ばせるかどうかでしょう」


 それより遥かに炸薬量の多い砲弾やミサイルであっても、確実に損害を与えられるとは限らない。小型ドローンの攻撃は、確実に人が集まっている場所にピンポイントで当てなければ、大きな被害を生じさせるのは難しいのだ。

 今は観光のオフシーズンだった。駅周辺と言えど、この時間に人影はまばら。完全自立型であるため、タイミングを計って電車に直撃させるなどという芸当も出来ない。


 道路標識が見えた。札幌駅方向に向かうならば、旋回する必要がある。

 しかし佐々木の予測を裏付けるかのように、ドローンはそのまま南下を続けた。

「どういう事だ?」

「おそらくですが、あのドローンの行き先はすすきのです」

「繁華街か。しかし、この時期ではやはり人に溢れてはおるまい」

「いえ、郊外の目標を狙っています」

「それは何だ」

「保育園です」


 佐々木は説明を始めた。

「すすきの郊外には、夜の仕事をする女のための保育園が幾つかあります。その中の一つは、ロシア人難民の子供を大量に受け入れている。彼らの仕事の都合上、事実上の24時間体制で」

 つまり、この時間帯であってもまだ建物内にターゲットが残っているということだ。しかも、特定の部屋に集められた状態で。


 私の考えですが、と佐々木は続ける。

「倉田に近づいたのは、それに関する情報を得るためだったのでは」

「しかし保育園に関する情報など、ネットでも調べれば直ぐに分かるだろう」

「人種差別に該当するとの理由で、役所は国籍別の児童数を公開していません。彼らはロシア人のコミュニティに入れず、日本人のそれから情報を得ることも困難だった。襲撃を成功させるほどの詳細な情報を得るためには、担当者に接触するのが確実だったのでは」


 雨宮は佐々木の考えを検証する。

「攻撃目標とするにはあまりに非人道的とされるだろうが……いや、むしろそれで良いのか」

 攻撃の結果が悲惨であればあるだけ、彼等の受けた痛みと、その怒りの大きさを示すことができる。

「ロシアは激高するに違いない。しかし、では戦争中の行為はなんであったのか、という声が必然的に上がるだろう。日本は警備の不備ともに、おそらくは多くの難民が性産業に関わっている実態を非難されるだろうな。日本とロシアの評価を失墜させ、条約の締結は悪の連合と宣伝する」

 雨宮は軽く頷いた。

「彼女の個人的な経緯まで合わせれば、その手の連中が喜びそうな物語の出来上がりだ。そうだな。国際的にウクライナを擁護する声が高まる可能性は十分にある」


 そもそも、テロとは文字通りの意味における炎上商法の一種だ。

 実行するのは世界から見捨てられた者達であり、彼等は憎まれることよりも、無視されることこそを恐れている。


「だが仮にそれが正しいとして、どうする。君の部隊を再配備する時間はないぞ。我々が対処するしかない。銃の残弾は何発だ」

「7発。申し訳ありませんが、接近しなければ当たりません」

「そうか。では、確実に当たる距離まで近づくべきだな」

 事も無げに応じた雨宮に、佐々木は信頼を込めた笑みを返す。

「ええ。ですがもう一つだけ、試させて下さい。このまま追跡をお願いします」

 佐々木はスマホを取り出すと、中隊長に短く現状の報告をした。一度通話を切り、別の相手にかけ直す。

「オレだ。悪いが手筈通りに頼む」

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