第185話 超絶イケメンと教育担当
日本人離れした、外国人の母親譲りの白銀の髪に、
身長は高校二年生の平均よりも少し低いか。体型も筋肉質にはとても見えず、すらっとして枝のように細い。腕なんか私の握力でも折れてしまいそうなほどだ。
中世的な――いや、女の私よりも愛らしく見える顔立ちと儚げな容姿はいっそ神秘的にすら見えて、だから男女問わず彼を見ると無条件に胸をザワつかさせられる。
そんな感情を他者に植え付ける人物に、私は一人だけ心当たりがあった。
それは我が校のマドンナ的存在。無条件に数多の人間を魅了し、崇拝させ、そして虜にさせる美の極致――そう、緋奈藍李先輩だ。
緋奈先輩と一ノ瀬先輩の存在はとても酷似している。言ってしまえば二人は同族で、私とは生まれた世界が違う、別世界の住人。人を魅了する側の存在。
それが一ノ瀬煉という男性。学校では女子からの告白が絶えず、中には同性にも告白されたことがあるみたいな噂すらある、イケメン中のイケメン。最近イケメンに覚醒したしゅうですら霞むレベルの、真のイケメンだ。
「(そ、そんな人がどうして私のバイト先にいるのおおおおおお⁉)」
思わぬ所で学校の先輩、それも緋奈先輩と匹敵するレベルの人気者と同じバイト先になってしまった事実を未だに受け止めきれず頬を引きつらせていると、横に並んでいるカリン先輩が私に訊ねてきた。
「おや、ひょっとして二人は知り合い?」
「いや、ええと……その、なんていえばいいのかなぁ」
たぶん私が一方的に一ノ瀬先輩を認知しているだけで、むこうはこっちのことなんか微塵も知らな……あ、やっぱり『誰コイツ?』みたいなリアクションしてる。
私がどう答えたものかと頭を抱えていると、意外なところからフォローが入って来た。
「あぁ、そういえば清水さんは煉と同じ高校に通ってるんだっけ」
「そ、そうです!」
履歴書に記載した学校名を覚えていたのだろう。思い出したように言ったマスターに私は勢いよく頷く。そのあと、ちらっと一ノ瀬先輩を見ると、マスターを凄まじい形相で
「(なにあの目⁉ こっわ⁉)」
なんだかアイドルがみせる裏の一面でも覗いてしまったみたいだ。思わず気圧されていると、カリン先輩が「へぇ!」と目を輝かせた。
「ゆずちん、煉くんと一緒の高校なんだ! ねぇねぇ、学校での煉くんってどんな感じなの⁉ やっぱお店の時みたいにいっつも塩対応な感じ?」
「し、塩? いや、一ノ瀬先輩は全然そんなんじゃ……」
興味津々といった表情で訊ねてきたカリン先輩に、私は脳裏に浮かんだ学校での一ノ瀬先輩との食い違いに眉根を寄せる。
学校では毎日のように告白されてるって聞くし、私も何度かその現場を目撃したことがある。内容は遠くからしか見た事がないので知らないけど、先輩に玉砕したはずの女子の目が依然♡のままで何故か好感度が上がるという、そんなバグみたいな現象も目の当たりにしている。
とにかく、私が知る限り一ノ瀬先輩にそんな不愛想な一面は全く聞き覚えはない。だからカリン先輩の発言に矛盾が生じて、私の知る一ノ瀬先輩の学校での様子を語ろうとしたその時だった。
「はいはい。皆、一旦静かにしてくれるかな」
ぱんぱん、と手を叩く音が部屋に反響して、それと同時に開きかけた口が途中で止まった。音のした方へ振り返るとマスターが困ったような苦笑を浮かべていて、私とカリン先輩は慌てて姿勢を正す。
「気になることは色々あるだろうけど、その話はまた後にしようか。今はそれよりも清水さんの紹介が優先ね……とはいっても、この場で清水さんのことを知らないのは煉くらいか」
「おっといけない。一人で盛り上がりすぎちゃった」
諭すような語調にカリン先輩はあざとらしく舌を出して自分の頭にゲンコツを入れて反省のポーズを見せる。
それから私の背中をとんとん、と軽く叩くと私にだけ聞こえる声量で「頑張れ」とだけエールをくれて、ステップを刻むような足取りで私から離れていった。
正面、貫禄のある従業員側へ並んだカリン先輩と入れ替わるようにマスターが私の隣に並ぶと、期待と歓迎の色を湛えた瞳たちが一斉に私へと注がれた。
「それでは改めて――今日から『
「し、清水柚葉です! あ、アルバイトはここが初めて皆さんに色々迷惑かけてしまうと思いますが、一日でも早く皆さんに追い付けるように頑張りまひゅ! ……がんばります」
緊張のあまり所々言葉がつまづいたり最後は思いっ切り噛んでしまって、顔から火が出るんじゃないかと錯覚するほど真っ赤に染めながら「よろしくお願いします‼」と勢いよく頭を下げた。
「これからよろしくね、ゆずちん!」
「――っ! はいっ!」
それからは他の従業員たちと軽い挨拶を済ませて、
「さてと、挨拶と紹介はこれで一通り済んだね。次は清水さんの教育担当を誰にするか決めるんだけど……」
「(わくわく!)」
マネージャーも他の人たちも特に面倒とは思っていないようで顔をしかめてはいない。カリン先輩は食い気味にマスターを見つめていて――この場で唯一、一ノ瀬先輩だけが拒否するようにマスターから視線を逸らしていた。
その反応にちょっと傷つきながらもまぁ人に教えるのって色々大変だし、とむりやり自分を納得させつつ、ここはやっぱり既に
「――それじゃあ、清水さんの教育担当は、煉。よろしく頼むよ」
「え⁉」
「うえ⁉」
その二人とも予想打にしなかった決定に揃って素っ頓狂な声が上がった。一ノ瀬先輩の隣に立っているカリン先輩も「私じゃないの⁉」と
「な、なんで僕が……」
「なんでって……煉もお店に慣れた頃だし、そろそろ後輩に教えるには丁度いい機会かなと思って」
「だからって! よりによって女子を相手しろとか……教えるなら他にももっと適任者がいるじゃないですか。たとえばカリン先輩とか」
「うんうん! マスター、ゆずちんに教えるなら私がやるよ。というかむしろやりたい!」
まるで授業で自ら黒板の前に立たとうとする生徒のように勢いよく挙手するカリン先輩。
ほらね、と視線で訴える一ノ瀬先輩にマスターが嘆息をこぼしたあと、
「浅羽さんの積極性は嬉しいけど、しかし今回はやはり煉に任せたい」
「えぇ、でも煉くんやりたくなさそうだよ?」
「や、やりたくないとは言ってないです。けど……」
「煉の気持ちも分かってるよ。これが男だったらべつに文句なんてないんだろ?」
「……それが分かって何故」
顔をしかめる一ノ瀬先輩に、マスターは「だからこそだろ」とどこか憂いを含んだ声音で言った。
「これもいい機会だ。お前の人としての成長にも繋がるし、〝アレ〟を治すきっかけになるかもしれない」
「――うぐ」
「とにかく、やれるところまでやってみなさい。強制はしないし無理強いもしない。どうしても言うならその時は清水さんには悪いが教育担当を替えるようにする」
「はいはい! じゃあその時はウチがゆずちんの教育担当やります!」
「うん。すまないね浅羽さん。せっかく積極的に候補してくれたのに」
「全然オッケーです! ウチも煉くんがどんな風に後輩の指導するか興味あるんで! でもマスター。あんまり煉くんに無理させたらお店の中で失神しちゃうかもしれませんよ?」
「そうならないように私も注意して見ておくよ」
どういうこと⁉
なにやら従業員間のみで伝わる会話なようで、意味が分からない私は一人置いてけぼり。
首を傾げる間にも話は進んでいき、マスターが再び一ノ瀬先輩に視線を移した。
「そういうわけだ。煉。無論、こちらとしては無理強いはしない。決めるのはお前自身だ」
「――――」
先輩はしばらく苦悩して、
「……はぁ。分かりましたよ。引き受けます」
「煉なら頷いてくれると思ったよ」
「……この性悪め」
「何か言ったかな?」
「マスターは従業員の性格をとてもよく理解していると言ったんです」
絶対そんなこと言ってないとは流石の私でも判った。
渋々、というか嫌々引き受けたような顔を浮かべる一ノ瀬先輩にしかしマスターは清々しい顔で「褒めても時給上がらないぞ」と返して、それに更に顔を歪めた先輩を私はなんだか申し訳ない気持ちで見ていた。
「よし。清水さんの教育担当も決まったことだし、そろそろ仕事に戻ろうか。お客さんも増えてきたみたいでそろそろ彼女たちだけでは厳しそうだ。清水さんはこのあと研修があるから、引き続きここに残ってね」
「は、はいっ」
長いようで短かった挨拶も終わり、マスターの締めで従業員が事務所からぞろぞろと出て行く。
「またねゆずちん」と手を振ってくれたカリン先輩とは一旦別れ、
「煉。清水さんに一通りの接客を教えたらお前にあとは任せるから、それまでは通常通りホールで仕事しててくれ」
「了解です」
「……露骨に拗ねてるなぁ」
素っ気なく去っていった一ノ瀬先輩の後ろ姿をマスターは微苦笑を浮かべながら見届けて、切り替えるように深い吐息を吐くとどこか見覚えのある朗らかな笑みを浮かべて私へと振り返った。
「それじゃあ、本格的に接客の練習始めようか」
「は、はい! よろしくおねがいします!」
色々と気になることはあってマスターに聞きたいこともある。
けれどまずは一日も早く、一秒でも早くこのお店に馴染めるようになることが私の仕事だと理解して、私は目の前のことに集中することにした。
『あとがき』
ついに登場した一ノ瀬パイセンと数々の伏線。情報量山盛りの第185話、いかがだったでしょうか。
はたして柚葉はバイト先に馴染めるのか。そして教育担当となった一ノ瀬先輩とは上手くやれるのか。
頑張れ柚葉。負けるな柚葉。負けヒロインのままで終わるな柚葉。この先を書かないと次にいけないぞ作者。
柚葉も作者も絶賛劣勢なひとあま。次回もお楽しみに!
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