第10話

「現在の政権を欧米の傀儡と非難し、前大統領の意思を継ぐと称するグループは多い。彼女はその中の一つ、先日のホワイトハウス攻撃を実行した一派のメンバーと見られる」

 アメリカが武器を与えた国は、なぜか時と共にその武器をアメリカに対して向けるようになる。それは何度も、何度も。際限なく繰り返された光景の焼き直しだった。


「ウクライナ国内では、暗殺はCIAによるものだという噂が信じられているそうですが」

 佐々木は探るように言った。

「事実ですかね」

「真実が何かなど、私が知る筈もない」

 雨宮は首を横に振った。

「しかし、直接の関与は無かったと信じている。露見した際のリスクがあまりにも高い一方で、彼を暗殺したところで状況の改善など見込めないのだから。おそらくだが、核兵器の違法入手を進め、反米的な姿勢を強めた時点でアメリカやイギリスからの対テロ情報が遮断された、というのが真実に近いだろう」

 ウクライナ大統領が度重なる暗殺の企てから逃れることが出来たのは、それらの豊富な情報があってのことだった。

「米英に言わせれば、友好国からテロを拡散する敵性国家の指導者へ立場を替えたのだ。情報提供を停止するのは当たり前という話になる。だがウクライナの側からすれば、CIAがテロに加担したも同然だろう。見解の相違だな」


 彼は他国の都合で偶像として祭り上げられ、他国の都合でその虚像を剥ぎ取られた。

 そして生きるために必死に行った行為を、他人が好き勝手に評価し、断罪していく。

 自らを安全な場所に置いたままの者達が。


「堕ちた英雄、ですか」

「紛れも無く、彼は英雄だよ。あの困難な戦いをやり遂げたのだから。しかし、一国の戦争を指揮できる者が、清廉潔白な善人である筈が無い。私としては、自分の曲に『ウクライナ大統領のために』という一文を捧げておきながら後でそれを悔やむというのは、むしろ自身の不見識を晒す行為だと思うがね」

「それは俗説だと聞いていますよ。彼は最後までナポレオンを尊敬していたとか」

 雨宮は、ほう、と面白そうな顔で佐々木を見詰めた。

「自衛官がクラシックを聴くのは意外ですか?」

「いや、失敬。仕事の話に戻ろう」


 雨宮は再びパッドを操作した。

 アンナと名乗った女の経歴が表示される。

「父方はロシア系、母方はトルコ、あるいはクルド系かも知れん。幼少の頃は、アジア人として差別も受けたらしい」

 雨宮は幾らかの写真を示しながら、説明を続けた。

 仕事はプログラミング関連。戦争前に結婚していたが、夫からのDVにより娘を連れて別居。生活は苦しくなり、一時は荒れた生活をしていたようだ。酒絡みで逮捕された記録があった。

 戦争中、夫は東部で死亡。ロシア人に捕らえられ、拷問の上、殺されたと見られている。娘はロシア軍のミサイルが保育園に直撃して死亡。

「戦争中には、ロシア人の親戚が居るということで疑いの目を向けられたこともあったらしいな」

「家族が殺されているのに、ですか」

「我々だって覚えがあるだろう」

 台湾海峡危機以後、中国人との姻戚関係がある者に対する嫌がらせは絶えない。

「それを払拭する目的もあってなのか、祖国防衛の志願を行い、軍に入隊した。高名なウクライナのドローン部隊の一員にまで上り詰めている」

 悲惨な、同情すべきその人生を、雨宮は単なる参考情報として語った。

「戦争終結に前後して、前大統領を支持する、反欧米の右派活動に参加。その後の経緯は不明だが、前大統領の暗殺を契機としてテログループに加わった可能性が高い」

 演説の風景を切り取った短い動画が流れた。画面を拡大した雨宮は、その一角を指す。

 熱狂的な様子で拳を振り上げ、何事かを連呼している女が映っている。

 佐々木は思わず眩暈がしそうになった。あの夜の姿とは、まるで別人だ。


「問題なのはこれだ。君の友人の購入履歴から出てきた」

 雨宮は中国製の電動バイクの画像を示した。

「この新型モーターは軽量かつ高出力だ。制御チップを変えれば、航空機型ドローンのエンジンにも転用可能な程に」

 雨宮は一瞬、言葉を切った。

「ちなみにこのことは、実戦において既に証明されている」

 つまりそれは、ホワイトハウスへの攻撃で使用されたものと同一であることを意味していた。雨宮が画面を閉じる。

「以上のことから我々は、アメリカで実行したテロと同様の手段で、平和条約の妨害工作を図るものと想定している。彼女と同じグループに属するメンバーが複数、日本に潜伏している可能性が高いだろう。ここ北海道では、大量の肥料を購入しても目立たない。作ろうと思えば、爆薬を作るのも簡単だ。ロシアからの横流しという線も有り得る」

「先日お話したとおり、彼女は車も入手しています。そちらは」

「該当の車種は、自動運転機能の充実が売りだ。自動車爆弾としての利用も考えられるので、その線は別に調べている」


 それにしても。あの日の女の顔を思い出し、思わず佐々木は頭を振った。

「こう言ってはあれですが、我々が恨まれてもある意味仕方がないですね。彼等は本来被害者だ。そしてオレたちは、彼等の災いを利用して自分たちの利益を追求している」

 今や西側各国は、今やウクライナに対する援助よりも、ロシアとの経済交流を優先するありさまだ。当然だった。ウクライナにカネを渡したところで、さしたる利益を産みはしない。対してロシアには、各国が絶対に必要とする資源が山のようにある。日本に対しても、ウクライナ人の血を利用して北方領土を得ようとするしている、という批判は国内外に多い。

 世界は彼らを見捨てた。そればかりか、己の利益のために踏み台にしたのだ。ならば彼らがその復讐を図ってなんの不思議があるだろう。


「君の友人、倉田君のご両親は今回の件について、明らかな被害者であると思うが」

 雨宮は表情も変えずに言った。

「それを理由に彼らがウクライナでテロを起こすとしたら、君はそれを支持するかね」

「……いえ」

「考えてもみたまえ。この世界には暴力が溢れ、云われなき被害を受けた個人も国も、枚挙に暇がない。被害者は山のように居る。しかしだ」

 静かな口調に、揺るがぬ鋼の意思があった。

「過去のウクライナが、彼らの救済に熱心であったなどという話は聞いたことがない。己が一度も為したことのない善行を他者に要求するのは、ご都合主義というものだ」

 佐々木は何も言えなかった。雨宮の弁が全て正しいとは思わない。しかし、間違っているとも思えない。

「単に被害者というだけの理由で、無限の権利など主張されてたまるものか。彼等は自らの国を守るため我々を利用し、我々もまた、自らの利益のために彼等を利用した。私はそのことについて、一切恥じる所など無い。そう考えている」

 佐々木は目を瞑る。任務。そう、任務だ。だとすれば、個人的な同情など抱いてはいられない。いかなる理由があろうとも、この国でテロを起こす権利など認める訳には行かないのだ。やるというなら全力で叩き潰すしかない。この国の安寧を守ることが、自らの役割であるならば。


「失礼しました。それで、北部方面隊への支援要請とは具体的になんでしょう」

「テロ活動阻止における、緊急の実力行使だ」

「お言葉ですが、それは警察が行うべき領分です。彼らを飛び越えて我々がそれを行うのは問題を残すかと」

「君の指摘は正しい。こちらとしても、可能な限り避けたいとは考えている。しかし君たち自衛隊と違い、警察は超法規的措置を取ることにそれほど慣れていない。今後に調整を図るが、おそらくは時間がかかる。そのための保険だ」

 第一、と雨宮は続けた。

「ドローンが離陸してしまった場合、警察にそれを撃墜する手段はないのだ。現実問題として、君たちに期待するしかないだろう」

 オレたちだって怪しいものだ。佐々木はそう思った。アメリカ軍が失敗したんだぞ。


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