第184話 結局。あの日に囚われたままで
「……というかしゅう。アンタ変わり過ぎじゃない?」
「こっちもか」
再会して早数分が経過し、そろそろ駅を出ようかという頃、まじまじと俺を見てくる柚葉が感嘆とした吐息をこぼした。
神楽と同様の反応、そして感想を述べた柚葉に、俺は嬉しさと照れ臭さ半分の笑みを浮かべる。
「どうだ。ちょっとはマシになったか?」
「ちょっというかかなり……しゅうのくせに生意気だなぁと」
「どういう意味だこら」
にっ、と悪戯小僧のような悪い笑みを浮かべて訊ねるとなんとも不服な感想が返ってきて、ぐっと顔を近づけて柚葉を睨む。途端、愛らしい少女の顔が一気に真っ赤に染まって、
「ちょ⁉ 急に顔近づけるな!」
「ぼふぅ⁉」
思いっ切り腹パンされた。
「い、いきなり何すんだお前ぇ」
「ご、ごめん!」
「いや、今のはどう考えても柊真が悪いよ」
「なんでだよっ」
乙女とは思えぬ一撃をもろに食らって呻く俺に、神楽は呆れた顔で肩をすくめた。
何故俺が戦犯扱いされなくてはいけないのかと
急に異性に顔なんて近づけたらびっくりする。たぶん、神楽が言いたいのはそういうことだろう。そうだと思いたい。それ以上の、もっと根本的な理由――しかし以上を探ろうとするのは止めるべきだと脳が警鐘を鳴らして、俺はその判断に従った。
不幸中の幸いか柚葉が腹パンしてくれたおかげで冷静になるまでの時間はそう長くは掛からず、心配する柚葉に悟られぬようにいつもの表情に戻ると。
「はぁ。いきなり顔近づけた俺も悪かったけど、でも予備動作なしのボディブロー打つの今後二度禁止だからな」
「うぅ。本当にごめん」
「分かればよし――」
「?」
顔の前で両手を合わせる柚葉。その本気で申し訳なさそうな顔に反省の色を見て顎を引いた直後だった。
はて、と小首を傾げる柚葉が俺を不思議そうに見つめてきて、俺は咄嗟にぎこちない笑みを浮かべた。
「いや。分かればいい。次やったらジュース奢ってもらうからな」
「……うん。気を付ける」
少しだけ声音が落ちた――けれどそれは一呼吸の間に隠れて、言い終わった頃にはいつもの声音に戻っていた。
その微細な変化に柚葉は気付かず、俺の忠告を胸に刻むことを優先して一人自省する。
「やっちまったぁ」と嘆く柚葉に双眸を細めながら、俺はそんな彼女に気付かれないようにゆっくりと視線を下げる。
『――もう、前の俺たちじゃないんだ』
落とした視線の先には震えている右手が映る。その震えは本能と理性のせめぎ合いで起きた余韻。
さっき。この右手は無意識に柚葉の頭を撫でようとした。
それは俺の中で習慣化されてしまった行動の残滓。彼女に対する親愛と友情、そして絆によって培われた、親友としてのスキンシップ。
それに恋愛感情なんてない。けれど、それはもうできない
できないのだと、俺の本能が告げている。俺自身も、それを理解している。
気が緩めば以前の俺たちに戻ってしまう――もう決してはあの頃の俺たちには戻れないというのに、この身体は無意識に彼女との以前のような関係性を望んでいて。
「よぉし! 気を取り直して今日は三人でめいっぱい楽しむとしますか!」
「ふっ。はしゃぎすぎて転ぶなよ」
「そんな幼稚じゃありませんよーだっ!」
俺の言葉にムキになってあっかんべーしてくる柚葉。その顔にムカついて思いっ切り頬を抓ってやりたいと思うけど、それはもうできない。
『――やっぱ、ただの親友でいるのはきついな』
あの頃の自分たちにはもう二度と戻ることはできないのだと、その可憐に咲き誇る笑みを見れば見るほど痛感させられて。
そんな独りよがりな感情に、人知れず拳を硬く握りしめた。
***
駅構内で覚えた虚無感がまだ喉元に残るものの、それは無理矢理押し込んで俺は二人と街を歩いていた。
「そういえば柊真。昨日現臨のアプデ入ったけどもうガチャ引いた?」
「引いた引いた」
「何連? というかピックアップ引けた?」
「ふふん。聞いて驚け。すり抜け無しの二凸。モチ武器も引けたぞ」
「あの柊真がすり抜けなし⁉ しかもモチ武器まで引けたとか……さてはやったな?」
「何をだ。普通に引いた……いや、引いてもらった」
「?」
俺の意味深な言葉に首を捻った神楽。
「どういう意味?」と頭に疑問符を浮かべる神楽に、俺は頬をぽりぽりと掻きながら答えた。
「いやぁ。実はガチャを引こうとしたところを藍李さんに観られて。それで、なんか引きたそうな顔してたからお願いしたら、まぁこっちが驚きを通り越してドン引きするくらい神引きしてくれたんだよ」
「そういうことね。……つまり、神引きしたのは柊真じゃなくて緋奈先輩ってわけだ」
ずる、と睨む神楽に俺は「いやいや」と首を横に振って、
「これは愛の力だ。俺一人の運ではなく藍李さんの運も加えたことによる結果なんだよ」
「何が愛の力だよ。柊真一人でガチャ引いたら絶対
「すり抜けをテンプレって言うな!」
実際ガチャを引くともはや恒例の如くすり抜けているので、神楽の指摘は正しいといえば正しい。ただ、それを認めるのは癪なので、俺は肩を落とす神楽に猛抗議。
地団太を踏む俺を嘲笑する神楽に犬歯を抜き出しにしていると、
「――と、柚葉。こっち来い」
「うぇ?」
俺の左隣を歩いている柚葉にちょいちょい、と手を扇いで促すと、俺たちの会話に置いてけぼりだった少女は咄嗟に名前を呼ばれてびくっと肩を震わせた。
「べつにいいよ。今更変に気遣ってくれなくても」
「そういう意味じゃなくて、これじゃバランス悪いだろ」
「バランス?」
はて、と小首を傾げる柚葉。俺が伝えたいことを理解していない様子の彼女に痺れを切らした俺は、やれやれと肩を落としてから仕方なく自分から位置を変えることにした。
「あはぁ。……なるほどねぇ」
戸惑う柚葉を余所に、彼女の左側へ定位置を変えた俺に神楽がにやぁと不愉快な笑みを浮かべる。ムカつく反応を見せる神楽に俺は強めに舌打ち。
すでに俺の意図を察した神楽は、空いたスペースを埋めるように、先程まで俺がいた空間に身体を入れると、
「これで、バランスがよくなったかな?」
「――――」
「あ、そういうことか」
わざとらしく確認してきた神楽と俺をしかめる交互に見る柚葉がしばらく呆けたあと、俺の取った行動をようやく理解した。
「紳士だねぇ」
「ぷふっ。ね。しゅうらしくない」
「うっせ」
横に並んだ二人の笑みがなんとも腹立たしい。
【男・男・女】の横一列よりも【男・女・男】で柚葉的の両サイドを俺たちで固めた方が安心かなと思って俺と柚葉の位置を変えてみたわけなのだが、
「不満だったらさっきのポジションに戻すけど?」
「んーん。これなら私も安心。まぁ、左はいいけど右が貧相でちょっと不安だけどね」
「くくくっ。言われてんぞ神楽」
「じゃあやっぱり僕と柚葉をどっちも守れる真ん中に柊真を置いた方がいいね」
「そこは男らしく「僕も頼りになるよ!」とか反論しなさいよ」
「実際僕は非力だから何かあっても柚葉のこと守れないよ。なんなら逃げるまである」
「「……頼りねぇ」」
反論するどころか開き直った神楽に俺と柚葉が揃って頬を引きつらせる。
「ま、神楽はともかく、一応は女の子である柚葉に何かあったらいけないからな。ちょっとむさ苦るしいかもしれないけど我慢してくれ。どうしても無理! って言うなら位置戻すから」
「一応ってなんだ。私は歴記とした女の子だよっ……はぁ。ん。分かった。しゅうの体臭がきつくなったら離れてもらう」
「今日来る前にシャワー浴びてきたんだけど⁉ え、もう臭い⁉」
「冗談だよ」
慌てふためく俺を見て、柚葉は意趣返しに成功したと小悪魔な笑みを浮かべる。
にしし、と白い歯を魅せる柚葉に、俺は「このやろっ」と奥歯を噛みしめた。
「――こういう所なんだよな。しゅうのばか」
「なんか言ったか?」
「ううん。イケメン二人に囲まれて鼻が高いなーって」
「女王かお前は」
一瞬名前を呼ばれた気がしたけど、それは気のせいだったみたいで。
それから胸を張る柚葉に「女王というよりお子ちゃまだな」と軽口を叩いたら思いっ切り尻を蹴っ飛ばされて、それを見た神楽が心底呆れたようにため息を落とした。
「緋奈先輩と違って貧相な胸で悪うござんしたね」
「誰もそこがお子ちゃまだとは言ってねぇだろ」
「でも思ってはいるんだよね」
「それは否定しない……あっ」
「ふん!」
「いって! もう少し加減しろよ! つか今の誘導した神楽が悪いだろ!」
「誘導したのは神楽だけどそれに応えたのは貴様だ。よってしゅうが悪い!」
「ぷはは!」
久しぶりの再会。久しぶりの会話。久しぶりのやり取り。そこに
やっぱり俺たちの距離感は何も変わらない。この居心地の良さは変わらない。――
それなのに。
この心はそれを否定する。
あの日。少女の想いに応えてあげられなかった、報いることのできなかった罪悪感が、まるで呪いのようにこの心を蝕んで。
二人との関係を変えたくない。柚葉とは親友でいたい。そんな想いを嘲笑うかのように、古傷として残っている罪悪感が俺の懇願を許さなくて。
未だに彼女と向き合えない自分の弱さに、心底嫌気が差した。
【あとがき】
甘いだけじゃなく、青春もあるのがひとあま。
終わったはずの恋に囚われる二人の葛藤を描いた3・5章。どうかお楽しみください。本章の最後はまだ書けてないけど、読み終わったら「柚葉尊ぇ」と思ってもらえるようにがんばるます。
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