破戒者たちの宴

有木 としもと

第1話 (scene1一年前)

「卑劣なアメリカ、そしてEUの陰謀により、我々は敗北した」

 沈痛な怒りを込めて、偉大なる大統領は語った。

「そう、我々は敗北したのだ。正当な権利は踏みにじられ、母なる大地を奪われた。その現実から目を逸らすことは許されない。祖国のために散った英霊たち、その魂のためにも」

 大統領は昂然と顔を上げ、その声のボルテージを高めた。冷静な観察者であれば、芝居がかったその仕草の裏にある怖れと虚勢を見ることができただろう。しかし会場を埋め尽くす大統領の支持者たちは、共に熱狂的な歓呼を浴びせかけ続けた。

「我々は、我々の土地を取り戻すため戦い続ける。その長く苦しい戦いを勝ち抜く覚悟を持たねばならない。なぜなら、それは可能だからだ」

 拳を振り上げた人々が、地鳴りのような声でそれに応える。祖国。勝利。神を信じる行為にも似た陶酔がそこにあった。

「我々にはそれを実現するための勇敢な兵たちがいる。そして、祖国を守るための核兵器も。そう、私は必要とあれば世界を滅ぼす力を使うことすら、躊躇いはしない」

 会場の人々が上げる興奮の声は極限に達した。

「戦えば、勝利するのは私達なのだ。ただそれを信じ、祖国のために」

 大統領の演説はそこで止まった。

 音速を超える速度で放たれた大口径銃弾がそれを止めたのだ。

 人体の胸に飛び込んだ弾丸は回転しながらその内部を破壊しつくし、水の詰まった風船のようにその血肉を飛散させた。着弾に遅れた銃声が、スタジアムに鳴り響く。


「大統領!」

 観客の悲鳴と怒号。

 混乱する会場の中、訓練を受けた者だけが為しえる感情を殺した動作で、兵士達が狙撃者を捕らえるために駆け出していく。

 かつて偉大な指導者と呼ばれた男の、それが最期だった。

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