第3・5章 【 過行く季節とともに 】

第179話  末恐ろしい高校一年生

 本日は藍李さんの父親、海星さんが帰って来る日だ。


「――ん。このお茶、深みがあっていいね。食後にぴったりな味わいだ」

「気に入ってくれってよかったです」


 夜。爺ちゃんが知り合いのお茶農家から『お裾分け』としてもらった茶葉をさらに俺がお裾分けしてもらったお茶を食後の一杯にして、俺と海星さん、藍李さんの三人は和やかな時間を過ごしていた。


「そうだ。柊真くんがお土産でくれたお茶。部下にも少し分けてあげたんだが美味しいと好評だったよ。オフィスにコーヒーメーカーだけでなくお茶も常備しようかと検討されたくらいにね」

「ほんとですか」

「ふふ。しゅうくん。お父さんが仕事中、少しでも気を和らげるようにって考えながら選んでたんだよ」

「ちょ、藍李さん! わざわざ海星さんの前で言わなくていいじゃないですか!」

「だってあの時のしゅうくんすごく可愛かったんだもん」


 それは爺ちゃん家への帰省中に海星さんへのお土産を一緒に選んでいた時の一幕だったのだが、まさかそれを暴露されるとは思わなかった。


 羞恥心で顔を真っ赤に染める俺を見て、藍李さんは「可愛い」と堪え切れない笑い声が口唇から漏らしていた。


 そんな婚約者同士の会話を聞いていた海星さんは、「そうだったのか」と小さく呟くと、慈愛を帯びた優しい双眸を向けてきて、


「ありがとう柊真くん。キミの心遣いへのおかげで、私に休憩中の楽しみができたんだよ。今日は何の味にしようかというね」

「――海星さんが喜んでくれてるなら、何よりです」

「キミの他人をおもんぱかれる性格は大人としても見習うものがあるよ。私の秘書として働く気はないかい?」

「もぉ。あまりしゅうくんを揶揄わないの。見なさい。褒められすぎたせいでついに顔隠しちゃったじゃない」

「あはは。何一つ冗談で言ったつもりはないんだけどね」

「揶揄いすぎですよ海星さん……」


 嬉しいやら照れくさいやら、色んな感情が込み上がってきて顔が熱い。


 見つめてくる海星さんと視線を合わせられなくて、俺は嬉しさからくる居心地の悪さを誤魔化すようにぐいっとお茶を呑み込んだ。


 ほっと息を吐くと頬に感じていた熱も若干引いていき、少し落ち着くと海星さんが「まぁ」と微苦笑を浮かべてこう言った。


「……キミの心遣いは嬉しいことに変わりないが、しかし多少気を遣い過ぎ感は否めなかったけどね」


 心当たりのある指摘にビクッと肩を震わせると、隣ではその意見に同意するような嘆息が聴こえた。


「もぉ。だからあの時言ったのに。全種類買うんじゃなくて候補絞って買いなさいって」

「あはは。海星さんの喜ぶ顔想像したら、いつの間にか全部カゴの中に突っ込んじゃってて」


 時々ある癖が今回発現してしまい、相手が喜びよりも若干引いてしまう珍事態を起こしてしまったことに俺は一人猛省。横目では藍李さんが辟易した風に肩をすくめたのが見えた。……すんません。


「緑茶にほうじ茶。玄米茶に紅茶、全部合わせて100パック以上……流石に買い過ぎだよ」

「で、でも会社の人たちも喜んでくれたみたいだし結果オーライじゃないですか!」

「それはまぁそうなんだろうけど、しゅうくんは無意識に買い過ぎる癖があるから気を付けないとダメだよ」

「うぅ。気を付けます」

「まぁ、そういう相手の為にって考えて行動するしゅうくんも私は大好きだけどね」

「藍李ひゃん!」

「ふふ。こういう所も大好き」

「俺も愛してます!」

「……息を吸うようにイチャつくな」


 恋人の父親を前にしても平常運転な俺たちに、海星さんはお茶を飲みながら困った風にはにかんだ。


「そういえば、柊真くんは釣りが好きなんだよね?」

「……はい。父さんほど得意なわけではないですけど」


 不意にそんなことを聞かれて、質問の意図はよく分からなかったけどぎこちなく頷いた。


「趣味に得手不得手は関係ないよ。その、なんだ……実は私も今度まとまった休暇を取ろうと思ってね」

「おぉ。それはよかったですね。海星さんいつも会社の為に頑張ってるんですから、たまには思いっ切り羽を休めてもいいと思います」

「気遣いありがとう。ええとだな、その、だからあれだ。あれ」

「あれ?」

「ちょっと待てくれ。一度息を整えたい」

「はぁ……」


 海星さんは妙に居心地悪そうに、頬をぽりぽりと掻きながら


「だからその時にでも、一緒に釣りをしないかと思って――」

「是非!」

「うおっ⁉」


 海星さんが言い切る間もなく二つ返事で飛びつけば、俺のあまりの食いつきように海星さんが仰け反った。


「あっ。すいません急に。その、海星さんから誘ってくれたことがめちゃくちゃ嬉しくて」

「恋人の父親に一緒に外出しようと提案されてこれほど喜ぶとは。キミは本当に不思議な子だね」

「? 俺、普通に海星さんのこと好きですよ?」

「――天然たらし」

「え。急に悪口」


 気掛かりな小言を呟いて顔を交差した手で隠した海星さんにはて、と小首を傾げる俺。そんな俺の隣でも藍李さんが「破壊力が凄まじいわ」と海星さんと同じように悶絶していた。なんで?


 しばし顔を俯かせていた海星さんが深呼吸後に顔を上げて、何か紛らわせるようにコホン、と咳払いしてから先の会話が再開された。


「とにかく、私が連休を取れた時でいい。その時に一緒に釣りにしに行かないか? とはいっても私は釣り未経験だから、完全にキミ頼りになってしまうが」

「全然オッケーです! そう難しいものじゃないし、海星さんならすぐにコツ掴んでたくさん釣れますよ!」

「ふ。それならば柊真先生にご教授賜ろうかな」

「そ、そんな先生なんて呼び方止めてください。一緒に楽しみましょ」


 俺がいつか藍李さんに語っていた夢。その夢が一つ実現に近づいてることに胸を弾ませていると、不意につんつん、と隣から二の腕を指で突かれた。


 どうしたのかと思って振り返ってみると、そこには拗ねた風に頬を膨らませてる藍李さんが俺を睨んでいて。


「――ここにも一緒に釣りをしたいと思ってるカノジョがいるんだけど?」

「…………。……ふはっ」


 不服そうに呟いて、自分の父親に嫉妬の眼差しを向ける藍李さん。


 どうやら男同士で釣りに行こうとしていること……いや、一人だけ当然のようにハブかれている状況に大層不満らしい婚約者さんは、遠回しにこう・・伝えてきて。


 そのなんとも可愛らしい拗ね方に、俺は思わず吹き出してしまいながら、


「それじゃあ、藍李さんも一緒に行く?」

「うん! 私もしゅうくんと一緒に釣りしてみたい!」

「そっか。それなら、三人で一緒に行きましょうか」

「えへへ。しゅうくんと釣りデートだ!」

「しれっと海星さんの存在外すの止めましょうよぉ。提案してくれたの海星さんなんですよ?」


 彼女が望む言葉。それを笑みをこぼしながら言えば、喜びを爆発させるように藍李さんが抱きついてきた。


 自分の父親の前でも態度を変える事のない恋人の頭を撫でながら、俺は苦笑している海星さんに向き直った。


「藍李さんも同伴で大丈夫ですかね?」

「ふふ。あぁ。私は何も問題ないよ。柊真くんとだけじゃなく、娘と過ごせる時間も私にとっては大切で貴重なものだからね」

「ですって。よかったね藍李さん」

「とか言いつつ、しゅうくんと二人きりになれなくてちょっとだけ悔しいんじゃない?」

「どうかな。少なくとも、父さんは柊真くんを独り占めするような真似はしないよ。恋人ならまだしも、ね」

「私だけのしゅうくんだもん。しゅうくんを独り占めする権利なんて私以外持ってなくて当然よ」

「独占欲が強い女性は引かれるかもよ?」

「しゅうくんは受け入れてくれるからいいーの。ね? しゅうくん」

「はい。藍李さんの愛が強いのは知ってるし、それに振り回されるのももう慣れっこですから」

「……大したものだよ全く」


 呆れたような、感嘆とした吐息をこぼす海星さん。それから彼は俺たちに憧憬を抱くように口許を綻ばせて――


「手の掛かる娘だろうけど、これからもよろしく頼むよ。柊真くん」

「――はい。藍李さんは俺に任せてください!」


 とん、と自分の胸を拳で叩いて、自信に満ち溢れた顔で海星さんから贈られた言葉を受け止める。


 こうして穏やかに過ぎていく時間の中で、俺と海星さんはまた一つ、絆のレベルを上げていくのだった。





【あとがき】

二日ぶりの更新から始まりました新章! その一話目はほのぼのとした内容から始まりました。まぁ、次話で藍李さんがまたやらかして、その次の話で二人ともフルスロットルになるんですけどね! え、「蛇足3で柚葉がメインって言ってたじゃん!」 って? 安心してください。ちゃんと、柚葉が本章のメインですよ。でもやっぱり新章の始まりを飾るのはしゅうと藍李じゃなきゃ。だってタイトルが『一つ年上の先輩は~~死ぬほど愛する』なんですから。主人公この二人のなのに出番ないわけにはいかないでしょ⁉


というわけで新章スタートから作者のテンション高めで始まりましたが、ここから段々と書くことがなくなって落ち着いてきます。


それでは読者の皆様、また次話お会いしましょ~。

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