閑話 二人だけの世界

 藍李さん宅で同棲中、基本的に俺と藍李さんは一緒に勉強したり料理をしたりと、何かと二人で行動することが多いのだが、定期的にお互いの自由時間というものがおとずれるれる。


 その中で藍李さんファッション雑誌や小説といった静かな娯楽をたしなみ方や俺はというと、自分の中でマイブームが到来しているゲームをするのがこの時間の過ごし方になっていた。


「…………」

「じぃー」


 夜。夕食も済ませ、お風呂までの自由時間にリビングでゲームをしていると、何やら横から熱視線を感じた。


 その視線を気にしつつも、とりあえず進行中のクエストをクリアするべくドラゴンに太刀の連撃を浴びせていく。


 猛撃とタル爆弾でドラゴンのHPを削ること数分後。最後の一撃と共にドラゴンの断絶魔がイヤホン越しに耳に聴こえて、画面に『討伐とうばつ完了‼』の文字が浮かび上がった。


 倒れたドラゴンから素材をぎ取り、クエストが終了して報酬を受け取ると、俺はふぅ、と一息ついてゲーム機をテーブルに置いた。


 それから耳に付けているイヤホンを外すと、


「あ、今日はもう終わり?」

「藍李さんがもうちょっと見てたいなら、もう一つくらいクエスト受けるかもしれません」


 俺が脱力したタイミングを見計みはからって、藍李さんが一歩距離を詰めてきた。それから肩と肩をぴったりとくっ付かせると、


「私のことなら気にせず、好きなだけゲームやってていいからね」

「本当に変わってるなぁ」


 にこっと笑ってそう言った藍李さんに、俺はたまらず微苦笑をこぼす。そんな俺の反応に、藍李さんは不思議そうに小首を傾げて、


「何か変かな?」

「いや、俺もこれが正しいかは分かってないんですけど、普通、イチャイチャできるのに、それを差し置いてカレシがゲームに夢中になってるのって、カノジョとしては嫌だったりしないんですか?」

「普通だったら嫌になったりするんじゃないかな。でも、私はこの時間も好きだから。しゅうくんが好きなことやって、私はそんなしゅうくんの顔を心行くまで堪能できる。お互いに有益な時間だと思わない?」

「言わんとしてることは分からなくもないですけど……」


 とはいえ、俺もずっと藍李さんに見つめられると気が散って集中し切れない。ようやく少しは慣れてきたが、やはり数十分と持たずこうして話しかけてしまう。

 

「藍李さん。俺のこと好き過ぎでしょ」

「うん。大好き」

「……うぐ」

「あはは。照れてる照れてる」

「そりゃ照れるでしょ。直球で大好きなんて言われたら」


 もう何度も聞いて、何度も真正面から伝えられた想いだ。それでも、何度聞いても胸が高鳴って頬が熱くなる。この喜びに生涯慣れることはないだろう。


「藍李さんはもう少し俺への気持ち抑えるべきでは?」

「むぅ。それ、しゅうくんが言うんだ? 最近じゃしゅうくんの方が私に直接好きだって伝えてきてる気がするんだけどな」

「だって好きなんだもん」


 この胸にあふれて仕方がないんだ。藍李さんを好きだって、愛してるって気持ちが。

   

 だから、甘えて欲しくも、甘えたくもなってしまって、


「藍李さん。膝枕して欲しいです」

「……もうゲームはしなくていいの?」

「続きやろうと思ったけど、無理です。藍李さんに甘えたい」

「ふふ。そっか。ゲームより、私に甘えたくなっちゃったんだ」

「はい」

「いいよ。好きなだけ私に甘えて」

「やった」


 無性に藍李さんに甘えたくなってしまって膝枕を要求すると、彼女は躊躇ためらう素振りなんか一切見せず、嬉々とした表情で俺の懇願こんがんを受け入れた。


「はい、しゅうくん専用の膝枕だよ」


 なんてこと言いながら、藍李さんは膝枕用に形を整えてくれた太ももを手で軽く叩く。自分から要求したこともあって、俺は躊躇うことはなく素直に彼女の太ももの上に頭を置いた。


「どうかな? 私の膝枕の心地は?」

「最高です。これより心地の良い枕なんてこの世に存在しないです」

「ふふ。ご満足頂けているようで何よりです」


 すべすべで柔らかくて丁度いい弾力もあって、枕として申し分なし。そこに加えてカノジョの太もも、という点がさらに評価を押し上げている。

 

 カレシ特権を余すことなくフル活用して至高の膝枕を満喫まんきつしていると、不意に訪れたのは心地よさから眠気だった。


「ふぁぁ。藍李さんの膝枕が最高過ぎてお風呂入る前に寝ちゃいそう」

「すこしくらい寝てもいいよ。体力回復してくれた方が私としても都合がいいし」

「……ヤるの確定じゃん」


 しれっと今夜もベッドの上でイチャイチャするのが決まった。

 それを悟った瞬間、途端に目がめてしまった。


「当然でしょ。膝枕したんだから、そのお代はきっちり支払っていただかないと」

「今すぐやめようかな⁉」

「ざんねーん。もう膝枕してしまったので、これ以降中止しようが延長しようがしゅうくんが私に報酬を払うのは逃れられません」

「つまり止めた方が損するってことですか」

「そういうこと。分かったら大人しくしゅうくんは私の膝枕を堪能しようね」


 まんまと藍李さんの策謀さくぼうはまってしまって、俺はどっと深いため息を落とす。


「昨日もしましたよね?」

「うん。でも私はもっとしゅうくんといっぱいキスしたいし、身体も重ねたいから」

「……性欲魔人」

「自慢じゃないけど性欲は強い方よ!」

「ほんと自慢することじゃないですって」

「でも、なんだかんだ言いつつ、しゅうくんだって私とするのは好きでしょ?」

「…………」


 にやぁ、と意地の悪い笑みを浮かべて問いかけてきた藍李さん。


「私とのキスしたりエッチしたりするのが好きじゃなかったら、毎晩付き合わないと思うんだけど?」


 じぃ、と睨んでくる藍李さんの圧に耐えられなくなって、俺は顔を真っ赤にして白状した。


「えぇそうですよ! 藍李さんとセックスするの好きですよ!」

「ふふ。素直でよろしい」

「藍李さんに求められて、嬉しくない訳がないです。藍李さんが大好きだから、求めらたら無条件に応えたくなるんです」


 快楽の為だとか、彼女のカラダが最高だからとかじゃない。俺が藍李さんの要求に応じる理由はただ一つのみ。彼女と愛を共有したいからだ。


 藍李さんと心からつながっている。彼女と身体を重ねるあの時間は、それを一層強く感じられる。だから、俺は彼女の要求に応じ続けている。


 互いに愛し愛され――それがどれほど幸せなものことなのかを、俺は藍李さんに教えてもらった。


「知ってる。私もしゅうくんと同じだから。しゅうくんが私を求めてくれるから、だから好きって気持ちが溢れて止まらなくなるの」

「もしかして、もう抑えられなくなっちゃった感じですか?」

「うん。しゅうくんのせいで、身体、うずいてきちゃった」


 そう答えた藍李さんの顔はみるみるうちに熱っぽく赤く染まっていく。息遣いきづかいも、もう乱れている気配がした。


「ねぇ、しゅうくん。お風呂、入ろっか」


 熱を帯びて揺れる紺碧の瞳の要求に、俺が差し出す答えはただ一つ。


「……はい。すぐお風呂に入りましょう。それで身体綺麗にしたら」

「うん。その後に私のこと、いっぱい愛して」

「はい。たくさん愛します。藍李さんが満足するまで付き合いますよ」

「えへへ。やっぱり、私の恋人はしゅうくん以外つとまらないね」

「当然です。だって藍李さんのことを世界で一番愛してるのは俺なんですから」


 どれほど藍李さんの要求が高かろうが、俺は全身全霊でそれに応えるだけだ。底の知れない彼女の器に。決して満たされることはないその器に、俺が持てる愛情をひたすらに注ぎ続ける。


「……しゅうくん。お風呂の前に、一回だけ。キスしたい」

「一回だけですよ」

「約束するよ。でも、この一回は、愛情深いやつがいいな」

「――暴走したらダメですからね」


 藍李さんの言葉にこくりと頷くと、ゆっくりと顔が降りてきて。


 そして、


「「――んっ」」


 数分後にこの続きをしようと約束するように、俺と藍李さんは唇を強く重ねた。


「……くすっ。今夜もたっぷりしぼり取ってあげるから、覚悟してね。しゅうくん」

「今夜もたくさん愛しますから、覚悟してくださいね、藍李さん」


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