第2話 (scene2三か月前)

 記録を突き合せたところ、それが発見されたのはインパクトの15分程前だった。だからこそ後に官僚たちは、『誰かがもっとマシな対策を取れた筈だ』という内輪の批判を繰り広げることになる。


 最も可能性の高い推測として、ドローンは付近にあるポトマック川から飛び立ったとされている。航空機型ドローンは離陸時に一定の補助を必要とするが、小型船舶を風上に向かって走らせれば簡単に必要な合成風力を得られることが後に確認された。

 彼らは夜陰に乗じ、翼幅10フィート。兵器としてはマイクロサイズのそれを離陸させたと推測されている。


 川面の上、高度数メートルという超低空を飛行する小型飛翔物体を夜間に発見するのは容易ではない。レーダーは効かず、暗色に塗られた機体は視認も困難だ。

 しかしワシントンDCは世界でも最高レベルの対テロ警戒態勢を堅持している都市であり、そこに勤務する公務員達も無能な集団などではなかった。愛国心に満ちた市民たちの数にも不足はしていない。


 3機のドローンが川の上空を飛行している時点で既に、警察に対して不審な飛行物を見たという通報が十数件寄せられていた。最初の通報から数えて8分後。警察組織はテロ警報を発令し、関連部署への通達を行ったことが記録されている。後の査問会において、彼らはその事実を自身の対応に不備がない証拠として提出した。

 その評価については未だに結論が出ていないが、確実に言えるのは陸上へと進路を変えたドローンが目標に到達するまでには、それから7分間の猶予しかなかった、という事実だけだ。


 年々と進化を続ける自爆型攻撃。

 今回行われたそれは、これまで挙げられた数々の課題に対する見事なソリューションを示すものだった。


 ドローン各機は三方向に分かれ、アメリカ首都のストリート上を飛行し続ける。

 このときテロリストたちが用いたのは、自動車用の自動運転システムだったとされている。世界に誇るアメリカの巨大IT企業が開発したソフトは優秀だった。豊富かつ緻密な地図情報を基に平均して時速50マイルの速度を維持し、華麗に車の頭上を飛び越えて行く。

 その姿を見たドライバーがパニックを起こし、あるいは通報のため急停車したことで無数の事故が発生。混乱に拍車を掛けた。


 後に対応の不備として挙げられたものの一つに、ドローン対策のマニュアルがある。

 警察の通報を受けた守備隊は、市内全域に対し対ドローン用の妨害電波装置を作動。同時に配備された携帯対空ミサイルの発射準備に入った。

 しかし自動運転システムはその性質上、短時間の無線途絶が発生しても影響が及ばないように設計されている。内部に収められた地形データとカメラ映像の照合により、ドローン達はなんの影響も受けずに自律飛行を継続した。

 同様に、配備されていた携行対空ミサイルについても問題があった。それは遥かな上空の飛翔物体に向けて使用することを前提に作られている兵器だ。最小射程は200メートル。市街地の道路、ビルとビルの間を縫うように、地上10メートル以下の高さで接近する物体を攻撃する能力は持っていない。


 防衛側の混乱の隙を突くかのように、ドローンは順調な飛行を継続していた。ワシントンDCのストリートには緑が多いが、テロリスト達はそのことを十分に理解し、対策を立てていたと思われる。飛行ルートは、大木が枝を広げる通りを巧みに避けていた。

 最後の交差点を曲がり、自動運転システムが目的地到達の信号を発すると、ドローンは追加プログラムに従って最終アプローチに入った。圧縮空気を利用した補助ブースターで一気に加速。半ば偶然の産物である、小刻みな左右のランダム機動を行いながら突進する。


 ドローンが突進を始める数十秒前、守備隊に対してウェポンズ・フリー。全ての火器を使用しての防衛命令が発せられていた。無理を承知で携行対空ミサイルが発射されたが、周囲にはバッテリー駆動のドローンよりも遥かに反応の大きなガソリンエンジン製SUVが山のように存在している。結果論ではあるにせよ、目標を誤認したミサイルがもたらした被害が、このテロ攻撃における唯一の人命的損失を生んだ。


 その後の迎撃が散発的になってしまったのには理由がある。

 一つ目は、射撃を躊躇した兵が存在したことだ。勿論、彼らにも言い分はあった。仮にドローンを狙った銃弾が外れた場合、それらは周辺のビルや一般車両に命中してしまう。対空ミサイルが招いた惨劇を見た直後に、迷いが生じてしまったことも無理は無い。

 だがより大きな問題は、ドローンの接近についての明確な情報が得られていないことだった。三機のドローンがルートを変更しながら飛行を継続した結果、相反する多数の情報がもたらされ、正確な判断を下すことが不可能になってしまったのだ。一方で時間の不足から、ドローンが地上ぎりぎりを飛行しているという最も重要な情報の共有が行えなかったことも問題とされている。

 結果として多くの兵がドローンの突入経路とは異なる方向の守備に充てられ、同時に全体の半数以上の兵が最後まで上空警戒を続けることになってしまった。つまりは、ほとんどの兵が無意味に見当違いの空を見上げていた、ということになる。


 混乱の中。おそらく、ドローンを目視で発見した個々の兵員が射撃するチャンスは10秒にも満たなかったと思われる。

 それでも彼らは最善を尽くした。アサルトライフルによって1機、建物の屋上に配置されたスナイパー隊によってもう1機のドローンが撃墜されたのだ。精鋭の名に恥じぬ働き。数々の悪条件を考えれば、超人的な偉業であったとすら言えるだろう。


 しかし彼らが当然に得るべきであった賞賛と勲章を得ることは叶わなかった。

 最後の一機が弾幕を潜り抜けて建物の敷地内に飛び込み、アメリカ合衆国大統領官邸に向かって飛行を継続したからだ。


 テロ攻撃による直接の物質的損害はゼロに等しかった。建物の外壁が煤け、窓ガラスが数枚破損した。それが全てだ。

 ドローンが搭載していた炸薬重量は3キロに満たず、古い石造りの建物を確実に破壊するだけの威力を持っていない。テロリストたちはその事実を、そしてここがデモンストレーションの舞台だということを良く理解していた。

 だからこそ彼らは爆発力よりも、派手な炎と黒煙による演出を重視したのだ。ドローンに搭載されていた爆発物は花火に等しい代物だった。しかしそれで十分だった。いや、だからこそ目的を達成出来たと言うべきかもしれない。


 ラファイエット広場から撮影された炎に包まれるホワイトハウスの映像は、瞬く間に世界中を駆け巡った。地上で最も堅固に守られている政治指導者ですら、テロ攻撃から身を守る術は無い。その事実をこの上なく証明したメッセージとして。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る