第184話  等身大の自分を見せるのは

『それでそれでぇ、待望の後輩ちゃんが入ってきてざっくり二週間ほどが経過したけど、調子のほどはどうですか、れんれんくん』

「誰がれんれんですか。集中しないとやられますよ」


 カチカチとゲームコントローラ―を素早くさばいてコマンドを入力しながら、僕は耳元から聞こえてくる楽し気な声音にため息を落とす。


『大丈夫大丈夫。この程度二人なら楽勝だって~』

「さっき緊急回避ミスって一乙したの誰ですか」

『わったし~』

「おしゃべりに気を取られてるからですよ」

『そういう煉くんは相変わらずしゃべりながらでもプレイ乱れないよね。ゲーム配信者の才能あんじゃない? やっぱり一緒にゲーム実況やろうよ~』

「前にも言ったでしょう。お断りします。僕は極力きょくりょく人とコミュニケーション取りたくないので」

『んもぉ、そんなヤドカリみたいな引っ込み思案だからいつまで経ってもゆずちんとの距離縮めらんないんじゃない?』

「ヤドカリみたいな陰キャ野郎で申し訳ありませんね。僕と清水さんはあくまでバイト先の先輩後輩でそれ以上もそれ以下になる気もないですよ。悪かったですね、カリン先輩のご期待する展開にならなくて」


 淡々たんたんとした声音で言って、淡々としたコントローラー捌きでモンスターへの連撃を叩き込む。そこに一切の動揺と淀みがないのは、彼女――カリン先輩の問いかけに対して何ら感情的になる要因がないからなのだろう。


『煉くんモンスターの顔面ばかり斬ってかいわいそー。ちゃんと尻尾も斬ってあげなきゃ』

「どっちもやってること極悪非道なことに変わりないですからね。つか、尻尾は効率悪いって前にも言ったじゃないないですか」

『そんなことは理解してますぅ。でも私はドラハン始めた時から尻尾は絶対狩る派なの! ……あっ尻尾切れた』

「ダウンしたんで一気に体力削ってください」

『りょ~』


 二人のハンターが倒れたモンスターに猛攻撃を浴びせていく。華麗かれいな連携プレイというよりかは百戦錬磨のハンターが各々自分の持てる火力をモンスターに叩き込めるだけ叩き込んでいるという、連携もクソもない悪魔の所業だが、他者に魅せる為のプレイではないので僕とカリン先輩は黙々とモンスターに斬撃を浴びせていく。


『そんで、実際のところどーなのよ。ゆずちん、ちょっとは気になってきてるんじゃない?』

「……今日僕をゲームに誘ったのは清水さんとの関係を探るためですか」

『それもある。でも、煉くんと一緒にゲームをやりたいって気持ちもほんと』

「僕は純粋にゲームだけを楽しみたいんですけど」

『まぁまぁそんな堅いこと言わずにさ。本当にゆずちんと今のままの距離感でいるつもり』

「くどいですね。そうだと何度も言ってるでしょう」


 プレイがわずかに乱れる。


『ゆずちんいい子だよ。それはあの子の教育係の煉くんが一番理解してると思うでしょ』

「確かにいい子ですよ。しっかりと指示を聞くし、分からないことはそのままにせず僕や周りの人に聞いて理解する」

『真っ直ぐ素直でいい子だよね。おまけに明るいし可愛いし』

「まぁ、男子目線から見ても可愛いとは思いますよ。彼女、一年生の中じゃモテる方でしょうね。僕には関係ない話ですけど」

『最後の一言余計~』

「これ加えなきゃ絶対に突っかかってくるでしょ」

『ご明察~』


 私のことよく解ってるじゃん、と耳元で嬉しそうな笑い声が聞こえた。


「一年以上同じ職場で働いてますからね。それにいつも僕に絡んで振り回してくるから、自然と先輩の考えが分かるようになったんですよ」

『おっ。言うね元カレ~』

「うぐ。それ言うのやめてくれませんか」

『なんで? 事実じゃん』

「事実だけどデリカシーってものがあるでしょ! なんで平然と元カレとか元カノとか言えるんですか先輩は!」

『え~。別に恥ずかしがることなくない? そんなに長く付き合った訳でもないんだし、お互いにおためし感覚で付き合っただけじゃん。キスもしてないんだし』

「……やっぱ怒ってる?」


 ふと、言下にこれまで明るかった声音が落ちた気がして、双眸がすぅと細くなる。僕のそんな問いかけに、彼女は「ぜーんぜん」と単調な声音で否定した。


『怒るも何もないよ。あれは私が煉くんに無理矢理付き合わせちゃった感じだし、今になって振り返ってみれば私のエゴだったから。むしろ振り回しちゃってごめんて感じ』

「――――」


 けらけらと笑って、カリン先輩はあの日の僕たちの関係をもう何も気にしていないように語る。


『あれはあれで、私にとっては愉しかった思い出だから。あの時間があったから今もこうして煉くんと一緒に楽しくゲームやれてる訳だしね』

「僕も……」

『ん? なに?』

「……いえ、何でもないです」


 零れようとした想いを咄嗟とっさに呑み込んで、画面の前で首を横に振る。


 カリン先輩は一瞬だけ怪訝そうに吐息を溢しつつも、無暗に追及はせずに話を再開してくれた。


『ま、煉くんが気にしてるようなら今後はもう少し控えるよ』

「そうしてもらえると助かります」

『うん。それにゆずちんに変な誤解させたくないもんねっ』

「だから何度も言ってるでしょ。カリン先輩が期待してるようなことは何も起こらないって。僕は絶対、誰とも付き合いませんから」

『それ、フラグ?』

「フラグじゃない!」


 ヘッドフォン越しに僕をからかってケラケラと笑う声が聞こえて、「くそっ!」と強く舌を打つ。


「(――先輩で無理だったのに、僕の病気があの子に治せる訳ないだろ)」


 どうして先輩で治せなかった僕の病気が彼女なら治せると思うのか、それがずっと疑問で仕方がない。


 ――伯父さんもカリン先輩も、期待し過ぎなんだよ。僕とあの子に。


 少なくとも僕はもう、手遅れだと諦めて現実から目を背けてこうして空想の世界に逃げているのだから。

 

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