第3・5章―2 【 背けられない『現実』 】

第183話  久しぶりの集結


「あ。いたいた。柊真~」


 駅構内でスマホをイジっていると、聞き慣れた声が俺の名前を呼んだ。スマホから視線を切り替え、その声がした方へ振り返ると、まだ幼さの残る少年が爽やかな笑みを浮かべながらこちらへ歩み寄って来た。


 相変わらず眩しいことで、と苦笑をこぼしながら、久しぶりに再会した親友――梓川神楽と手を叩き合った。


「久しぶり。神楽」

「久しぶり柊真。その様子じゃ……緋奈先輩との同棲は上手くいってるみたいだね」

「一体全体俺のどこら辺を見てそう思ったのか聞いていいか?」

「身体から溢れ出てる幸せオーラから」

「そんなに出てる?」

「ダダ洩れ」


 雰囲気から滲み出ているということか。現状に満足幸せしている自覚はあるけど、こうして親友に指摘されるとなんだかむず痒さを覚える。


 くつくつと笑っている神楽に「笑うな」と思いっ切り頬を摘みながら、今度は俺が質問した。


「それで、お前のほうは? 志穂とは楽しい夏休み過ごせたのかよ」

「そちらほど熱い夏休みは過ごしてないよ」

「勝手に充実させるなよ。実際充実してるけど」

「ならいいだろ」


 神楽はやれやれと肩を落とし、


「僕らの方は、まぁそれなりにって感じかな。人並みに恋人らしい夏休みを送れた気がするよ」

「そっか」


 お互いに順調そうで何よりだ。べつに心配してないけど、しかしあの志穂とどんな夏休みを過ごしたのかは気になる所存だ。


 去年追求しようと思っても飄々と躱されてしまった苦い思い出があるので、今回は慎重に探っていこう、なんて思っていると、不意に神楽が俺を凝視していることに気付いた。


 その視線がまるで珍物でも吟味するかのようなねっとりとしたもので、俺は小首を傾げて神楽に問いかけた。


「なに? なんか変?」

「……いや。変というより変わったなぁと」

「?」


 神楽の言葉に俺はさらに眉間のシワを深める。

 そんな無理解を示す俺に、神楽は「はは」と何故か感慨深そうに吐息をこぼした。


「やー。人は変わるものだねぇ」

「…………ちっ」


 コイツの言いたいことが判った。つか、言ったことが理解した。

 つまり、だ。


「変な所でも見受けられましたかね。元祖イケメン様」

「その言い方だと僕がイケメンの始祖みたいだから止めてくれ。変な所なんて一つもないよ。むしろその逆。印象が変わり過ぎて驚いてる」


 変化。あるいは成長か。いずれせよ容姿が以前とは比べ物にならないほど激変した俺を見て、神楽が脱帽するような息を吐いた。


「ほんと、緋奈先輩と付き合ってからのしゅうの成長が目覚ましいよ。僕と前回遊んだ時なんかオシャレなんて全く気にしてない当日適当に選びました、って服装だったのに……ほら」

「……お前なんでわざわざ写真に残してんだよ⁉」

「柊真の変化を記録するのもお世話係の仕事でしょ?」

「そこまでしてくれとは言ってねえ!」


 はい、と神楽がいつの間にか盗撮していた写真を見せてきた。そこに映っていたのは中学生の頃の俺だった。


 死んだような目つきに長くまともに手入れされていない黒髪。背筋も猫背でおまけに服もクッソださい。なんか、いかにも根暗陰キャ野郎の風貌だ。誰だコイツ。俺か。


 こうしてみると、なるほど確かに今の俺は神楽が驚嘆とするほど変化が著しい。目つきは大して変わらないけど、髪はセットして背筋もシャキッとしている。服も、友達と遊ぶだけとはいえそれなりに拘っているし、背筋もシャキッとしている。ここまで来るともう写真の人物とは別人だ。


「やぁ~。愛の力は凄まじいねぇ」

「消せっ!」

「は? 嫌に決まってるじゃん」


 じっと過去の自分を見ていると羞恥心が沸き上がって来た。この黒歴史をどうにか抹消しようと神楽を説得するもコイツは「柊真が結婚式上げる時に向けて取っておかなきゃ~」と俺と藍李さんの輝かしい未来に時限爆弾を投下する気満々の邪悪な笑みを浮かべて即却下した。


 そうなればこちらも実力行使に移るしかない。神楽のスマホを強引に奪おうと壮絶な駆け引きを繰り返していると、


「――公共の場でふざけるの恥ずかしいから止めてくれない?」


 呆れたような声音がじゃれ合う俺たちに向かって投げかけられて、その声に釣られるように俺と神楽はぴたりと止まった。


 あと一歩で神楽のスマホを奪い取れそうだった手が止まり、それを阻止しようと押し返す神楽の手で変形した顔で声がした方へ振り返ると、ようやく最後の待ち人が現れて。


「よぉ。ひはひぶり」

「はぁ。せっかくのイケメンが台無し。とりあえず、二人とも今すぐ整列して」


 額に手を当てて嘆息をこぼす少女――柚葉は再会早々剣呑な空気をかもし出していた。


 とても再会を喜べる雰囲気ではないことは容易に察せて、加えて目に見えて不機嫌な彼女の態度に悪友二人は同時に『これ従わないとゲンコツもらうやつだ』と察っした。俺と神楽はぎぎぎ、という音が聴こえそうな挙動で互いの顔を見合い、苦笑を交換すると胸の前で腕を組む少女の命令通り喧嘩を止めてその場で姿勢を正した。


 少し頬に冷や汗を浮かべる俺たちに、柚葉は「よろしい」と満足げに鼻を鳴らすと、


「久しぶり、二人とも!」

「「――ぷっ。久しぶり。柚葉」」


 可憐な笑みを浮かべた柚葉に釣られるように、俺と神楽は肩の力を抜いて微笑みをこぼす。


 この短期間で少しだけ背が伸びたり雰囲気が変わったりした三人の親友は、再会に喜びながら今日のお出掛けに胸を躍らせるのだった。




【あとがき】

3・5章の原稿が難航してるけどどうにか兆しが見えてきました。袋小路に陥らないように頑張ります。

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