第134話 喫茶・メモリアとハイテンションギャル先輩
私のバイト先の名前は喫茶『メモリア』という。
よく漫画なんかで出てくる裏路地にひっそりと経営されている喫茶店――とかではなく、どちらかといえば雰囲気はカフェに近い。
店内はイギリスやパリのようなオシャレな装い。けど、どこか和の落ち着きというか、
駅から然程離れた場所に位置しているメモリアの客層は近所の主婦や家族連れがほとんど思いきや意外と学生も来るようで、特に女性客が多いとのこと。このお店で人気のパンケーキと看板猫である茶トラ模様の猫、ゴローさんを目的に来るみたい。
老若男女が足を運ぶ喫茶店。それがこの『メモリア』という場所であり、そして、私が今日からお世話になる職場でもある。
「お、おはようございます! 今日からよろしくお願いします!」
「こちらこそよろしく。あ、ユニフォームは更衣室に置いてあるから、自分のサイズに合うやつを選んで着替えて」
「分かりました」
「あぁ。丁度いいタイミングで清水さんと同じシフトの子が来てくれたか」
「おはよございまー……およ?」
マスターの言葉と軽く手を叩く音に釣られて後ろに振り返ると、カジュアルな服装に身を包むピンク髪の女性を捉えた。
彼女も私とマスターの存在を捉え、気付いたみたいで、「あっ!」と驚いた声を上げた。
それから瞳を割れんばかりに輝かせ、ポニーテールを今の彼女の心情を表すように振り乱しながら勢いよく近づいてくると、
「マスター! この子って例の今日からウチで働く新人ちゃん⁉」
「そうだよ。清水柚葉さん。紹介は改めてす……」
「初めまして! ウチは
「……は、初めまして」
「よろしくねん!」
「(ま、眩しいっ⁉)」
マスターの言葉を遮って自己紹介をくれた女性――カリンさんに、私は
そのまま興奮するカリンさんに腕を荒れ狂う波のように振られていると、苦笑を堪え切れていないマスターが額に手を抑えながら言った。
「カリンちゃん。清水さんに更衣室の勝手とユニフォームの場所を教えてあげてくれないかな?」
「おっ。もちです! 後の事は私にお任せを!」
「頼んだよ。けど、くれぐれも暴走しないように。いいね?」
「分かってますって! それじゃあ、ゆずっち。早速お着替えに行こっか!」
「は、はい! (もうあだ名で呼ばれてる⁉)」
カリンさんにぐいぐいと背中を押されながら更衣室に向かっていく私。
まだ右も左も分からない状況でギャルに更衣室に連行されていく私を、マスターはどこか同情するような表情で眺めていたのだった。
「うっひょー! ちょー可愛い後輩来たれり!」
***
数分後。
カリンさんと共に更衣室に移動した私は現在、先輩となる彼女から更衣室の使用方法について説明を受けていた。
「荷物は空いてるロッカーに仕舞って。ユニフォームはあそこにあるから自分に合ったサイズのものを選んでそれに着替えて」
「わ、分かりました。……制服、支給されないんだ」
ぽつりと呟いた言葉に、カリン先輩がユニフォームに着替え始めながら応えてくれた。
「そうそう。このお店はウチら個人でユニフォームは管理してなくて、マネージャーが毎週クリーニングに出してるの。だから毎回新品みたいなユニフォームで働けるってわけ!」
グッ、と親指を立てるカリン先輩に苦笑しつつ、私もやや遅れてハンガーラックに立て掛けられているユニフォームを手に取って着替え始める。
一足先に上着を脱いで下着姿になっているカリン先輩が、ユニフォームに袖を通しながら私に質問を投げかけてきた。
「ねぇねぇ。マスターからちょこっとだけ話は聞いてたんだけど、ゆずちんって高校生なんだよね?」
「は、はい! 高一です」
「くぅ若けえ! どうりでちょー初々しく見えたわけよ。あ、バイトはウチが初めて? それとも短期か単発何回かやったことある感じ?」
「ええと、バイトはここが初めてです」
「そっかそっか! ここはねー。労働環境サイコーなお店だよ。ユニフォームは可愛いしマスターとマネージャーは頼り甲斐ハンパないし、従業員は食事の割引があってドリンクはタダなの!」
最高でしょ! と白い歯を魅せてこのお店の労働環境の良さを列挙するカリンさんに、私は「それはたしかにっ!」と目を輝かせて
「そんな感じでこのお店は初めて働くにはうってつけのお店なの! 何なら良すぎて今後に支障が出るまである! ウチはここに来る前に色んなとこでバイトしてたけど、このお店はその中でも群を抜いてるね。就活に行き詰ったらここで働くのもアリかなー、なんて思っちゃうくらいに!」
「そ、そんなに働き心地いいんですか⁉」
「神!」
それが純粋な評価なのかはたまた私のやる気を上げるための過大評価なのは分からないけど、カリン先輩の表情から察するに前者なのだと思う。
少しだけ緊張よりも楽しさが胸中に膨らんでいく感覚を味わいながら、私は早速できた頼り甲斐があって優しい先輩と会話を弾ませつつユニフォームに袖を通していくのだった。
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