第188話  親友=対等

「んむ⁉  これ美味しい!」

「こっちのカツ丼もうま」


 料理が運ばれたその数分後に家族との電話を終えた柊真が戻ってきて、僕らは三人揃って昼食を取り始めた。


 僕はざるそば(天ぷら数品)。柊真はたぬきうどんとカツドンのセットメニューA、柚葉はざるそばと親子丼のセットメニューB。二人とも頼んだ料理にご満悦なようで子どもみたく頬を垂らしている。


 うまうま、と似たような反応で箸を進めていく柊真と柚葉に、僕はそっと口許を緩めた。


「お昼。ここにして正解だったな」

「ね。これからも神楽にお店紹介してもらおうよ」

「さんせ~」

「ちょっと。僕の負担ばかり増やさないでよ。あまり注文多いとファミレスにするからね」

「「それはそれでアリでしょ(だろ)」」

「アリなんだ……」


 反論するどころか賛同されてちょっと困惑する僕。


「それにしても二人ともいい食いっぷりだね」

「? これくらい余裕だろ」

「もぐもぐ。そりゃ歩き回ってお腹空いてるからね!」


 食べ盛りな柊真はともかく僕の隣に座る柚葉だ。体型はスレダンダーで背も小柄な彼女だけど、食べる量は僕以上だ。でも、美味しそうに食べる姿は見ていてとても気持ちがいい。


「柚葉。それで足りなそうなら僕の天ぷら少しあげようか?」

「えっ。いいよいいよ。というか私に気遣ってないで神楽ちゃんと食べなよ。アンタ私よりひょろひょろで見てるこっちが心配になる」

「これに関しては俺も柚葉に同意見だ。お前はもっと食え。そんな枝みたいな腕じゃ志穂のことお姫様だっこできないぞ」

「余計なお世話だよ」


 柚葉を心配したら返って僕が二人に心配される羽目になってしまった。


「たくっ。二学期始まったらすぐ体育祭あんのに、体力も筋力もつけないでどうすんだ」

「全員参加種目以外はやらないから平気」

「神楽、運動大っ嫌いだもんね。でも志穂ちゃんが見に来るなら少しはいいとこ見せないと愛想つかされちゃうかもよ?」

「志穂は体育祭来ないよ。あ、でも九月のオープンキャンパスには来るって言ってたな」

「え⁉ 志穂ちゃん私たちの高校に進学するの⁉」


 夏休みに志穂と会話した内容を思い出して呟けば、柚葉が驚愕して柊真が意外そうな顔をした。


「志穂って頭良くなかったっけ?」

「うん。試験のほとんどは5位圏内だね」

「なにその高順位。俺が霞むから止めてほしいわ」


 地道な努力で学力を伸ばしている柊真のしかめっ面に苦笑を浮かべると、隣から感嘆とした吐息が聴こえた。

 

「凄いよね~志穂ちゃん。でも、そんなに頭いいなら私たちの高校じゃなくてもっと偏差値高い高校行けばいいのに」

「僕も志穂の両親もそう説得したんだけどね。でも本人が「家から近い所がいい」ってさ」

「ふーん。なんか意外な理由だな」

「あと僕らの高校って校則緩いでしょ。それも志穂からすれば魅力的らしいよ」

「まぁ変に校則厳しいのも嫌かぁ。でも志穂ちゃんって制服着崩すことなんてしなくない? 中学の時だって膝下までスカート下ろしてたよね?」

「あぁ。たしかに志穂って制服着崩してる印象ないな。夏もブレーザーだったような……」

「変態」

「なんでだよ!」


 ジト目を向ける柚葉に憤慨する柊真に肩を竦めつつ、


「とにかく、色々と自分のやりたいことを制限される環境に身を置くより、やってみたいと思ったことを実行できる場所に行ってみたいんだって」

「あの大人しい志穂がそんな陽キャ思考を持ち合わせていたとはねぇ」

「でもなんだかんだ言って結局図書室いつもの場所に落ち着きそうなんだよね」

「志穂もお前と似て運動苦手っぽいからな」

「っぽいじゃなくて苦手なんだよ。というか嫌い」


 そういった意味でも、志穂は色々と挑戦できる環境に行ってみたいのだろう。普段は氷の女王のような相貌をしてるけど、その裏側には抑えきれない好奇心を抱いている。今の所それが向かう先が『本』という幻想世界なのだが、カノジョは少しずつ、外の世界にも興味を持ち始めている。


 そんな彼女の好奇心に付き合えることの喜びは、きっとこの二人には理解できない、僕だけの幸福なのだろう。


 一人。凛とした少女が楽しそうに本を読む姿を脳裏に浮かべて口許に薄く弧を引いていると、柊真が箸を止めて首を傾げている様に遅れて気付いた。

 

「それにしても、志穂の考えは未だによく分かんねぇな」

「少なからず柊真のことを気に入ってないのはたしかだよ」

「知ってるよ!」

「今度会ったら評価逆転できるといいね」

「お前からもマジで頼むぞ。あのゴミを見るような目はさすがにキツい!」


 ちなみに志穂の柊真の評価は『僕に寄生する愚者』だ。今の柊真はもう自立して中身も外見も立派になって一人前になったんだけど、志穂の記憶には中学生の頃のまだ無気力だった柊真しか残ってないから仕方ない。たぶん、久々に柊真を見たら変わり過ぎてビックリするんじゃないかな。


 二人が再会する日を楽しみにしつつ、僕は二人との会話を続ける。


「僕と志穂の話はこのくらいにして、二人はどうなのさ。夏休み……柊真はいいや」

「なんでだよ!」

「だってお前はもう身体から幸せオーラが滲み出てるんだもん。感想なんて聞いたところで予想通りの回答が返って来るに決まってる」

「たぶんお前の予想通りの答えだろうけども! でも聞いて欲しい!」


 あとで聞いてあげるよ、と熱望する惚気野郎を手で払って僕は柚葉に視線を移した。


「柚葉は? バイトの方は順調?」


 急に話題を振られてびっくりした柚葉は口に含んでいた親子丼を喉に詰まらさせそうになったがどうにか堪え、コップに注がれていた満杯の水を三分の一まで減らしてから頷いた。


「うんっ。先輩たちは皆いい人だし、お店の雰囲気もよくて働いてて楽しいよ!」

「そっか」

「よかったじゃん」


 浮かび上がった満面の笑みから察するに本当に良い環境で働けているみたいで、僕と柊真はほっと安堵の息を吐く。


「たしか喫茶店だったよね?」

「そうだよ。マスター特製のサンドイッチが人気なお洒落な喫茶店! ……まぁ、ここにいる誰かさんはもう既に私がどんな所で働いてるか知ってるけどね」

「ぎくぅ!」

「え?」


 その指摘にビクッと肩を震わせたのは僕――ではなく、正面に座っている柊真だった。


 そんな彼をじろりと睨む柚葉。僕は困惑したまま居心地悪そうにうどんを啜っている柊真に問いかけた。


「なに? もしかして柊真。柚葉のストーカーしたの?」

「人聞き悪いこと言うな! たまたま! 本っ当に偶然……」


 語勢が削がれていくに比例して柊真の顔色もどんどん悪くなっていって、


「本当に偶然なんだよ。藍李さんとデートしてる時にですね、その、立ち寄ったお店が、たまたま柚葉のバイト先でして……」

「もしかして奇跡的にバッティングしたの?」

「……いえす」「そう」


 うわぁ。


 なにそのとんでもなく気まずい遭い方。どうりで柊真の顔が青ざめるわけだ。


 告白を振った相手のバイト先にカノジョと来るとか、どちらの心境も地獄過ぎてもはや同情することさえはばかられる。


「二人とも……それでよく今日、久しぶりに再会しました! みたいなテンション出せたね」

「こっちだってお前に勘付かれないよう必死だったんだよ!」

「本当だよ! 神楽から『久々に三人で遊びにいかない?』ってメッセージ来た時、どうやってしゅうと顔合わせようかってずっと悩んでたんだから!」

「二人とも役者だね」

「「悪かったな(わね)黙ってて!」」


 二人からこうして告白されなければずっと気付かないままだった。べつに黙秘されていたことに憤ってもなければハブられたと感じてるわけでもないけど、でも、


『――なるほどね。だから今日の二人はやけに距離感を意識してたわけだ』


 事前に邂逅かいこうしてしまった事実を知ってようやく理解できた。二人が『親友』でいなければいけないと強く自分らに言い聞かせていたのはそのためか。


 もう恋人ができて、その人と幸せな日常を過ごしている柊真と。


 過去にケリをつけて新しい一歩を踏み出そうとしている柚葉を。


 互いの『幸せ』を願って、相手にこれ以上自分のことで足を踏み留めて欲しくないから、二人はこの距離感に慣れようとしたんだ。


 その決断と覚悟は尊い。二人がそう願うなら僕はその意思を尊重する。


 けどさ。


 やっぱり、今の二人を見てるとどうしてもこう思わずにはいられない。


『そんな息苦しい関係性が果たして本当に『親友』なのか、って』

 

 少しずつ、僕らの関係性は変わっていく。


 親友という関係は変わらない。けれど、いまでもずっと、あの頃中学の僕らではいられなくなっていて。


 ――変わらないまま『親友』でいるなんて無理なんだよ。柊真。


 キミが大人に近づけば近づくほど、僕と彼女はその背に並ぼうと走り出してしまうのだから。





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