第182話 小さな一歩。やがて、大きな一歩。

 マスターとの話合いを終え、夜も遅いということで車で自宅まで送ってもらうことになった。


 差し入れのカフェオレをぐびっと一気に飲み干してから身支度を整えていると、


秋斗あきと伯父さん。まだ仕事終わってないの……」

「あ、一ノ瀬先輩」

「……清水さん」


 キッチンから呆れたような声がして振り向むくと、薄暗い空間から現れたのはジャージ姿の青年、一ノ瀬先輩だった。


 先輩は「えっ⁉」と驚いたように目を見開いて、私とマスターを交互に見やる。そして、怪訝に顔をしかめると、


「なにこれ。どういう状況?」

「ちょっと清水さんと個人的な話をしてたんだよ」

「……そう」


 マスターからの返答に一ノ瀬先輩は意味深な吐息を吐いた。赤い双眸がすぅ、と細まって自分の伯父をにらむ。


「(あっ。もしかして先輩、私が教育係を変えてもらおうとしてるって勘違いしてる?)」


 何か勘違いしている、そんな気がして一ノ瀬先輩に事情を説明しようと口を開きかけた瞬間。マスターが私に「大丈夫だよ」と柔和な笑みを向けてから先輩に視線を移した。


「心配するな。煉の想像しているような悪い話じゃない。今後も変わらず、清水さんは煉から指導を受けていきたいと言ってくれた」

「本当に?」

「そんな嘘を吐いて何の得になるんだ。お前はもう少し人を信用しなさい」

 

 マスターは懐疑的な視線を送り続ける一ノ瀬先輩に辟易と嘆息を吐きつつ、


「そうだよね、清水さん」

「は、はい! 一ノ瀬先輩! 私、一日でも早くこのお店の役に立てるように頑張るので、これからもご指導ご鞭撻べんたつのほどよろしくお願いします!」


 マスターから渡された言葉のバトンを受け取って、私は一ノ瀬先輩に向かってバッ、と勢いよく頭を下げる。


 数秒経って顔を上げると、一ノ瀬先輩は呆気取られたように目を瞬かせていて。


「……う、うん。これからも、よろしく?」

「はいっ!」


 困惑する先輩のぎこちない返しに力強く頷く私。そんな不揃いな私たちを見守っていたマスターは、何が可笑しかったのか「ぷっ」と吹き出して、


「二人がこれからどうなっていくのか楽しみだな」


 先の見えない未来に想いを馳せる男の呟きを、一匹の黒猫が同調するように「にゃー」と鳴いた。





【あとがき】

詳細なんかは改めて説明するとして、まずは『ひとあま』が書籍化&発売が決定したぞ―ーーーっ!

レーベルはファンタジア文庫様より。発売日は12月20日(予定)です‼


やっと読者様に発表できましたぁ。


ひとあま第一巻には書籍限定の書き下ろしも追加されています。安心してください。ちゃんと甘く、ちょっぴり刺激のある話を書きましたよ!


素敵なイラスト付きで藍李さんが見られれるんだ! 買わなきゃ損損損だぞ!

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