第182話  夏休み特有の寂しさと、それ以上の幸せを。

「あーあ。もう少しで夏休みが終わっちゃうねぇ」

「ですねぇ」


 今宵もリビングでまったりとした時間をカノジョと過ごしながら、二人揃って毎年この時期に訪れる感傷に浸っていた。


「今年の夏休みは特に時間が過ぎるのが早く感じたなぁ」

「私も」


 その理由は互いに明瞭めいりょうで、視線を合わせると同時に「ふふ」と笑みをこぼした。


 俺も藍李さんも今年は初めてできたカノジョカレシに終始気持ちが浮ついていた。


 過ごした日々は鮮明に。記憶に刻まれた思い出は幸福を。触れ合う温もりはこれまで知らなかった喜びを与えてくれた。


 この同棲生活が俺たちにもたらしてくれた影響は計り知れず、絆レベルはもうカンストしてるんじゃないかと思うほど共に愛情を注ぎ合っていた。


 まぁ、俺たちの絆に際限はないんだけど。


「また学校が始まったら今みたく気軽にえっちできなくなっちゃうねぇ」

「気軽にえっちって……まぁ、たしかにこの同棲中はほぼ毎日のようにやってましたね」

「しゅうくんといるとムラムラが収まらなくて」


 てへへ、と反省の色が一切見えない笑みを浮かべる藍李さんに、俺は辟易とした風に嘆息をこぼす。


「あと二週間もないですけど、どうしますか? 以前の生活に戻る時に悪影響が出ないように、回数減らします?」


 と訊ねると、藍李さんは「えぇ」と露骨に不満そうに頬を膨らませた。それから俺に抱きつくのを止めて、さらりと横髪を肩に掛けるように小首を傾げて、こう問い返してきた。


「しゅうくんはそれでいいの? 私はむしろ、あと二週間で同棲が終わっちゃうからこそ、もっと私といっぱいイチャイチャした方が得策だと思うんだけどなぁ?」

「っ!」

「絆レベル。もっと上げたいと思わない?」


 瞳に期待と焦れを宿して見つめてくる蟲惑魔が、甘い誘惑を俺に放ってくる。


「あぁくっそ。藍李さんは俺を誑かす天才ですね」

「ふふ。そういう女は嫌い?」

「大好き」

「だよね」


 彼女が俺に伝えたいことと願望。これだけ長い時間一緒に居ると言葉足らずでも理解できて、だから俺は自分の欲求に素直に従う。


 少し赤みを差した頬に手を添えると、彼女は拒むことなく柔和な微笑みを浮かべた。


 それを合図に、


「――ん」

「ふへへ」


 軽く、彼女の唇に自分の唇を重ねた。すると、幸せそうな笑い声が聞こえた。


 短い、触れ合う程度のキスを終えて、それからこのもどかしさを共有するようにこつん、と彼女の額に自分の額をぶつけた。


「……同棲、終わってほしくねぇな」

「うん。私も、もっと、ずっとしゅうくんと一緒にいたい」

「でも学校生活は藍李さんの制服姿拝めるから、それはそれでアリなんですけどね」

「しゅうくんが望むなら今から着てあげるよ?」

「シチュエーションの違いですよ。学校で。藍李さんの制服姿を見るから需要が高まるんです」

「それは男心ってやつ?」

「そんなやつです」


 家でリラックスしている藍李さんも好きだけど、学校で凛とした佇まいの彼女を見るのも好きだ。つまりどっちも好きで、どっちも魅力的ということ。


「はぁ。同棲継続したまま学校通えれば一番いいのに」

「それが一番理想だよね。でもそれはちょっと難しいというか、私はいいけどしゅうくんが大変になると思う」


 藍李さんの懸念は俺自身も理解している。


 夏休み以降、学校生活に戻ってもこの家で同棲を続けるなら家に置いてある勉強道具や教科書、洋服や制服、生活必需品なんかをこっちに移動させるのは必至。夏休み中は時間に余裕があるから緋奈家と実家を往復できたが、学校生活が始まればそう都合よくはいかない。やはり元々の生活基盤が整っている実家の安心感は格別で、俺も利便性を考慮すれば高校卒業までは実家暮らしが最も適切と断言できる。


 それに一番の障害はなんといっても、


「そもそも、母さんと父さんを説得できる気がしないっす」

「あはは。そうだね。私のお父さんは案外承諾してくれそうだけど、久遠さんも李乃さんも了承はしてくれなそう」


 我が家の大黒柱と女帝は、仮にもし俺がこのまま藍李さんとの同棲を続けたいと嘆願しても絶対に許可しないだろう。


 それは信用していないからではなく、まだ俺が高校生で、自分では到底責任を負えることができない立場だからだ。


 どれほど言葉と誓いを立てようが所詮それは未成年の主張に過ぎず、大人からすれば子どものワガママでしかない。


 この続きは俺が真に責任を負える立場になってから。契約書も誓約書もない、家族としての約束を結びには少なくともあと三年早い。


 俺がしっかりと自分の足で前に進めるその時が来たらきっと、両親は俺の背中を笑顔で送り出してくれるはずだから。


 それまでは、もうしばらく世話の焼ける息子として、父さんと母さんのお世話になろう。


「俺が高校卒業したら、絶対一緒に棲もうね」

「うん。楽しみに待ってる」


 藍李さんが大学に進むなら来年は受験勉強に集中しなきゃいけないだろうし、その再来年は俺が受験の年だ。そうなると、こうしてのんびり過ごす時間はそう考えると、思いの外短いのかもしれない。


 それは寂しい。


「……藍李さん」

「なーに?」

「今俺、すげぇイチャイチャしたいです」

「…………」


 途端に胸に込み上がってくる寂寥と焦燥。不安に駆られる心の拠り所を求めるように恋人に懇願すると、しばらく沈黙があって。


「もしかして、私と一緒に居られる時間が減っちゃうって気づいて、急に寂しくなっちゃった?」

「うん。すげぇ寂しくなりました」

「可愛いなぁ」


 ぎゅっと抱きしめると、耳元で嬉しそうな微笑がこぼれた。

 それから、彼女は縋る恋人を優しく抱きしめ返すと。


「それなら私は、しゅうくんが寂しさを忘れるくらい、いっぱい甘やかしてあげないとだね」

「いいの?」

「もちろん。私はそのためにキミの隣にいるんだよ」


 俺の切望を肯定してくれた彼女は、それから「それに」と継ぐと、


「私もね、恋しいんだ。しゅうくんと過ごせる夏が終わっちゃうのは」

「…………」

「いっぱい思い出作って、いっぱい愛し合ったけど、でもまだまだ全然足りない。しゅうくんだってそうだよね?」

「――うん」


 揺れる紺碧の双眸の問いかけに、俺は静かに、けれど力強く肯定した。


 俺も、まだまだ全然足りない。――藍李さんを、愛し足りない。


「しゅうくんがくれる熱を、余すことなくこのカラダで受け止めたい。しゅうくんのこと死ぬほど愛してるって、もっとそのカラダに刻み付けたい」

「なら刻み付けてください。俺も、藍李さんに刻み付けるから」


 この哀愁が消えるくらい。押し寄せてくる切なさを幸福で上書きしてしまうくらいの愛情が欲しい。


 わずかな不安も塗りつぶすほどのアナタの熱が欲しい。


「藍李さん。目、閉じて」

「へへ。積極的だね」

「うん。誘ったのは俺だから。なら俺がリードしないと」

「でも煽ったのは私だよ?」

「受け入れた、の間違いですよ」


 まぁ、正直そんな論争今はどうでもよくて。


 昂っていくカラダの焦燥を感じ取りながら、俺は挑発的な笑みを浮かべている彼女との距離をぐっと縮めた。


「しゅうくんから私を求めてくれるのっていつも以上に興奮するんだよね」

「――ならこれからは、もっと積極的に俺の方から藍李さんを求めていいってこと?」

「っ! ……へぇ。言うようになったね、しゅうくん」

「藍李さん性欲強いけど、でも女の子だから無茶させないように遠慮してたんですよ」

「気遣ってくれてありがと。でも、遠慮しなくていいよ。何度も言うけど、私はしゅうくんが私でしたいこと全部叶えてあげるから。私の心もカラダも、しゅうくんから離れる気は微塵もないから」

「めっちゃ愛されてるなぁ」

「死ぬほど愛してるよ」


 あらゆる激情が、一つの感情へと収束されていく――幸福という、唯一無二の感情に。


 やっぱり俺には藍李さんしかいない。そう、また一段と彼女に対する依存度が上がっていく中で。


「ならその想いに、俺も全身全霊で応えないとだな」

「ふふ。どんな風に応えてくれるの?」

「こうだよ――」


 わざとらしく俺を試すように挑発してきた彼女に、俺はくすりと微笑をこぼして。


「「――んっ」」


 俺が望む。彼女が望む。二人が解答を唇に乗せた。


 勢いよく飛びつくように自分の唇を彼女の唇に押し付けると、塞がった口唇から「ふへへ」と嬉しそうな吐息が洩れた。うっすらと開けている瞼からは幸せそうにこの瞬間を噛みしめている恋人の顔が映って、その顔をもっと幸せで満たしてあげようとカラダが動いた。


「しゅう、くん……ひら、もっほからめぉ」

「はい」


 口唇から熱い吐息が洩れる。頬を掠めて心臓の鼓動を高鳴らせるその息に応えるように、積極的に舌を動かす彼女に負けじと俺も舌を絡める。


 熱い。


 カラダが熱い。


 頭がくらくらしてくる。


 なのに。この熱から離れらない。


 疼くカラダをもじもじさせて、背中に回す腕にさらに力を込めてよりカラダを密着させる。まだキスだけしかしてないのにカラダはもう一つに溶け合ったみたいな感覚に陥っていた。


 あぁ、この息苦しさがもどかしい。


「ぷはぁ! ……はぁ、はぁ。やっぱり何度やっても、このキスは最高だね」

「……うん。カラダが沸騰する感じ、クセになりそう」


 てかもうなってる。


 頭がくらくらして、酸欠で眩暈めまいまでする。終わる度に毎回肩で息をするほど苦しいのに、それなのに、このキスを止めようという思考は一切ない。


 だってこのキスは俺に教えてくれるから。

 

 緋奈藍李が俺を欲していると。俺にめちゃくちゃにされたいと、乱れた息と熱い眼差しで俺に伝えてくれている。


 だから、俺も臆せずに彼女を求められて。

 

「藍李。今夜はベッドでしよっか」

「……うん。今夜は、かなり激しくしゅうくんを求めちゃうかもしれないけど、いいかな?」

「ふっ。いいよ。今夜は、俺も思いっ切り藍李さんに甘えたい」

「遠慮なく私に甘えてください。ふふ。今夜はたっぷりイチャイチャできそうだね」

「うん。三回戦は余裕でするかもね」

「やった。それじゃあ今夜は寝落ちするまでしよっか」


 いつもなら引いてしまうような言葉も、今夜はすんなり受け入れられて。


「いいですね。どうせ明日も特に予定ないんだし、この胸の寂しさなんか忘れるくらい求め合いましょうか」

「へへ。今夜のしゅうくんには特に期待していいみたいだね」

「嬉しそうだね」

「嬉しいよ。今夜はしゅうくんの温もりをこのカラダに刻み付けてもらえるからね」

「俺にもちゃんと刻み付けてよね」

「もちろん。私の熱と匂いフェロモン、たぁっぷりカラダに塗ってあげる」


 おそらく、いやもう絶対だ。今夜の俺たちは相当盛り上がるだろう。


 それを高鳴る鼓動から察しながら、俺たちはもう一度、今度は愛情に浸るような口づけを交わした。


 夏休みが終わるまでもう十数日。


 愛し合う回数なんて、お互いを愛してやまない俺たちが減らせるはずもなかった。


「――へへ。しゅうくんの匂いフェロモン。私に染みついて消えないくらい付けられちゃってる。……さいこぉ」




【あとがき】

最初3000文字で改稿終わったら4000越えてた。そしたらもっとえっちくなった(´ω`*)


Ps:これが若さゆえの性欲か……

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